第111話 夜が明けて

「──と、いう訳です。お騒がせして申し訳ございません」


 翌朝、ティナはみんなの前で昨夜の事情を説明した。


 ティナを探しているという謎の人物──それが、ティナの子供の頃の友人だったこと。ただのヘビだと思っていたのが実は獣人族だったこと。そしてその人物が昨夜、ティナの部屋に侵入してきたこと。


 ちょうど隊舎を訪れていたアルヴィンにも同席してもらっていた。


「子リスちゃんが危険なときに寝ていたなんて……」

「不覚すぎる……」

「眠り薬にやられるなんて……」


 レオノーラ、リュカ、キャロルが落ち込んでしまった。よく見ればダンとルークまでもが項垂れている。侵入を許したことに責任を感じているようだが、そこまで落ち込まれると逆に申し訳ない。


 そもそも、ルドラが侵入してきた理由はティナに会うためだ。誘拐事件といい、今回の件といい、迷惑ばかりかけているのはこちらなのだ。


 眠り薬については、ルドラが「害はない」と言っていたが、全員の無事を確認するまで不安でしかたなかった。あくびをしながらも全員が起きてきた時には心底ホッとした。


「みんなダメダメ」


 ふん、と鼻を鳴らして胸を張ったのは、子トラ姿のエイダだ。


 実は一番最後まで寝ていたのはエイダだった。揺すっても呼びかけても全く起きず、フィズの元に連れていこうかと本気で思った。

しかし、「すぴょ~」という気持ちよさそうな寝息を聞いて、心底脱力してしまった。やはりエイダはエイダである。


「エイダの言う通りです。寝ている時間帯とはいえ、隊舎内に侵入を許すとは」

「全員鍛え直した方が良さそうだな」


 隊長副隊長からの言葉に全員が「うっ」と言葉を詰まらせる。この後の厳しい訓練を想像してのことだろう。


 特務隊の隊舎はエルトーラ城内の一角にある。城内には王族が住まう区域もあるだけに、ルドラの侵入は重大な問題であった。


 ちなみに以前、塀を乗り越えて帰宅した上、ジスランとアグネスを許可なしに入城させたことは、あれは問題にならなかったらしい。クライヴの「特務隊副隊長」という肩書が大きかったのか、それとも「獣人貴族」という立場が大きかったのかは謎である。


──うーん……塀を飛び越えるような身体能力があれば警備も形無しのような気もするけど。


 そう思うがそこは言わないでおく。ティナが考え付くことなど、とうに対策がなされているに違いない。


「それで、渦中の人物はどうしたのですか?」

「それが「また来る」とか言い残して窓から逃げやがった」

「それは……随分舐められたものですね」


 レナードが微笑を浮かべたまま、すぅと目を細める。


 その笑みに背筋がヒヤリとした。レナードは微笑んでいるのに目が全然笑っていない。無断侵入したルドラが悪いとはいえ、友人の身の安全がちょっと心配だ。


「それはそうと、血の匂いがしますが? 怪我でもしたのですか?」

「ああ、これか」


 そう言ってクライヴが左腕を上げた。服で隠れているが、その下には包帯が巻かれている。ルドラが去ってすぐにティナが応急処置をしたものだ。


「これは眠気を飛ばすために自分でやったんだ」

「怪我の程度は?」

「全く問題ない」


 クライヴはそう言うが、決して浅い傷ではない。くっきりついた歯形からは想像以上に血が流れていて痛々しかった。ティナの危機に駆けつけるため思いきり噛みついたのだろう。


「本当に申し訳ありません……」

「ティナは全く悪くないから気にするな」

「でも……」

「こんなの怪我のうちに入らないさ。獣化した姿で噛みついたら流石に痛かっただろうがな」


 クライヴが冗談交じりに笑う。ティナの気持ちを軽くしようとしてくれているのが明らかだ。


「眠り薬を使ったということは、薬に精通しているんですかね」

「自分で精製したような口ぶりだったな。あのやり方といい、フィズと同類な気がする」


 クライヴの一言に、レナードだけでなく隊員達までもが何とも言えない視線をフィズに向けた。エイダに至っては「うわぁ」といわんばかりの苦々しい顔をしている。


 注目を集めたフィズはと言うと、不本意そうに口を尖らせていた。


「んもぅ、失礼ねぇ。私なら眠気を飛ばす暇もないくら即効性がある薬を使うわよぉ」

「いや、そういう問題じゃないと思うぞ……」


 夫であるアルヴィンのツッコミを受け、フィズは「あらそう?」と小さく首を傾げていた。妖艶美女は見た目に反して中々に恐ろしい。


「ヘビ獣人は変人しかいないのかね……」


 ものすごく小さな声でルークがボソリと呟く。そういえば、ルークは以前、フィズと組んだ際に苦い思いをしたと聞いた。実感がこもっているのはそのせいかもしれない。


「フィズ、青いヘビ獣人に心当たりはありますか?」

「同じヘビ獣人っていっても、そこまで付き合いはないのよねぇ」

「では、薬を扱う者についてはどうです?」

「それなら王都にもたくさんいるわよぉ。薬に精通しているなら毒蛇が祖でしょうねぇ。でも、毒蛇に青色の奴なんていたかしらぁ」

「変異種の可能性もありますね。しかし、毒蛇ですか……少々厄介ですね」


 レナードの眉間に僅かにしわが寄る。


 ヘビというのは突然変異で同種でも色が異なることがある。さらに、ヘビ獣人というのは結構数が多いらしい。


 毒蛇を祖に持つ者は、良薬から毒薬まで薬全般に精通しているそうだ。その知識を活かして、王都で薬屋や薬草を販売しているものもいるらしい。これは以前フィズから聞いた話だ。


 もしルドラが害意を持って薬を使ったのなら――。レナードが危惧しているのはそこだろう。


 深刻な雰囲気がこの場に立ちこめる。


 そんな時、パンと手を叩いたのはアルヴィンだった。


「まぁまぁ、警備面について考えるのは俺らの仕事だ。な、レナード?」

「そうですね。クライヴ、お前も後で同席──」

「断る。俺はティナを守ることを優先する」


 そう言ってクライヴはティナを膝上に抱き上げた。ルドラの侵入以降、クライヴはずっとピリピリしていた。


「あ~……とりあえず嬢ちゃんが無事だったんだからよかったじゃねぇか」

「無事だと? ティナは寝込みを襲われたんだぞ」

「ちょっ……クライヴ様! 誤解されそうなこと言わないでください!」

「ティナの寝込みを襲っていいのは俺だけだ」

「……っ!」


 よくないと言ってやりたいが、クライヴの目が真剣そのもので否定しづらい。というか、ここはみんなの誤解を解く方が先決だ。先程からこちらを気遣うような視線が実にいたたまれない。


「あの、本当に何もされてませんので」

「あー……大丈夫だ。何となく理解した」

「何ていうか、ね?」

「そうね、副隊長だものね」

「うん、副隊長だもんね」


 なぜだか今度は生温かい目で見られる。これはこれで居心地が悪い。


「ティナは俺の番いだ。誰にも渡さないからな」


 この後、しばらくクライヴにひっつかれて困ったのは言うまでもない。

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