第7話 美しき指導係も肉食獣

 初出勤早々にしてクライヴからのセクハラの数々。平手打ちをきめたティナは現在、美しき指導係・レオノーラとともに隊舎内を歩いていた。


「子リスちゃんの一番の仕事は備品の管理よ。倉庫にある備品をチェックしてほしいの」


 なぜかレオノーラは、ティナのことを『子リスちゃん』と呼ぶようになった。おどおどおろおろしている様子が、リスのように見えるからだそうだ。なんとも複雑な理由だ。


「分かりました。えぇと、今までの発注頻度が分かるような書類はありますか?」

「ないわよ。いつも在庫が切れたら適当に発注してたから」


 けろっと答えたレオノーラに一瞬目を丸くした。発注記録を残していないと後々困るのではないか。疑問が浮かぶとともにレナードの言葉を思い出す。『雑』……もしかしたら、こういうところを言っていたのか。


 先行きが少々不安になってきたところで、レオノーラが歩みを止めた。


「ここが倉庫よ。届いた荷物はここに突っ込むの」


 突っ込む……言葉の綾だろうか。きっと片付けると言いたかったに違いない。だが、開け放たれた扉の奥を見てその言葉の本当の意味を目の当たりにした。


「うわぁ……」


 はっきり言って室内は乱雑だった。あちこちに箱が散らばり、一部は重ねられたまま未開封のものまである。棚はあるものの、まったく活用されていない。


 これでは何がどこにあるのか分からない。よくこれで今まで管理できていたものだ。これはここを整理整頓するのが最優先事項になりそうだ。気が遠くなりそうだが、頑張るしかない。


「食材は食堂に届くようになっているけど、間違って荷物と一緒に届いたら食堂に届けてやってちょうだい。食堂は今から案内するわね」


 そうして次に案内されたのは食堂であった。一発目から強烈な物を見たせいで変な緊張感があったが、食堂はとても綺麗であった。


 きちんと並べられたイス、使い込まれているが掃除の行き届いた飴色のテーブル。よく見ればオシャレに花も飾られている。「隊」というからもっと広い部屋を想像していたが、5、6人が座れる長いテーブルが二つあるくらいの広さだった。この広さから推察すると、特務隊のメンバーはあまり多くないのかもしれない。


「この食堂を管理してるのも隊員なの。あ、もちろんそいつも獣人族よ」

「その方も任務に出るのですか?」

「必要があればね。一応料理人扱いだから非戦闘員──あ、ちょうどいるじゃない。キャロル~!」


 レオノーラの声掛けにキッチンの奥から一人の青年が顔を覗かせるキャロルと呼ばれた男性は、こちらに気付くと人懐こい笑顔で近付いてきた。


「キミが新しく来た子だね。かーわいい~。僕はキャロル。よろしくね」

「は、はい。ティナと申します。これからよろしくお願いします」


 チャラいというのが彼の第一印象であった。


 おしゃれに跳ねさせた髪は新雪のように真っ白で、瞳はルビーのような赤。おそらくアルビノだろう。女性受けしそうな甘いマスクでパチリとウインクをされるも反応に困ってしまう。


「子リスちゃん、こいつは年中発情期のエロウサギだから気を付けてね」

「えっ……?」


 レオノーラの一言に自然と一歩後退る。クライヴから幾度となくされたセクハラが頭を過ったからだ。


「やだなー。可愛い女の子がいたら口説くのは当たり前だって。恋多きさがなのはウサギの習性だからね」

「習性のせいにするんじゃないわよ。あんたが節操なしなだけでしょ」

「ウサギ獣人はみんなこうだって~」


 あはは、と笑うキャロルにレオノーラがゴミでも見るかのような視線を向ける。


 確かにウサギは周年繁殖動物で季節に問わず繁殖が可能だ。おまけに多産で繁殖力も強い。まさか獣人族がそんな習性まで受け継いでいるとは。


「子リスちゃんに手を出してみなさい。副隊長に喰われるわよ」

「あはは、分かってるよ。僕みたいなか弱い草食動物なんてパクリとやられちゃうからね」

「ひぃっ!」


 ティナの脳裏にオオカミがウサギを喰い殺す場面が浮かぶ。まさか自然界の弱肉強食の理が、獣人族にもそのまま適用されるのだろうか。怖い。怖すぎる。


「あら、子リスちゃん? ぷるぷる震えてどうかしたの?」

「あ、もしかして誤解してない? 僕らは獣人でも食生活は人間と同じだからね。食べられるってのは比喩だから」

「そ、そうなんですね。私はてっきり……」

「まぁ、でも肉食獣を祖に持つ奴は肉が好きとか、つい小動物を見て狩猟本能が疼くとかはあるわよ。いくら獣化してても生肉は食べないけどね」

「僕はウサギだからか野菜とか果物の方が好きだなー」


 なるほど、祖となる動物の習性や特徴はあるが、全てが動物と同じではないと。隊の中で狩りが行われるわけではないと聞きホッと胸をなでおろす。


「えぇと、ウサギはグルメですよね。だからキャロルさんが料理人をしているのですか?」


 この言葉にキャロルの赤い目がキランと光る。


「そう! そうなんだよ! 僕も味にはうるさくてね」

「ウサギは綺麗好きでもありますもんね。食堂がとても綺麗なのも納得です」

「すごい! 子リスちゃん、よく分かってるね! 嬉しいな~」


 なぜかキャロルまで『子リスちゃん』呼びをしてきた。とてつもない笑顔のため口を挟みにくい。


「随分詳しいわね。ウサギでも飼ってたの?」

「あ、いえ。私が育った田舎は野生動物が多く……観察するのが趣味だったんです」


 ティナが生まれ育った田舎は、自然溢れる土地であったため、野生動物が数多く生息していた。そんな動物達のことを詳しく知りたくて図鑑をおねだりしたほどだ。その動物図鑑は今でも大切にしている。


「ふーん、動物好きで生態にも詳しい……ウチにはうってつけの人材って訳か~」

「ねぇねぇ、私は? 私がなんの獣人か分かる?」


 目を輝かせるレオノーラの期待に応えるべく、ティナはレオノーラをじっくりと観察した。


 黄色みの強いオレンジ色のロングヘア。獣化したときは、このような色合いなのだろうか。瞳はレナードやクライヴと同じイエローゴールド。流石にこれだけでは絞りきれない。


「瞳がイエローゴールドなので肉食獣ですか?」

「当たり! 私はサーバルキャットの獣人なの。知ってるかしら?」


 サーバルキャット──小顔で大きな耳にすらりとした四肢が特徴的なネコ科の肉食獣だ。ジャンプ力に優れていて、聴力も良い。別名、草原のスーパーモデルなどとも呼ばれている。


「はい、図鑑で見たことがあります。スレンダーで美しいところがまさにレオノーラさんにぴったりです!」

「やぁん、嬉しい~!」


 感極まったレオノーラが抱きついてくる。ふわりといい匂いがして同性なのにドキドキしてしまう。


「………サーバルキャットって超獰猛で超凶暴だけどね」


 キャロルがなにか呟いただが、ティナには聞こえなかった。レオノーラが「文句ある?」と睨みつけていたので、やはり聴力が優れているようだ。


 その後、捕食者のサーバルキャットに睨まれて青ざめたキャロルを置いて、隊舎内の案内を再開させた。掃除用具がある場所や手紙が届く場所などを案内してもらう。


 あいにくその間に他の隊員や動物を見かけることはなかった。それを少し残念に思いながらも、最後にやってきたのは、屋外の広い場所だ。


「ここは鍛錬場ってとこかしら。人間の隊と違って、私たちは夜行性の者もいるから全体訓練はあまりしないの」

「い、意外と自然な感じなんですね……」


 そこは鍛錬場というより草原のようであった。鍛錬場というと何となく石造りのドーム状のものを想像していたが、あまりの自然さながらな様子に驚きを隠せない。


「私たちは獣人族だからね。自然を活かした方がより力を発揮できるのよ」

「なるほど…!」


 身体能力の高い獣人族ならきっとあんな高い木もすいすい登れるのだろう。そう考えながら、一際大きな木に視線を移した。


「あれ……あの木にいるのって……タカ? あ、大きいからわしでしょうか?」


 ティナが見つけたのは、枝に止まる黒い大きな鳥であった。気のせいか、こちらを見ている気がしないでもない。


「ああ、あれはオオワシよ」

「立派な羽毛……くちばしも凛々しい」


 黒っぽい羽毛に黄色い嘴。翼の前や尾羽が白くなっているのも美しい。猛禽類なだけあり爪も鋭くて立派だ。


「あの子は誰かのパートナーですか?」

「……ふふ、どうかしら。鳥なら自由に出入り出来ちゃうもの」


 このオオワシが獣化した隊員だと気付くのはまだまだ先の事であった。

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