第58話 観戦
結局あの後、クライヴはしばらくこちらを見ていたが、誰かに呼ばれて運営テントへと戻っていった。
クライヴと目が合った時は、心臓を鷲掴みにされたのかというくらいに驚いた。普通この大勢の中で気付くだろうか。あれは絶対ティナに気付いている。「なぜここに?」と言わんばかりの顔をしていたから間違いない。
『獣人族ともなると視力もいいのね』
『何というか……さすが獣人族ですね』
と、プリシラとアニーには他人事のようなことを言われた。プリシラなど以前はクライヴに惚れていたのに、なぜ憐憫の目を向けてくるのだろうか。
──ど、どうしよう。クライヴ様のことだから絶対ここまで来そう。
クライヴがやって来るのではないかと思うと気が気ではない。そのせいで、試合もどこか上の空となり、リュカとルークの試合もいつの間にか終わっていた。
だが、しばらくしてもクライヴがやってくる事はなく、いつしかティナもプリシラと共に試合に熱中していた。
「まぁ! また特務隊の方が勝ったわ!」
「レオノーラさん、すごい!」
たったいま決着がついたのは、レオノーラと警備隊員の試合だ。
この模擬戦では刃を潰した模造刀の使用が許可されている。警備隊側の参加者は、基本的にこの模造刀を使用しているのだが、レオノーラは素手で勝負に挑んでいた。
機敏な動きで相手の攻撃を躱し、しなやかな四肢で反撃する。ステップを踏むかのような軽やかな動きは、まるでダンスを踊っているように美しかった。
最後は華麗な回し蹴りで対戦相手を場外まで吹っ飛ばしていた。跳躍力に優れたサーバルキャットの蹴り……実に痛そうだ。
「すごいわ、まるで物語に出てくる女性騎士みたい」
レオノーラの強さと美しさに、プリシラがうっとりと惚ける。その気持ちはよく分かるので、ティナもこくこくと頷いて同意した。レオノーラがかっこ良すぎる。
「素手で勝つなんて、獣人族の方は本当に身体能力が優れているのね。さっきの方もすごかったわ」
「ダンさんですね。あれは……はい……一撃でしたね」
数試合前に登場したダンは、普段と変わらないマイペースな様子で舞台へと上がった。
体格の良いダンに怯む対戦相手を、開始早々に袈裟斬りの一撃でノックアウトしたのだ。まさに
右腕を振り下ろす様は、獰猛なヒグマの姿を彷彿とさせた。心優しいダンもやはり肉食獣なのだと改めて感じさせられた。ちなみに対戦相手の模造刀は真っ二つになっていた。
「あら、次も獣人族の方よ」
「あっ、テオさん」
「この方は模造刀を使うのね。……何か眠そうだけど大丈夫かしら?」
プリシラの言葉にティナは苦笑した。
模造刀を片手に舞台に上がったテオは、どう見ても欠伸を噛みしめている。やる気がないようにも見える態度に、対戦相手が睨みをきかせている。会場からも冷ややかな失笑が聞こえてきた。
──夜行性のテオさんからしたら昼間は眠いんだろうなぁ。
テオの祖を知らない者からしたらやむを得ない反応か。それにテオは昨日も日課の夜間フライトへ出かけていた。眠気はピークなのかもしれない。
──それにしても、テオさんが戦う姿って想像つかないなぁ。
非戦闘員のキャロル以上に戦う姿がイメージ出来ないのがテオだ。彼は普段から獣化したトラフズクの姿で生活している。寮に住むようになって会う機会が増えたが、寝ぼけながらてちてち歩いているイメージしかない。
だが、開始の合図とともに目を見張ることとなった。
「……わっ!」
「……あら」
相手の巧みな剣技をテオが全て防いでいるのだ。その素早さは、先程まで欠伸をしていた人物と同じだとは思えない。
一進一退の攻防に、会場中の視線が釘付けとなる。
「あの獣人族の方、相当な腕前ですね」
ポツリと呟いたのは、プリシラの隣に控えていたアニーだ。
「アニーさん、そんな事まで分かるんですか?」
「アニーは
ティナもプリシラと同じ意見だ。どちらかというと相手の方が攻めているように見える。
「パッと見はそうですが、獣人族の方は受け身に見えて、警備隊の方の攻撃を全て回避しています。動体視力がいいだけではあそこまでの動きは出来ません」
アニーの言葉を受け、試合へと視線を戻す。テオの動きに注視してみるも、動きが速すぎてさっぱり分からない。プリシラも同じだったようで首を傾げていた。
「そこまで強いのなら、なぜ反撃しないのかしら?」
「確かにそうですね」
「おそらくですが、場を盛り上げるためではないでしょうか」
まさかの返答にティナとプリシラは顔を見合わせた。そんな二人にアニーが言葉を続ける。
「演習会はお祭りのようなものですからね。接戦になればなるほど盛り上がるというものです。現に会場はすごいボルテージでしょう?」
二人とも「そういえば」と会場の熱気に耳を傾けた。テオのゆるい登場の時は失笑さえ聞こえていたのに、今は至る所から声援が飛んでいる。盛り上がり具合は本日一番かもしれない。
「きっと彼は場の空気を読むのが上手いのでしょう。飽きやすい後半戦にも関わらずこの盛り上がり……お見事です」
アニーが賞賛の言葉を述べた直後、割れんばかりの歓声が沸き起こった。慌てて舞台上を見ると二人揃って場外アウトになっていた。
「え? な、何? 何があったの?」
「二人とも場外?」
「警備隊の方が勝負に出たようです。しかし、吹き飛ばされる瞬間に特務隊の方も蹴りを入れてん…結果二人揃って場外アウトとなりました」
なんと。大事なところを見逃してしまった。ぜひともその瞬間を見たかった。
膝の上のエイダは、しっかり見ていたらしく鼻をフスフス鳴らして興奮している。
二人の健闘を称える声援が会場中に響き渡る。二人は握手を交わした後、観客に向かって手を振ってから去っていた。
「アニーの言う通りだとしたら、あの特務隊の方は相当なくせ者ね」
「特務隊ばかり勝ち上がっていますからね。二人揃って場外アウト──しかも、これだけの盛り上がりを見せれば、お互いの面子は保たれたのではないでしょうか」
アニーのテオに対する評価が高い。ティナの頭の中では、「ご飯プリーズ」と言っているトラフズクの姿しか浮かんでこない。
テオへの認識を改めなければと思っていると、次の参加者が入場してきた。次は警備隊同士の試合のようだ。
「あっ、次はプリシラ様を招待された方ですよ」
「あら。それなら、ちゃんと見ておかないと。家同士の付き合いが悪くなっては大変だわ」
ツンな態度ながらも視線はしっかりキャラメル色の髪の青年に固定されている。プリシラのツンデレ具合は今日も通常運転だ。
試合が開始になると模造刀同士がぶつかる鈍い音が響く。先程のテオの試合とは違い、力と力のぶつかり合いといった感じだ。どちらも勝ちに対する執念を感じさせる。
その試合を見ながら、ティナはふとあることに気が付いた。
──そういえば、他の皆は私に気付いてなかったような?
特務隊のメンバーはクライヴと違ってこちらを見てくるような素振りは一切なかった。レオノーラとリュカなど、ティナを見つけたら手を振ってきそうなものだ。
そうなるとなぜクライヴは気付いたのだろうか。聴覚で言えばレオノーラだって耳がいいはずだ。テオやルークは視力がいい。
──私が……番いだから……?
思い当たるのはそれしかない。よくよく思い返せば、使用人採用試験の時がそうだったではないか。
そう気付いてしまうと、胸のあたりがムズムズしてくる。
クライヴにしか分からない番いを渇望する気持ち。きっとクライヴは、ティナがどこにいても見つけ出すのだろう。誘拐された時、颯爽と現れたクライヴの姿が脳裏に浮かぶ。
プリシラが真剣に勝敗の行方を見守る中、ティナはまるで
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