第108話 クライヴのヤキモチ
「……ははぁ~、そんでこういうことになってんのか」
ティナの向かいに頬杖をついて座るのはアルヴィン。警備隊の全隊長を務める彼は、フィズの番いであることが判明して以降、こうして特務隊を訪れることが増えた。
そんなアルヴィンがなんとも言えない顔をする原因は、ティナの周囲の異様さだ。
ティナの膝の上にはモリモリとお菓子を頬張る愛らしい幼児。ここまではいつも見かける光景だが、左には大きなトラが二頭。右には睨みをきかすサーバルキャット。おまけにうしろに黒山のごとく大きなヒグマがいる。
「すげぇ迫力だな。獣人族だと知っててもこえーよ」
チャドからティナを探す不審人物がいると教えられて以降、ティナのそばには必ず護衛が付くようになった。基本的にはクライヴがその役を務めているのだが、どうしても外せない仕事のときは誰かが代わりを務めてくれる。今日はトラ一家とレオノーラとダンがその役を担っていた。
不思議なのは、なぜかみんな獣化して護衛につくことだ。彼らいわく「この方が耳も鼻も利く」とのことだ。おかげで見た目のインパクトが半端ない。屈強な軍人であるアルヴィンですら苦笑いを浮かべるくらいだ。
「まぁ、護衛が付くだけで自由に動けるならいいんじゃねぇか。クライヴのことだから嬢ちゃんを抱きかかえて離さないかと思ったぜ」
「……最初はそんな感じでした」
「そ、そうか。よく説得できたな」
「ええ……」
二人揃って遠い目になる。お互い人族の身で獣人族の番いとなった。その大変さはよく身に染みている。
しかも、ティナは一度誘拐されたということもあり、クライヴの過保護さはなかなかのものだった。
四六時中、行動を共にするのはまだいい。しかし、一緒の部屋で寝るとまで言い出した時にはどうしようかと思った。やんわり断ってみたが、案の定簡単には納得してくれなかった。最終的には夜の間は絶対に部屋から出ないこと、エイダを必ずそばに置いておくことで何とか納得してくれた。
「にしても、嬢ちゃんを探す謎の人物か。故郷の友人ってわけじゃねぇんだよな?」
「はい。この間里帰りしているので、村の皆は特務隊で働いていることは知っています。それに村に獣人族はいないんです」
「そうか。うーん、ますます謎だな」
「警備隊でも探してくださってるんですよね? 迷惑かけて申し訳ありません」
「いや、いいってことよ。嬢ちゃんに何かあった方が大変そうだからな。いろいろと……」
アルヴィンの視線が猛獣達へと向けられる。それに気づいたレオノーラがフンと鼻を鳴らした。当然と言わんばかりである。
警備隊には、王都を巡回する際に『青い髪』の人物を見つけたら連絡を寄越すよう通達がされている。これはレナードが特務隊の隊長として依頼してくれたものだ。しかし、その捜査名目が『ウォルフォード家の次期当主の番い、及び特務隊最重要人物の安全確保のため』とされていることをティナは知らない。今やティナは特務隊の重鎮扱いなのだ。
「このちっこいのまで猛獣だもんなぁ。ただの子供にしか見えねぇのに」
「ティナおねえちゃんはエイダがまもるの」
「おー、えらいぞー」
「むふふふ」
褒められたエイダが得意げに笑う。だが、エイダは不審人物についてよく分かっていない。クライヴからティナを守れと言われ、護衛ごっごをしているようなものだ。
「まぁ、ここにいりゃ安全だな。城下で買いたいものがあれば俺が行ってやるから、遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます」
◇◇◇◇◇
そんなやりとりをした日の午後、ティナは談話室でお気に入りの動物図鑑をめくっていた。不審人物の特徴である『青い髪』、その特徴に該当する動物がどんなものか調べていた。
「……あの、読みづらいのですが」
「気にするな」
そう言われても気になるものは気になる。それというのも、現在ティナはクライヴの膝の上にいるのだ。後ろから抱きしめられるような格好なので、とてつもなく距離が近い。こういったスキンシップに慣れていないティナは、本に集中するどころではなくなっていた。
──うぅ……これは犬、これは犬、これは犬……。
少しでも落ち着こうと自己暗示をかけるかの如く、心の中で犬を思い浮かべる。じゃれつく大型犬のモフモフだと思えば、少しは気が楽になってくる――はずだ。
「……ティナ。今、俺のこと犬扱いしてないよな?」
「うえっ!? い、いえ……べ、べ、別にそんなことは……」
心の内を見透かされたティナは分かりやすく目を泳がせた。ジトリとした視線がチクチクと突き刺さる。
「俺は犬扱いされるより異性として意識されたいんだが?」
「っ!」
低く心地の良い声が耳元で囁かれる。おそるおそる振り返ると、こちらを見つめるイエローゴールドの瞳と目が合った。
──あっ……光の具合で目が金色に……キレイ。
朝焼けのようなイエローゴールドの瞳は吸い込まれそうなほど美しい。思わず見惚れてしまい、目が離せなくなった。
すると、クライヴの手が壊れ物を扱うかのようにそっと頬を撫でてきた。
「ティナ……」
どこか切なげな響きを含む声で名を呼ばれ、体の中がジンと痺れたような疼きを感じた。頬を撫でていた手がティナの顎を軽く持ち上げる。
ゆっくりとクライヴの顔が近付いてきて、ティナは思わずギュッと目をつむった。
──キ、キスされるっ!
目をつむったのを了承ととったのか、クライヴの吐息が唇にかかるくらい間近に感じる。叫び出したいのを堪えてグッと拳を握ったまさにその時――。
「ふぐぅ~……」
隣から気の抜けるいびきが聞こえてきた。声の主は、お昼寝中のエイダだ。変化の未熟なエイダは、いつの間にか子トラの姿になっていた。
「エ~イ~ダ~!」
恨みがましい声をあげるクライヴだが、当のエイダは、すぴょーすぴょーと寝息を立てていた。
──うわぁ……うわぁ! い、いま……キ、キスされるとこだったよね!?
今自分の顔は絶対に赤くなっているだろう。
ぶっちゃけると、キスは初対面の時にされている。だが、不意打ちでされるのと恋人同士になってするのでは全く違う。もちろん今はティナもクライヴのことが好きなのでキスするのが嫌というわけではない。
「ったく、こいつは……いいところで邪魔しやがって」
再度後ろからギュッと抱きしめられ、首筋に顔をうずめられる。クライヴの表情を窺い知ることはできないが、その声色から残念がっているのがよく分かった。
「ティナがエイダを可愛がってるのは分かるが、俺だってもっとティナと一緒に過ごしたい」
「え、えーと……」
「ティナにちょっかいを出そうとする奴。俺とティナの間を邪魔する奴。全てが気に食わない」
「それは……」
「ティナから他の奴らの匂いがするのも嫌だ」
「……へ?」
思わず自分の匂いを嗅いでしまった。もちろん何の匂いもしない。
「午前中の護衛はダンとレオノーラ。あとはトラ共だな。アルヴィンの匂いもする」
「よ、よく分かりましたね」
「俺はオオカミ獣人だぞ。そのくらい分かるさ」
「あの、でも皆さんは護衛して下さっただけです。アルヴィンさんは、たまたまここへ来ただけですし」
「分かってる。これは俺の勝手なヤキモチだ」
「ヤキモチ?」
そういえば、以前クライヴが『獣人族は独占欲が強い』と言っていた。フィズの服を借りた時のことだ。他の者の匂いがするのが嫌だとか何とか。
──ただ一緒にいただけなんだけどなぁ。むしろ、私よりもクライヴ様の方が……。
クライヴの方がよっぽどモテているではないか。そう言いたくなったが、グッと言葉を飲み込む。
なにせクライヴは女性からとても人気がある。城内を歩いていると、そういった話をしている女性たちをよく見かける。
──んっ……?
その時のことを思い出したら急に胸の辺りがモヤモヤし始める。もしや、これがヤキモチということか。
「……その、私が好きなのはクライヴ様だけですよ」
恥ずかしさを堪えてそう言えば、クライヴの目が大きく見開かれる。しかし、すぐに嬉しそうに笑み崩れた。
その顔の幸せそうな顔といったら。照れくさいながらも微笑み返すと、クライヴが愛おしそうに目を細めた
「ティナ、愛してる。俺の大切な番い」
そう言うとそっと唇を重ねられた。重なった唇から伝わる熱に、心が満たされていくのが分かる。最初は触れるだけだった口付けが二度三度と繰り返される。
この時のティナは、この後あんなことが起こるとは思いもしなかった。
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