第110話 侵入者の正体

「もしかして……私を探していた青い髪の人って……」

「ん? ああ、あの店の爺さんから聞いたのか。うん、多分それオレのことだね」


 軽い口調で侵入者が肯定する。実にあっさりしていて拍子抜けしてしまう。


「あの爺さん、ティナのこと全然教えてくれなくてさ。ここを見つけるのに苦労したよ」

「……深夜に人の部屋に忍び込んで、眠り薬を使うような人、知り合いにはいません」

「うわー、言葉で並べられると結構ひどいことしてるね、オレ」


 侵入者は全く悪びれる様子もなくカラカラと笑った。


 くだけた態度と気安い口調に違和感を抱く。それに、相手はティナのことを知っている口ぶりだ。青い髪色という目立つ特徴の人など、一度会えばそうそう忘れるはずがない。


──ダメだ……やっぱり思い当たる人がいない。


 ティナは記憶をたどるのを諦め、この場をどう切り抜けるかに思考を切り替えた。


 真っ先に浮かぶのはクライヴの顔。クライヴの部屋はティナの隣だ。寝ているだろうが、大声を上げれば気付いてくれるかもしれない。


 だが、もしもクライヴが気付かなかったら? それならば壁を叩くのは……いや、そんな事をして侵入者を怒らせたらおしまいだ。侵入者が刃物を持っているとも限らない。


 そんなティナの考えを読んだかのように、侵入者が「そうそう」と声を上げた。


「言っておくけど誰も来ないよ」

「えっ?」

「ここ獣人族だけで構成される特務隊でしょ? いくらオレでも侵入するのはちょっと難しくてさ。獣人族にしか効かない眠り薬をちょっと使わせてもらったんだ」

「な、なぜそんなことをっ」

「ただの眠り薬だから特に害はないって。ねぇ、それよりもオレのこと覚えてない?」


 ここで「知らない」と答えたら相手はどう反応するのだろうか。相手の反応が全く読めず、緊張からゴクリと息をのむ。


「あっ。そういえば、人化した姿は見せたことなかったっけ。そっかー、それなら分からないのも無理ないか~。それなら……」


 一人で納得した侵入者は、ごそごそと何かを探し始めた。そしてすぐに部屋の中がぼんやりと明るくなる。床には携帯用のランプが置かれていた。


 薄明りの中、ティナの目が初めて侵入者の全容を捉える。


 薄明りでもはっきりと分かる鮮やかな青い髪。細い目をさらに細めて笑う目は、ルビーのように赤い。


「この青い色、見覚えない? 獣化した俺をよく肩に乗せてくれたよね」


 その言葉にハッとした。


 それはティナがまだ子供の頃のことだ。裏庭で一人で遊んでいると小さなヘビを見つけた。田舎なのでヘビなど珍しくはなかったが、そのヘビは見たことのないキレイな青い色をしていた。


『わぁ、キレイなヘビさん! こんにちは!』


 ヘビはすぐに逃げて行ったが、翌日もまた庭に現れた。今度は驚かせないよう声量を落として話しかけた。


『今日も来てくれたんだ。うちの庭はハーブのいい匂いがするでしょ。ゆっくりしていってね』


 それからというもの、ヘビは頻繁に庭にやってくるようになった。その度にティナはヘビに話しかけた。そんな事を続けていると、いつしかヘビは近くまで来るようになった。そればかりか、話しかけると首を傾げたり頷いたり──まるで会話をするかのように反応してくれるようになったのだ。


 仲良くなってからは、ティナの肩に乗せて一緒に出かけたりもした。動物と心を通わせられたようで、とても嬉しかったのをよく覚えている。


 改めて侵入者の姿をまじまじと眺める。鮮やかな青い髪色は確かにあのヘビの鱗と同じ。ルビーのように赤い目もあのヘビと全く同じだ。


「……もしかして、ウチによく遊びに来てたヘビさん?」

「そう! そうだよ! やっと思い出してくれた?」


 ティナの言葉に侵入者が嬉しそうな声を上げる。あっさり肯定され、ティナは混乱した。


「えっ……ま、待って! あの時のヘビさんが獣人族っ!?」

「あの時はヘビのふりをしてたんだ。ごめんねー」

「な、なんでそんなことを?」

「だって、ヘビが急に喋ったらびっくりするでしょ? ヘビってあんまり好かれないしさ」


 正論過ぎて「うっ」と言葉を詰まらせる。確かに、ヘビが喋ったら絶対驚いていたと思う。当時は獣人族のことを知らなかったから余計にだ。


 ティナを探す謎の人物、深夜の侵入者、子供の頃に出会った小さなヘビの友人──それらが同一人物だという事実がなかなか理解できない。もう一度確認するかのように侵入者の姿を見てみる。やはり青い髪は、あの時のヘビと全く同じだ。


「……本当にあの時のヘビさん?」

「そうだよ」


 嬉しそうに笑った侵入者がティナへ触れようと手を伸ばす。その時であった──。


──メキッ!


 突如として何かがひしゃげるような鈍い音が響く。音の発生源と思われる部屋の扉に、ティナと侵入者が揃って視線を向ける。


「ちっ、この匂い……あの番犬か」


 侵入者が舌打ちをしたのとほぼ同時に、扉がバキッというものすごい音を立てた。


「ティナ! 無事かっ!?」

「クライヴ様っ!」


 扉を破壊するという強行突破で部屋へ入ってきたのはクライヴだった。素早くティナと侵入者の間に割って入ると、侵入者を鋭い視線で睨みつけた。


「その青い髪……お前がティナのストーカーか?」

「ストーカー……まぁいいけどさ。つーか、アンタなんで起きてんの? 特製の眠り薬をお見舞いしたはずなんだけど」

「やけに眠いと思ったらお前の仕業か。フィズが変な実験をしているのかと思った」

「はぁ? 意味わかんねー」

「こちとら薬の耐性をつけている最中なんだよ」


 ティナの脳裏に、北の砦での痺れ薬事件が思い起こされる。まさかとは思うが、あれがきっかけで耐性をつけようとしたのだろうか。というか、真っ先に疑われるのがフィズとは……。


「……コイツだけ三倍の濃度にしたんだけどなぁ」

「てめっ……!」

「ふーん、その腕でオレとやろうっての?」


 侵入者の意味深な言葉にティナはクライヴの腕を見た。すると、利き手とは反対側の腕に血が滲んでいた。


「クライヴ様っ! う、腕がっ!」

「大丈夫だ。眠気を飛ばすのに噛みついただけだ」


 そう言うも、よほど強く嚙みついたのか服には血がベットリ染みついている。早急に手当てが必要なのは明らかだ。


「あの……実は、この人は知り合いでして。えっと……子供の頃、仲良くなったヘビが獣人族だったようで」

「そうそう、オレ達はそれはもうふかーい絆なの。邪魔しないでくれる」

「…………ティナ、こいつ消していいか?」


 侵入者の余計な一言でクライヴの雰囲気がより剣呑なものへと変わる。


「ク、クライヴ様、落ち着いてください」

「ティナの寝込みを襲った挙げ句、俺のティナと深い絆だと?」

「お、襲われてません! それに、ただの友人ですっ!」

「えー、オレとティナの仲じゃん」

「ヘビさんは黙ってて!」


 場はますます混乱していく。砦のときにも思ったが、自分には説明力も説得力もない。とにかく、自分の部屋で流血沙汰は御免被りたい。


「あ、あの……薬を使ってまで忍び込んだこととか、いろいろ言いたいのは私もよく分かります。ですが、一旦話を聞いてみましょう。何か理由があったのかも──」

「ん? ただティナに会いに来ただけだけど?」

「えっ? それだけ?」 

「そうそう。ウチの家系、ちょっと変わっててさ。子供の頃に大陸中を旅させられるんだ。ティナと出会ったのもちょうどその時だね。そんで、最近この街に戻ってきたんだけど、たまたまティナみたいな人を見かけてさ」


 ニコニコしている侵入者に脱力する。獣人族はなぜこうも行動力が無駄にすごいのか。


「見かけたって……それでよく私だって分かったね」

「オレもそこそこ匂いには敏感だからね」

「匂い……」


 以前クライヴもそう言っていたが、できればその言い方はやめてほしい。自分の体臭がよほどなのか本気で心配になる。


「そういえば名前……」

「そっか、そういえば名乗ってなかったね。ルドラって言うんだ」

「ルドラ……」


 そう口にすれば、侵入者──ルドラは、またも嬉しそうに笑った。

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