第114話 自由恋愛

「番いじゃなくても愛があれば問題なし。ね、ティナ?」


 そんなこと同意を求められても困る。クライヴの前でそんな事を言わないで欲しい。肩を抱く手に力が入っているのが分かって怖いではないか。


 だいたい、獣人族は番いしか愛さないのではなかっただろうか。それともティナが知らないだけで、例外もあるのだろうか。


「えーと……確認だけど、ルドラは獣人族なんだよね?」

「そう、ヘビ獣人だよ。青いヘビ。オレの獣化した姿はよく知ってるじゃんか」

「うん、それはそうなんだけど。予想外の言葉が聞こえた気がして……」

「ああ、獣人族は番い以外愛さないってやつ? まぁ、世間一般ではそう言われてるね」

「いやいや世間一般って……ルドラにも番いがいるんでしょ?」

「あー、探せばその辺にでもいるんじゃない」


 さらりと返された返答は実にあっさりしていた。


 獣人族は番いを生涯の伴侶とする──クライヴやフィズがそうだった。それを「その辺にいるんじゃない」とはなんて適当な言い方だ。しかも、探す気は全くなさそうだ。


 疑問符を大量に浮かべるティナを見て、ルドラが楽しげに声を出して笑う。


「そんな深く考えないでよ。今時は獣人族だって自由恋愛する時代だよ」

「そ、それはアリなの?」

「ありあり。人族だってそうでしょ」


 まぁ、そう言われればそうだ。人族には『番い』というものは存在しない。好きになった人とお付き合いをして、この人と共にいたいと思ったら結婚する。そこへ至るには、少なくとも分かれと出会いを繰り返す。


──そういえば……。


 ふと思い出したのは、女の子が大好きな某ウサギ獣人。彼は獣人族でありながら番い以外──というか可愛い女の子と見れば誰でも口説いている。あれこそ自由恋愛代表のようなものだ。前例がすぐ近くにあっただけに、「そういうこともあるのかも?」と思えてきた。


 そんなティナを見かねたのか、隣のクライヴが言葉を挟んできた。


「……何を考えてるか想像がつくが、獣人族おれたちは番い以外を愛することはないからな」

「え、でもキャロルさんは……」

「あれはただの遊び人だ。俺はティナ以外一切興味はない」


 そうなると、ルドラも遊び人ということだろうか。人族にもいろいろな人がいるように、獣人族にもいろいろあるのかもしれない。あの小さくて可愛かったヘビが、キャロルのようなチャラ男になってしまったのか。何だか悲しい気持ちになってくる。


「……ティナ、何でそんなに哀れむような顔してくんの?」

「あの可愛かったヘビさんが遊び人に……」

「は? 遊び人?」

「だって番いを探す気がないって」


 ティナの考えを察したのか、ルドラはガシガシと頭をかいた。


「なんか勘違いしてるけど、オレに番いがいてもいなくても、オレが好きなのはティナなんだけど」

「へっ?」

「ティナがオレの番いなら良かったのにさー。ほら、ティナもオレのこと好きって言ってくれたじゃん」


 その瞬間、隣のクライヴがものすごい勢いでこちらを向いた。クライヴの方を見ずとも痛いほどの視線が突き刺さってくるのがよく分かる。「まさか浮気!?」という心の声までもが聞こえてくるようだ。


「えっと、記憶にないんだけど」

「えー、忘れちゃったの? ほら、ティナが森で毒ヘビに噛まれそうになった時──」


 そう言われて、ぼんやりと記憶がよみがえる。


 あれは、いつものように森へ動物観察をしに行った時のことだ。毒ヘビがいることに気付かず、うっかりヘビのすぐそばを通ってしまった。驚いた毒ヘビはティナの足めがけて噛みつこうとした。その瞬間、ティナの肩にちょこんと乗っていた小さな青いヘビが、毒ヘビめがけて飛びかかっていったのだ。


 自分の倍はあろうかという毒ヘビを、小さな青いヘビはたったひと噛みで昏倒させてしまった。

 

『助けてくれたの? ありがとう。ヘビさん、大好き!』


 誇らしげに赤い目を輝かせる小さなヘビが思い起こされる。そういえば、確かにそんなことを言った気がする。


「……あの時の……良く覚えてたね」

「あんな熱烈に告白されちゃ忘れられないよ」

「あれは告白っていうか……」


 ルドラが照れくさそうにするが、あれは決して告白ではない。あの時のティナはルドラのことをただのヘビだと思っていた。大好きと言ったのも友人としての話しだ。そこに恋愛感情があったわけではない。


──まさか、あれがきっかけで好かれたの?


 そんなバカな。共に過ごしたのも、春から夏にかけての短い間だった。一緒に庭の草むしりをしたり、村を散歩したり──そんなことくらいしかしていない。


「……ティナはオレのこと嫌い?」


 赤い目が悲しげに揺れる。小さな青いヘビがしょんぼりする姿が重なって見え、ついつい懐かしさを覚える。


──うっ……す、すごい罪悪感が……。


 捨て犬ならぬ捨てヘビのような目。どうにも自分はこういう状況に弱い。動物がしょんぼりしていると放っておけなくなるのは、もはや性分だろう。いや、ルドラは獣人族であって動物ではないのだが。


「き、嫌いではないよ。でもそれは友人としてであって……」

「大丈夫、大丈夫。友愛から恋愛に発展するのなんてあっという間だから」

「え? いや、それは……」

「ね、だからオレと付き合おうよ」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべている様子は、ヘビと言うよりも尻尾を振る犬のようだ。


 そして犬と言えば、そろそろ隣のオオカミからの視線も痛い。口を挟まないでいるのが不思議なくらいだ。


「あ、あのね……私はクライヴ様とお付き合いしてて……」

「ふーん。それは番いだから?」

「えっ? いや、その……」


 ルドラの言いたいことは「番いだから付き合っているか」ということだろう。もちろんそんなことはない。クライヴ自身を知り、その人柄に惹かれていった。まさかそれをこの公衆の面前で言えというのか。


 気のせいでなければ、レオノーラやリュカが興味津々の顔をしている。ヒグマ姿のダンですら耳がこちらを向いている。


──な、なに、この公開告白しなきゃいけないみたいな雰囲気っ!?


 隣からも期待するような視線が向けられているのがハッキリと分かった。クライヴのことだから、ここでうやむやにすれば後々拗ねそうだ。


──そうだ、恥ずかしいからって誤魔化しちゃダメだ。


 そんなのクライヴにもルドラにも失礼だ。口に出して伝えることの大切さはよく分かっている。


 自分を叱咤激励すると、ティナは真っ直ぐにルドラを見た。


「番いだから付き合ってるんじゃなくて、クライヴ様の事が好きだから付き合ってるの」

「えー、この犬っころのどこがいいの? 犬って嫉妬深くてウザくない?」

「そ、そこも可愛いというか……」


 そう答えた途端、背中にのしりとした重さを感じた。大型犬──ではなく、クライヴが後ろから抱きついてきたのだ。


 表情は見えないが、クライヴの機嫌がいいのが伝わってくる。人前で好きだと口にしたのが嬉しかったらしい。


「見たか。俺とティナは相思相愛なんだ」

「この犬っころマジでムカつくな。ねー、ティナ。オレとも付き合おうよ~」

「『も』って何だ! ダメに決まってんだろっ! ティナは俺だけのものだ!」


 またしてもクライヴとルドラが睨み合う。きっと犬猿の仲とはこういうことを言うのだろう。


「ルドラ、そもそもお城に侵入するのはダメだよ」

「えー、だってティナに会いたいもん」

「お城には王族の人が住んでるんだから、警備の人が困るでしょ。無断侵入はしちゃダメ」


 ルドラは納得がいかないという顔をした。それから、何かを考えるように黙り込んだ後、ポンッと手を叩いた。


「許可があればいいんだ?」

「え? う、うん」


 何かを思いついたようなルドラの様子に、ティナは小さく首を傾げる。


 王城への入城許可というのは、そう簡単におりるものではない。出入りの商人でさえ、事前に入城申請が必要なのだ。


「正規の手順を踏めば誰も文句はないってことだよね。……うん、分かった。今回は出直すよ」


 そう言うなりルドラは、ひらりと地面を蹴った。身軽な身のこなしで樹上へと上がる。


「待てっ!」

「ティナ、また会おうな~」


 そうしてルドラは、木の枝を伝って、あっという間に姿を消した。

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