第59話 お迎えに来たのは

――なんで……ここにいるんだ!?


 さっきからなんとなくティナがいるような気がした。そんな訳はないと思いつつ観客席へ視線を向ければ、そこにはここにいるはずのないティナがいた。ティナは今日、エイダと共に留守番をしているはずだ。それがなぜ――。


 だが、隣にいる女の顔が目に入り、思わず眉間にシワが寄る。


 当初あの女はティナに突っかかっていた。なので面倒くさい貴族の礼儀とやらに則って、家へ行き父親の目の前で釘を刺してやった。それからは大人しくなっていたが、何がどうなってティナと親しくなったのか。大方、今回もあいつの我が儘に付き合わされたのだろう。


──ったく、こんな所に連れてきやがって。俺のティナがナンパされたらどうしてくれる!


 内心で盛大に舌打ちをする。


 やはりあの家にはもっとキツい制裁を科すべきだろうか。いや、でもそんな事をしてティナにばれたら嫌われそうだ。それは絶対に避けたい。あっ、バレなければいいかもしれない。


 本気でその算段をつけていると、後ろから頭をスパーンと叩かれた。


「そのドス黒いオーラをしまいなさい」


 犯人はレナードであった。こちらを蔑むような目で見てくるが、自分だって腹の内真っ黒のエセ紳士ではないか。


 そう思ったが、今は反論する暇が惜しい。


「隊長、今すぐ早退して──」

「いい訳ないでしょう、バカ犬が」


 最後まで言い終えぬ内にバッサリと切って捨てられる。俺の言いたい事を理解するとは流石隊長だ。ついでに言えば俺は犬ではない。オオカミだ。


 感心すると共にムッとしつつも、早退したい理由を述べて説得を試みる。


「ティナが来てるんだ。こんな野郎がわんさかいる場所にだぞ?」

「はい?」

「誰かに見初められたらどうする? いや、あまりの可愛さに人気のないところに連れ込まれて──」


 クライヴの脳内では、ティナがどこぞの馬の骨に襲われかけている妄想が繰り広げられる。


 か弱いティナが抵抗空しく男に服を引き裂かれ、美しい肌が露わに──そこまで想像してブチッと何かが切れた。


「ぶっ殺す! よくも俺のティナにっ!」


 強く拳を握り締めたクライヴを見てレナードが溜め息をついた。自分の妄想でブチ切れていたら世話がないと言わんばかりの大きな溜め息だ。


「それで、今から隊舎へ連れて帰ると? もう会場にいるのですからいいじゃないですか。狭量な男は嫌われますよ」

「ぐっ!」

「あそこなら変な心配は不要でしょう」


 そうやらレナードもティナを見つけたらしい。そういえば、クロヒョウは視力が良かった。


「それじゃ、せめて帰る時だけでも! 後片付けは隊長が代わっ──」

「お前が休んでいる間、私がどれだけ苦労したか分かっていますか?」


 レナードの凄みのある笑顔にクライヴが怯む。この話しは嫌というほど聞かされている。


 クライヴがティナの世話をするために休んでいる間、その仕事の全てをレナードが請け負ってくれたのだ。王都のアジト制圧の後処理、犯人の尋問、エイダの家族捜し……仕事は山盛りで、家に帰れない日々が続いたそうだ。


 愛しい妻に会えない辛さは、とてもよく理解出来る。自分だってティナと数日会えないと想像するだけで胸が痛くなる。だからこそ、あの時の事を持ち出されるとクライヴは何も言えなくなるのだ。


 口を閉ざして葛藤するクライヴを見かねたのか、レナードが小さく息を吐いた。


「お前の心配する気持ちも理解出来ます。帰り道にティナ嬢が一人にならないよう手を打ちましょう」

「隊長! じゃ、俺は早退──」

「演習会が終わる頃、フィズに来てもらいましょう。何か問題でも?」

「…………ないです」


 お前は働けと遠回しに言われてしまった。レナードの無駄に爽やかすぎる笑顔がにくい。


 いつしか試合は始まっている。ちらりとティナの様子を伺えば、とても興味深そうに試合を観戦していた。好奇心を隠しきれない顔がめちゃくちゃ可愛い。これはもう邪魔をしていい雰囲気ではない。


 クライヴは渋々と自分の仕事へ戻るしかなかった。



◆◆◆◆◆



 クライヴに見つかった後、そんなやりとりがされていたとは露にも思っていないティナは、プリシラと演習会の余韻に浸っていた。


「はぁ、決勝戦すごかったわね。武術なんて詳しくないけどすごく見応えがあったわ」

「私もです!」


 決勝戦は警備隊の者とレオノーラの対戦であった。相手は警備隊の中でも上位の強さを誇っているらしい。残念ながらレオノーラは、彼の見事な剣技に負けてしまった。


 ちなみに他のメンバーは、リュカが準々決勝敗退で、ルークとダンは早々に負けていた。以前レナードが言った通りである。


「プリシラ様を招待してくれた方も強かったですね」

「そ、そうね。まぁ、獣人族の方に勝ったのならそこそこ強いのではなくて」


 プリシラの動揺が凄まじい。ツンとした口ぶりながらも、頬をうっすら赤らめて可愛らしいことだ。


 プリシラを誘った青年──トリスタンと言うらしい──は、準々決勝でリュカと対戦した。俊敏な動きのリュカに苦戦しながらも準決勝まで駒を進めたのだ。


「お会いしたら労わないとダメですよ?」

「な、何でわたくしがっ!?」

「招待してくれたのならプリシラ様に見てほしかったんじゃないですか?」


 ただ父親同士の繋がりがあるからといって、招待するはずがない。おそらく相手はプリシラに気があるのではないだろうか。もちろんそうとは言わないでおくが。


「そ、そ、そんなことないわ。どうせ幼馴染みだから誘ってくれただけよ」

「えっ、そうなんですか?」


 幼馴染みとは初耳だ。それなら尚更プリシラに気があるのかもしれない。二人の関係にますます興味を引かれていると、アニーが声をかけてきた。


「ティナ様、お客様がお見えです」

「えっ? 私に?」


 なぜ自分に?


 そこでティナは思い出した。皆に黙って演習会に来たはいいが、早々にクライヴに見つかったことを。


 あわあわしていると、膝の上にいたエイダが突然ビクリと反応する。それと同時に来客とやらが顔を覗かせた。


「はぁい、お迎えに来たわよぉ~」

「あ、あれっ!? フィズさんっ!?」


 コツコツとヒールを鳴らして現れたのは、妖艶美女ことフィズであった。肩に掛かった髪を払いのける仕草が実に色っぽい。


 そうやらエイダは苦手なフィズの気配を察知して反応したようだ。隠れる場所がないせいで、膝の上で丸まって必死に気配を消している。とりあえず背中を撫でて宥めておく。


「うふふ、副隊長から伝言を受けてね。『ティナを迎えに行ってくれ』ですって。本当に過保護ねぇ」

「うっ……か、勝手してすみません」

「いいのよぉ。どうせ、そちらのお嬢さんの誘いだったんでしょ」


 フィズがちらりとプリシラへ視線を向ける。


 なぜかプリシラがビクリと肩を揺らす。エイダと全く同じ反応だ。


──そういえばプリシラ様もフィズさんには会ったことがあるっけ。


 それは初めてプリシラと会った時だ。『クライヴの妻は自分だ』と言ってティナに突っかかってきた。そんなプリシラを追い払ったのがフィズであった。


 フィズはプリシラへ微笑みかけているが、当のプリシラは逃げ腰だ。もしかすると、エイダと同じく苦手意識があるのかもしれない。


「私が見てみたいと言ったのです。プリシラ様は悪くないですよ」


 プリシラに誘われたのは事実だが、行くと決めたのは自分だ。フィズからクライヴに伝わっては困るので、少しだけ事実を湾曲しておく。これならプリシラが責められることはないだろう。


 フィズは美しい笑みを浮かべたままティナをジッと見つめてきた。心の中を探られているようでドキドキする。


「……そう。それなら最後まで見てから帰りましょうかぁ」


 そう言うとティナの座るソファの肘置きへ腰をかけてきた。ひとまずティナの言い分を信用してくれたようだ。視界の端ではプリシラがホッと胸を撫で下ろすのがわかった。


「あらぁ、レオノーラが準優勝? なかなか頑張ったじゃない」

「あ、はい。レオノーラさん、すごくかっこ良かったです」


 舞台上では上位三名の表彰式が終わったところであった。三人が観客席へと手を振っている。


 そして、大きな拍手が鳴り止む頃、拡張器を手にしたアルヴィンが舞台へと上がってきた。閉会の挨拶も警備隊全隊長である彼がするのだろう。


 名残惜しい気もするが、特務隊の皆の意外な一面を知ることが出来て良かった。感慨深い気持ちで舞台を見ていると、隣のフィズが少し身を乗り出した。


「………………見つけたぁ」


 そこには、ペロリと唇を舐め獲物を捕らえるかのような目でアルヴィンを見つめるフィズがいた。 

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