第48話 まだまだ続くパーティー
答えに困る質問をされた直後、レナード達が食堂へやってきた。質問がうやむやになってティナは心底ホッとした。
――だが、それとは別に気になる事ができてしまった。
なぜか子トラがクライヴの腕の中で丸くなっているのだ。よく見ればぷるぷると震えている。いったい何があったのだろうか。
「あの、何かあったのですか?」
とりあえずクライヴから子トラを受け取る。ティナに抱っこされた途端、子トラはまん丸お目々を潤ませて何かを訴え始めた。
「ガゥ! グゥ……ガーゥ! ギャウー!」
「えーっと……」
ガウガウ何かを必死に訴えてくるが全くもって理解出来ない。もしかすると置いていった事に対して抗議をしているのだろうか。だが、気のせいでなければ一緒に来たフィズの方を見ている気がする。
「あー……さっきフィズに診察されたんだ」
「んもぅ、大袈裟ねぇ。診察くらいでギャンギャン鳴いてるんじゃないわよぉ」
フィズの発言は、とても幼児に言うような言葉ではない。この場の全員が憐れむように子トラ見やる。
微妙な空気を察して口を開いたのはレナードだ。
「もうすっかり元気のようです。これなら診察も終わりで大丈夫でしょう」
「残念だわぁ。トラは珍しいから色々とサンプルが欲しかったのに。そういえば……トラは良薬になるらしいのよねぇ。ちょっと血をくれないかしらぁ」
「ギャイン!」
「フィズ、子供をいじめるんじゃありません」
「やだぁ、冗談よぉ」
フィズのひととなりを知っている面々はドン引きしていた。あれは絶対冗談じゃない。憐れな子トラはすっかり怯えていた。
「とりあえず、この子は特務隊で保護することになりました。まだ話すことも人化も出来ませんので、いじめたりしないように」
怯えた子トラに代わり、レナードが子トラの紹介をしてくれる。ティナも子トラを抱き上げて皆に紹介しようとしたが、爪を立てて嫌がられてしまった。
というか、いつの間にかクライヴがリュカを押し退けて隣に座っていた。当たり前のようにティナの隣へ来るから誰もツッコまないが、リュカが不満そうな顔をしていた。
「それと、ティナ嬢は今日から寮で生活する事になりました。くれぐれも奇行を晒さないように各々注意して下さいね」
「えっ、お姉ちゃんここで暮らすの?」
「やった、超大歓迎~!」
ティナの引っ越しが伝えられるとリュカとキャロルが嬉しそうな声を上げる。嫌そうにする者がいなかったので、ティナは秘かに安堵した。
「あれ、そうすると副隊長はどうするん? 今まで通り家から通うん?」
「いや。俺も今日からここに住む」
当然のように言い切ったクライヴに、テオ以外も「やっぱり」という顔になった。獣人族からすれば『番いの傍にいる』ことは当たり前らしい。
「子リスちゃん、また女子会しましょうよ」
「あらぁ、それはいいわね。今度はそこのトラも入れて四人で女子会しましょう」
フィズのねっとりとした視線を受け、子トラがビクリと反応する。それでも果敢ににらみ返すあたりは小さくても流石肉食獣の猛獣だ。
「む? 女子会という事は、そのトラはメスなのか?」
そう、子トラの性別は女の子だ。
きっとこの子も人化したらすごく可愛いのだろう。もちろん獣化した今の姿も大変愛らしいが。
「ボクより年下が入るなんて嬉しいなー。後輩が出来たみたーい」
「後輩っていっても、この子はまだ幼児よぉ。推定だけど3歳前後だと思うわぁ」
「……小さい……」
「へぇ、トラもこんなに小さいと案外可愛いわね」
子トラが受け入れられるか少し不安だったが、どうやら皆に可愛がられそうで安心した。
当の子トラはというと、注目を浴びていることすら気付いていない。ティナの膝の上で落ち着きを取り戻し、今はお肉を食べるのに夢中になっていた。先程までフィズに怯えていたのに変わり身が早いことだ。
「ムグッ……ガフッ! ケフッ!」
「急いで食べるからだぞ。誰も取らないから落ち着いて食べろ」
「大丈夫? お水も飲もうね」
キャロル特製チキンの丸焼きをお気に召したらしく、がっついていた子トラが激しく咽せ込んだ。それを見たクライヴが一旦チキンを遠ざけ、ティナが皿に水を注ぐ。
水をがぶ飲みした子トラだったが、今度は水が鼻に入ってまた咽せていた。クライヴがびしょ濡れになった口元を拭いてやると、「はふ~」とひと息ついていた。
この光景はウォルフォード邸の療養生活でもよくある事だった。この数日間で二人とも子トラの世話はすっかり手慣れていた。子トラは大変食欲旺盛なのだ。
だが、この光景を始めて目にした隊員達は、意外なものを見たという表情になった。
「なんかさ~、二人ともいい感じじゃない。子育て中の新婚さんみたい」
「いつの間にそんなに親密になったのかしら~」
「は、はいっ!?」
予想外の事を言われたティナは、素っ頓狂な声をあげた。
変な事を言い出したキャロルとレオノーラだけでなく、フィズやリュカもニヤニヤニマニマしている。
「あ、あの……べ、別にそういう訳じゃ……」
何てことだ。先程うやむやになった質問がブーメランとなって戻ってきてしまった。しかも威力は倍増している。
「ティナと子育てか……悪くない。なぁ?」
「ど、同意を求めてこないで下さい!」
「俺は子供にも妻にも優しい夫になる自信があるぞ」
「子トラちゃんの前で変なこと言わないで下さいっ!」
悪ノリしたのか、クライヴが爽やかな笑顔で身を乗り出してくる。端整な顔立ちが至近距離に迫るものだから心臓に悪い。
「ティナ、俺達の子が生まれた時の予行練習だ。二人でこいつを育てよう」
「なっ……!」
威力絶大の口説き文句にティナは言葉を失った。当然のように「俺達の子」と言ったが、そういう関係になった覚えはない。良くてまだ友人という間柄のはずだ。
「ひゅー副隊長やっるー!」
「お姉ちゃん、真っ赤~」
周りからのヤジでハッとする。動揺して忘れていたが、ここは食堂だ。もれなく全員の注目を浴びている。いや、子トラだけは食事を堪能しているので聞いていない。
「~~っ!!」
言い知れぬ羞恥心にかられたティナは口をわなわな震わせた。顔だけでなく耳まで真っ赤になる。
そんなティナを見たクライヴが益々甘い笑みを浮かべた。
「ティナ、そんな可愛い顔は二人きりの時にしてくれ。他の奴らに見せたくない」
「だ、誰のせいですかっ!」
「怒ったティナも可愛いな。俺の妻が最高に可愛い」
「妻になった覚えはありませんっ!」
誘拐事件があってすっかり忘れていたが、ティナはクライヴの番い──つまり、伴侶として望まれているのだ。
──そりゃちょっと……ほんのちょっと、こんな旦那様だったら素敵だなとか思ったけど。
ティナのピンチに颯爽と駆けつけ、献身的に世話をしてくれ、子供にも優しい姿を見せつけられれば誰だってそう思うだろう。普段はキリッと格好良いのに、ティナの前では優しい笑顔を浮かべるギャップにも心が揺さぶられてしまう。
「……残念、まだダメか。早くティナを俺のモノにしたいんだがな」
「ひっ!」
甘い笑みから打って変わり、ニヤリとした笑みを浮かべたクライヴに、ティナは子トラを抱きしめて身を震わせた。子トラの食べ残しが膝の上に落ちるがそれどころではない。
「うっわー、エロい発言」
「やだぁ、副隊長ってば……ひ・わ・い」
「うーん、もっと押せば落ちそうじゃない?」
「子リスちゃんってば、押しに弱そうよね」
ティナの復帰パーティーは、こうして遅くまで続けられたのであった。
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