第105話 初デートは獣人族御用達の店
昼食後、ティナとクライヴは城下町へと来ていたを訪れていた。無論、付き合って初めてとなるデートをするためだ。
「よし、あいつらは付いて来てないな」
スンと鼻を鳴らしたクライヴが満足げに呟く。どうやら匂いで確認したらしい。ティナもこっそり真似をしてみるが、屋台から流れてくる良い匂いしかしなかった。
なぜクライヴがここまで周囲を気にするのかといえば、それにはちゃんとした理由があった。というのも、隊舎を出るまでにひと悶着あったからだ。
『いいなぁ、ボクもお姉ちゃんと出かけたーい』
『エイダもいくー!』
『面白そうだし、私も行こうかしら』
『いっそ皆で二人の初デートを見守りに行こっか』
と、こんな感じでほぼ全員が付いてこようとしたのだ。どう見ても買い物という雰囲気ではなく、覗き見というテイである。普段は悪乗りしないダンとルークまでもが乗り気になっているから驚きだ。
このままではデートどころではない。そう思った時、救世主が降臨した。
『あなた達は全員留守番です。勝手に出て行ったら……どうなるか分かりますね?』
ニッコリと笑うレナードを見て、一気に場が静まり返った。笑顔だけで全員を黙らせるとは、さすがは隊長である。
「皆にお土産を買っていかないとですね」
「そうだな。全員もれなくふて腐れてそうだ」
「ふふ、何にしようかなぁ。エイダちゃんにはおもちゃがいいでしょうか」
「土産もいいが、せっかく二人きりなんだ。恋人らしく過ごそう」
するりと指を絡ませられる。驚いて顔を上げれば、眩いばかりの笑みを向けられた。
──はぅっ! か、かっこいい……。
恋人らしい甘い雰囲気と、凛々しく整った顔立ちにクラリとする。大きくて少し体温の高いクライヴの手。少しごつごつするのは剣を握っているからだろうか。
しっかりと絡まった指に、鼓動がものすごく早くなる。クライヴにバレないようこっそり深呼吸をしていると、クライヴが不安そうにのぞき込んできた。
「もしかして嫌だったか?」
「あっ……い、いえ……」
凛々しいイエローゴールドの瞳が不安げに揺れる。その姿にしゅんとした犬の姿が重なって見え、またしても胸が高鳴った。
確かに以前だったら断っていた。だが、今は恋人同士なのだから、このくらい嫌なわけがない。むしろ──。
「あ、あの……私もこうしてたいです」
勇気を出してそっと手を握り返す。すると、指先から僅かにクライヴが驚いたような気配を感じた。
「なんだなんだ、お熱いね~。お二人さん、初々しいデートの記念に買っていかねぇか?」
「っ!」
威勢のいい声で話しかけられ思わずビクリと体が反応する。どうやら屋台の店主に一部始終を見られていたらしい。
「店の前で邪魔してしまったな。恋人が可愛くてつい、な」
「兄ちゃん惚気るね~。どうだ? 彼女さんと二人で食べれば仲も深まるってもんよ」
「よし、一つもらおう。ティナ、どれがいい?」
「えっ。あ、じゃあ……イチゴがいいです」
クライヴと店主の視線を受け、急いでメニュー表から選ぶ。気さくな店主が腕まくりをしながら「すぐ出来るからな」と返事をした。
熱せられた鉄板に水と卵で溶いた小麦粉を垂らし伸ばしていく。薄く伸ばした生地は、すぐに香ばしい匂いをあげ始めた。キレイな焼き色がついたら生地を鉄板から上げる。そこにたくさんのイチゴと生クリームを並べていった。チョコレートソースをかけて、くるくると巻いたら出来上がりだ。
「はいよ。お二人さんの未来に幸多からんことを」
店主の何気ない言葉にクレープを取り落としそうになった。
今の言葉は普通、結婚した人への祝いの言葉だ。動揺を隠せないティナとは対照的に、クライヴは余裕の表情で会計を済ましていた。
その後、公園へと移動し、日陰のベンチへと腰を下ろす。クライヴは甘いものはそこまで好きではないと言うので、そのまま一口頬張った。
「美味しい!」
甘さ控えめの生クリームとイチゴの相性が抜群に良い。これは食べ始めたら止まらなくなる。
夢中になって頬張っていると、なにやら隣から熱い視線を感じた。
「あ、すみません。美味しくてつい。クライヴ様も食べてみませんか?」
「催促したわけではないんだが……まぁ、せっかくだし一口もらうか」
「はい、どうぞ……って」
ちゃんと口をつけていないところを差し出したのに、クライヴはわざわざティナがかじったところを口にした。
「うん、甘さ控えで食べやすいな」
「そ、そうですね……」
「どうした。顔が赤いぞ」
口についた生クリームをぺろりと舐めるクライヴは、実に意地の悪い顔をしていた。ティナが恥ずかしがると分かっていて、わざとやったに違いない。
「うぐぅ……クライヴ様にはもうあげませんから」
「俺は美味しそうに食べるティナを見ているだけでも十分だ」
結局、ニコニコしたクライヴに終始観察される羽目になった。クライヴが愛おしそうな目をしてくるものだから、途中から味など分からなくなった。
「さて、次はどこへ行こうか?」
「それなら、獣人族御用達の店に行ってみたいです。どんなところか気になっていたんです」
「あそこか……」
クライヴの眉間に少しだけしわが寄る。もしかすると気が進まないのだろうか。気遣わしげな視線に気付いたクライヴが慌てたように笑みを浮かべる。
「嫌なわけじゃないぞ。まぁ、ちょっと店主が……」
言葉を濁しながらも連れて来られたのは、路地裏にある小さな店だった。路地裏といってもそこそこ人通りがある。これならティナ一人でも来られるだろう。見た目には雑貨屋のような店構えで雰囲気も悪くない。
クライヴが扉を開けると、チリンチリンと来客を告げるベルが鳴り響いた。
「いらっしゃ……ああ、なんじゃ。オオカミの倅か」
しわがれた優しい声が出迎えてくれる。声の主は、店の奥のロッキングチェアに座る老人だった。白い髪と白いひげが特徴的だ。
「チャド爺さん、邪魔するぞ」
「ほぅ? ……ほぅほぅ、お前さんにもついに嫁さんが出来たのか。これはめでたいのぅ。ついこの前まで、店の中を駆け回っておった子オオカミがのぅ」
「そんな昔の話しはやめてくれ。それよりも店を見たいんだが」
「ええよ、ええよ。また迷子になってクンクン鳴かんようにのぅ」
気まずそうにするクライヴを見て、察してしまった。子供の頃を知っている顔なじみだからこそ、ここへ来るのをためらったのではないか。クライヴには悪いが、広くはない店内で迷子になる子オオカミなんて可愛すぎる。ぜひとも見たかった。
「そういえば、この前もクロヒョウの倅が子を連れてきよったで。あやつももう父か……時間が経つのは早いのぅ」
「それって、元気が有り余ってる金髪の女児のことか?」
「そうじゃ、そうじゃ。元気で可愛い子じゃったぞ」
「爺さん、それは隊長の子供じゃない。ウチの隊で保護しているトラ獣人だ」
「はて? クロヒョウからトラは生まれんじゃろうに」
老人は皺だらけの手でゆっくりとひげを撫でた。何かを考えるようにしていたが、首を傾げたあとティナへと視線を向けた。
「おお、すまんのぅ。挨拶がまだじゃった。儂はチャドというんじゃ。よろしくのぅ」
「初めまして。ティナと申します」
「おお、おお。可愛らしいお嬢さんじゃて。ゆっくりしておいき」
そう言うとチャドは背もたれにもたれかかり、目をつむってしまった。
もしや寝てしまったのだろうか。どうしたらいいか分からず、隣のクライヴへと視線を向ける。
「どうやら日光浴中だったようだな。チャド爺さんはカメの獣人なんだ」
「カメ?」
「俺が知る限りでは、かなりのご長寿でな。本人が正確に年を把握してないが……最低でも120歳は越えているらしいぞ。ウチの高祖父の子供の頃まで知っているしな」
「ひゃ、ひゃく……」
驚きで言葉が出ない。獣人族は祖となる動物と寿命が同じという訳ではない。だが、カメ獣人と言われると何となく納得してしまう。
そんなチャドは天窓から差し込む光を浴びるかのように座っていた。今日は天気が良いから、あそこなら日光浴にもってこいだろう。
それから二人は店内を見て回った。獣人族御用達というだけあり、様々な種族に対応する品が売られていた。ブラシや爪切り、子供用の迷子札まであるという充実した品ぞろえだ。つい夢中になってあれこれ見て回る。
「……買いすぎですかね?」
「俺が買うから大丈夫だ」
「えっ、いえ、自分で買います!」
止める間もなくクライヴは選んだ品をチャドの前にあるテーブルに並べた。
「チャド爺さん、会計を頼む」
「……むぅ? ……おお、オオカミの倅か。久しぶりじゃのぅ」
「おい、ボケてるのか? それともわざとか?」
「なんじゃ、ジョークが通じないのぅ。どれ、よっこらせ」
のんびりとした動作で立ち上がったチャドは、これまたのんびりとした動作で計算を始めた。ティナが払おうとしたが、クライヴがさっさと支払ってしまう。お金を返そうとしても、笑顔で断られた。
「獣人族は番いに尽くすからな。ティナのためなら店ごと買うさ」
冗談なのか本気なのか分からない。とりあえず、ニマニマしながら見てくるチャドの視線がいたたまれない。
「うむうむ、お熱いのぅ」
年の功でも楽しいことは大好きらしい。この日、ティナはいく先々でこのセリフを聞くこととなった。
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