第47話 復帰パーティー

 クライヴと子トラを残し、執務室を後にしたティナは食堂へと向かっていた。


 まだ特務隊で働くようになって一カ月やそこらしか経っていない。それなのに、ほんの数日みんなに会わないだけで、こんなにも寂しくなるとは思いもしなかった。いつの間にか特務隊での日常がなくてはならないものになっていたようだ。


「ねぇ、子リスちゃんはまだなの? ちょっと誰か見てきてよ」

「隊長と話をしてから来るみたいだよ」

「えー、ボクもう待ってらんないんだけどー」

「小娘め、遅すぎではないか」

「あーもう、堪え性ない奴らやね。ちょっとくらい待ってられんの」

「大丈夫……すぐ来る……」


 食堂までは目と鼻の先というところで聞こえてきたのは、ティナを今か今かと待つ隊員達の声。


 つい気恥ずかしさから足が止まってしまった。何と言って入ればいいのだろうか。遅れてすみません? いや、それだと今の会話を聞いていたのがバレてしまう。


 無駄に考え込んでしまい、一旦深呼吸をして心を落ち着かせる。それからそっと食堂を覗き込んだ。


「あ、あの……お、お久しぶりです」


 六人の視線が一斉にティナへと向けられる。一気に注目され緊張がぶり返す。


「子リスちゃーん! 体調は? 怪我は? ああっ! 何この痣っ!!」

「わぷっ! レ、レオノーラさん!」


 突進する勢いで抱きついてきたのはレオノーラだ。


 レオノーラはぎゅうぎゅうに抱きしめながら、無事を確認するように全身くまなくチェックしてきた。その課程でまだ手首にうっすら残る縛られた痕が見つかってしまった。サーバルキャットの検問……いや、チェックは油断ならない。


「ああもうっ! やっぱりあいつらミンチになるまで引き千切ってやればよかったわ!」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん! 頭の怪我は大丈夫?」

「女の子になんてことを……まだ痛む?」

「小娘、全癒ぜんゆしていないのならさっさと座れ」

「……無事で良かった……」


 レオノーラがティナのために怒り、リュカとキャロルが怪我の心配をし、ルークはティナの体を気遣う。ダンも無表情ながらもティナの無事を喜んでくれた。


「あの、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。また今日からよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる。少ししてから顔を上げると、みんな優しい表情をしていた。ティナには辛口のルークでさえ、うっすら笑みを浮かべている。


「迷惑だなんて思ってないわよ」

「そうそう。ボク、お姉ちゃん大好きだもん」

「ほらほら、座って座って。僕が腕によりをかけて作った料理が冷めちゃう」

「いっぱい食べるがいい。お前は小さすぎるからな」

「……全部食べて……早く怪我治す……」


 レオノーラに引っ張られるようにして席へと着く。左にリュカ、右にはレオノーラが腰を下ろす。キャロルが「ずるいっ!」と文句を言っていたが、レオノーラに睨まれてすごすごと引き下がっていた。


 そこでティナは目の前に初めて見る青年がいる事に気付いた。青年はティナと目が合うなりニコリと微笑む。


「賑やかでごめんなぁ。みんな番いちゃんを心配しとったんよ」


 茶褐色の髪に所々混じる黒髪、オレンジ色の瞳。そして人当たりの良さを感じさせる口調――思い当たるのは一人しかいない。


「……テオさん?」

「えっ? 何で疑問形なん?」

「いえ、人化じんかしてる姿は初めて見たので」


 思わずまじまじとテオを見つめてしまった。特務隊で唯一人化した姿を見た事がないのはテオだけだったのだ。


 獣人族なだけありやはり美形だ。残念なのはぼさぼさの寝癖だろうか。いや、もしかしたら寝癖ではなく羽角うかくなのかもしれない。


「そういえば私もテオが人化してるの久々に見たわね」

「確かに。ボクも久しぶりに見たかもー」

「テオはほとんどフクロウの姿で生活してるもんね」

「だーかーら! フクロウちゃうー!」


 フクロウと言ったキャロルに対してテオがカッと目を見開く。


 テオはフクロウではなくトラフズクの獣人なのだ。呼びにくいからということでフクロウと呼ばれるが、一括りにされるのをとても嫌がる。みんなそれを分かっていていじっているのだから、もはやネタとして扱われてる気がしないでもない。


 ギャーギャー言い合うテオとキャロルを無視して話しかけてきたのは、オオワシ獣人のルークだ。こちらは几帳面なくらい制服をきっちり着こなしている。 


「小娘。隊長と副隊長、あとあのトラはどうしたのだ?」

「あっ、お話しがあるそうでまだ執務室です。先に始めてて構わないと仰ってました」

「何っ!? お二人を置いて先に始められる訳が──」

「じゃ、先に始めちゃおっかー」

「……お腹空いた……」

「子リスちゃん、グラス持って。ほら早く早く」

「ジュースだけど甘さ控え目で美味しいよ~」


 あれよあれよという間にグラスを持たされジュースを注がれる。話を遮られたルークが文句を言っているが誰も聞いちゃいない。


「じゃ、子リスちゃんの復帰を祝ってカンパーイ!」


 レオノーラの乾杯の音頭を皮切りに、皆がグラスを高く掲げる。ティナもそれに倣ってグラスを掲げた。


「乾杯~」

「いぇーい!」

「……乾杯……」

「か、乾杯」

「かーんぱーい!」

「乾杯」


 カチンとグラスの当たる小気味よい音が響く。各々が乾杯を唱和するとグラスへと口を付けた。ティナは一口だけ口に含んで喉を潤した。


 一気飲みする者、味わうようにゆっくり飲む者。見ていると個性があって非常に面白い。


 テーブルには、いつもより豪勢な料理が山のように並ぶ。チキンの丸焼き、ローストビーフ、彩りの良いサラダ、キッシュにパイ……キャロルが腕を振るってくれたのがよく分かる。


「はい、お姉ちゃん。いっぱい食べてね」


 手際よく料理を取り皿に取ってくれたのはリュカだ。年下なのによく出来た気配りである。


 お礼を言って受け取ると早速サラダを口に運んだ。


「美味しい! 柑橘のドレッシングがさっぱりしててすごく美味しいです」


 少し酸味のある柑橘のドレッシングが、瑞々しい葉物とよく合う。トマトも甘みが強くてフルーティーだ。


「ふふーん、僕のお手製だからね。サラダだろうと手は抜かないよ」

「私は野菜より肉の方がいいわ」

「ボクもー」

「……肉……旨い…」


 レオノーラ、リュカ、ダンの肉派三人組は、サラダへ見向きもせず肉へと手を伸ばす。


「あーもうっ! お前らは肉だけじゃなく野菜とか魚も食べなよね」

「……野菜も魚も……旨い」

「ダンはそれでよし! レオノーラとリュカ! お前らはもっと野菜を食べなさい」

「いや」

「やだ」


 秒速で拒否をしたレオノーラとリュカにキャロルの口が引きつる。料理人のキャロルからすれば、栄養面も気にしてほしいのだろう。


「エロウサギ、うるさいわよ」

「狩るぞ、チャラウサギ」

「こわっ! 捕食者の目で睨むんじゃない!」


 レオノーラとリュカの視線が恐ろしかったのか、キャロルが二の腕をさすりながら騒いでいる。


 ここ数日はクライヴと二人のだけの食事だったので、賑やかな食卓にティナの頬も自然とゆるんでいく。


「うんうん。やっぱり番いちゃんがおると雰囲気がちゃうねぇ」

「凶暴女と腹黒狐が大人しくていい。むっ、そういえば痴女はどうした?」

「フィズ……トラの健診……」

「「 ………… 」」


 ダンの答えを聞いたテオとルークが黙り込んでしまった。子トラちゃんがが来たら皆に紹介しようと思っていたが、すでに知っているようだ。


「フィズさんのおかげで子トラちゃんはすっかり元気になりましたよ」

「……番いちゃんは純粋やねぇ」

「あの痴女は変人で猟奇的だ」

「え、えーと……」


 フィズに対する偏見が凄まじい。ちらりと他を見ると全員に目を背けられた。美人医師はいったい何をしでかしたのだろうか。


「それにしても、よく副隊長が家から出してくれたわね」

「確かに。一ヶ月は子リスちゃんを離さないと思ったよ」

「…………えっ?」


 新たに出てきた話題にティナは目を瞬かせた。何の事かさっぱり分からない。


「副隊長は番いちゃんが心配で外にも出したくなかったんよ。無期限の休暇を取ってたくらいやもん。まっ、自分の番いがあんな目にあったから傍を離れたくなかったんやろうね」


 確かに思い当たる節は多々ある。療養中、クライヴはティナから片時も離れようとしなかった。半日膝抱っこで過ごしたこともあるほどだ。


「ボク達もお見舞いに行こうとしたんだよ。それなのに副隊長が来るなって言うんだもん」

「仕方あるまい。獣人族なら大体がそうだろう」

「僕らは独占欲強くて過保護で番いにはベタ甘だからね~」


 そこまで話した後、全員が好奇心に目を輝かせた。効果音があったのならニヤリという表現がピッタリであった。


「で、何か進展あった?」

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