第96話 帰路

「お父さん、お母さん、向こうに着いたら手紙書くね」

「ティナも元気でね。ちゃんとご飯食べるのよ」

「道中気を付けるんだぞ」


 今日は王都へと帰る日。ティナは村の入り口まで見送りに来てくれた両親と別れの挨拶をしていた。


 そんな中とても気になるのは、両親の足元にいる一羽の鳥。うるうると縋るような目で何かを訴えてくる。一応言っておくと、我が家では鳥は飼っていない。鳥型の魔道具でもない。


「それでは、短い間でしたが大変お世話になりました」

「クライヴさん、たいしたおもてなしも出来なくてごめんなさいね。ティナをよろしくお願いします」

「いいか? 娘に何かしたら許さんからなっ!」

「ティナは私が必ず守りますのでご安心下さい」


 よそ行きの口調と両親と話すクライヴは、恨みがましい目で見上げてくる一羽を完全に無視している。


「ティナ、またね~」

「ちゃんと頑張るのよー」


 やけに元気よく手を振って見送ってくれるのは、幼なじみの友人二人だ。クライヴへの想いを自覚出来たのは、この二人の後押しあってこそ。あれからいろいろ助言を受けたティナは、この帰り道でクライヴと話しをすると決めていた。


 手を振り返してからティナはローズへと跨がった。賑やかな見送りを背に王都へ向けての長旅がまた始まる。


「それにしても……テオさんを置いてきて本当によかったんでしょうか?」

「大丈夫だ。テオには魔道具完成までヨハン殿に助力をするよう、よーく言い聞かせてある。これも仕事の内だ」


 だから気にするなと爽やかにクライヴが笑う。


 服の自動着脱を叶える魔道具は、今回の里帰りの目的の一つでもあった。幸い両親たちは乗り気になり、この短い滞在期間中に簡単な試作品まで作り上げた。


 ただ、性能を確認するには獣人族の協力──つまり変化をしてもらう必要がある。もちろん小さなノルド村には獣人族はいない。唯一いるのはクライヴだけで……。


『ああ! クライヴさん、いいところに!』

『例の魔道具だが、試作品ができたからちょっと変化してみてくれ!』


 砦での仕事を終えて戻ってきたクライヴは、両親へ拉致られるように魔道具工房へと連れていかれた。両親の勢いに唖然とはしたが、性能確認の重要性を理解していたので、黙って見送った。


 だが、一時間経っても二時間経ってもクライヴは戻ってこない。心配になって様子を見に行くと、工房の隅では尻尾を丸めたオオカミが悲壮感を漂わせて丸まっていた。


『ティナ以外にあんな姿見せたくなかった……』


 クライヴの落ち込みようとは正反対に、両親は嬉々として改良すべく点を論議していた。それだけである程度なにがあったのか分かってしまった。とぼとぼと工房を後にするクライヴときたら。


 そしてその夜、クライヴがふらりと出かけていった。気分転換でもしにいったのかと思いきや、とんでもないものを持って戻ってきた。……いや、あれは狩ってきたというのだろうか。


『やほー。今日もエイダからのメッセージ持ってきたんよ。おぉ、ここが番いちゃんの実家か~』


 クライヴが連れてきたのはテオであった。首から巾着を提げているので、トラフズク宅急便としてやって来たところを捕獲されたのだろう。


 あの時のクライヴは非常に悪い顔をしていた。何も知らないテオは、そのまま工房へと連れていかれてしまった。無論、戻ってきたのはクライヴだけだ。


 翌日に見たテオは逃走防止に足輪までされていた。やはりクライヴの代わりに魔道具の実験体として差し出されたらしい。


──テオさんが帰ってきたら美味しいフルーツでもご馳走しなきゃ。

 

 テオには悪いが魔道具を完成させるためには必要なこと。とりあえず心の中で合掌しておく。

 

「やっとの出発か」

「遅すぎる。何日待たせるのだ」


 村が見えなくなるとすぐに二頭のトラが姿を現した。


 彼らはエイダの両親だ。体が大きく少し茶色がかった体毛の方がエイダの父──ジスラン。黄色みの強い体毛の方がエイダの母──アグネスだ。改めて見ると二人ともトラ模様が大変美しい。


「ジスランさん、アグネスさん。お待たせしてすみませんでした。今までずっと森で過ごしてたんですか?」


 トラ夫婦とは森で別れて以来の対面となる。本人達は森で過ごすと言っていたが、食事や寝床は本当に大丈夫だったのだろうか。


「ティナ、こいつらはずっと砦の近くにいたぞ」

「えっ?」

「こいつらときたら、何度言っても数時間おきに現れるんだ。まだかまだかとずっとうるさくて……」


 怒りを堪えるようにぎりりと歯噛みをするクライヴを見て、トラ夫婦がそっと視線を逸らす。その様子からクライヴの言っていることが事実だと悟る。


「え、えーと……きっとお二人は早くエイダちゃんに会いたかったんですよ」

「そ、そうだ! 我らは早く愛娘に会いたいだけだ」

「それを何度も拳骨してきおって! 頭が割れるかと思ったではないか!」


 トラ夫婦がフォローしたティナの傍へとやってくると、ここぞとばかりにクライヴへ反論し始めた。虎の威を借る狐、ついそんな言葉が浮かぶ。ティナには権力も何もないのだが。


 それを見たクライヴの視線が一気に険しくなる。気のせいでなければヒヤリとした空気が漂う。


「……お前ら、ティナの半径二メートル以内に近寄るなと言ったよな? 本当に頭かち割ってやろうか?」

「「 ギャウッ! 」」


 トラ夫婦は猫のようにびょんと飛び上がった。それから凄まじい早さで森の中へと逃げていった。


「ちっ! 逃げ足の速い奴らめ」

「クライヴ様……」


 トラ夫婦をエイダの元へ連れていかねばならないのに、本人達がどこかへ行ってしまったではないか。思わず困惑した表情をクライヴへと向ける。


「気にするな。どうせすぐ戻ってくる。奴らには学習能力なんてないからな」


 いったいこの数日間で何があったのだろうか。出会った時よりも上下関係がさらに出来上がっている。


 とりあえずティナは別の話題へと切り替えた。


「そ、そういえば、ジスランさんもアグネスさんも獣化したままなんですね」

「たまに獣化したままの方が楽だという奴もいるんだ。街に入る際はちゃんと人化させるさ。あの姿だと大騒ぎになるからな」

「た、確かに。トラが堂々と街中を歩いてたらマズいですよね」


 うっかりその場面を想像してしまいゾッとする。人を襲うこともあるトラが突然街に現れる。しかも二頭。もう大混乱どころではないだろう。


「一応服は用意してきましたが、サイズが合うか……」

「用意してきてくれたのか? さすがティナ。キツくても着せるさ」


 いや、無理矢理着せる意味が分からない。新しく買えばいいではないか。トラ夫婦の扱いがかわいそう過ぎる。後方で茂みがガサリと鳴ったので、彼らが聞いていたのかもしれない。


──あれ……そういえば、道中はジスランさんとアグネスさんも一緒なんだよね。


 当たり前の事実にようやく気付く。


 そうなるとクライヴと二人だけで話す機会はない。もちろんトラ夫婦がいる場で話す勇気もない。王都に着いてしまえば特務隊の皆がいるので話す機会はますますなくなってしまう。


 まさかの事態に頭を抱えたくなった。


──ど、どうしよう。クライヴ様を呼び出す? いやいや、トラは聴力がいいから聞こえちゃうよね。というか、何て言えばいいのっ!?


 「私も好きです」と言うべきか。はたまた「お付き合いして下さい」と言うべきか。


 若干パニックになりつつ、ちらりとクライヴの顔を盗み見る。背を伸ばして馬に乗る姿は誰が見ても凛々しくて文句なしにかっこいい。この人に想いを告げる──。


──む、無理っ! 言える気がしないっ!


 もともと整った顔立ちではあったが、好きだと自覚した途端に三割増しでクライヴが素敵に見える。そんな人に面と向かって「好き」だなんて言える気がしない。


 こうして波乱の帰路は幕を上げた。

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