第106話 恋バナ
「ティナ。こっちよ」
ティナを見つけたプリシラが喜色満面といった様子で手を振る。
ここはエルトーラ城の庭園。プリシラと会うのは演習会以来となるため、大分久しぶりであった。
「プリシラ様、ご無沙汰しています」
「本当よ。『しばらく留守にします』だなんて手紙を寄越して。まったく勝手すぎるわ」
ツンとした物言いだが、これは彼女なりに寂しかったという意味だ。素直に謝ると「次からは気をつけてよね」という言葉が返ってきた。このツンデレ具合が大変可愛らしい。
ついつい口元が緩んでいると、プリシラがティナの後ろにいる人物に気が付いた。
「あら、その子は?」
「この子はエイダちゃんです。演習会の後に人化できるようになったんですよ。エイダちゃん、プリシラ様にご挨拶しようか?」
「…………こんにちは」
ちょっとだけ顔を覗かせたエイダは、挨拶するなりすぐにティナの後ろに隠れてしまった。
エイダは未だに人を怖がっている。ティナやアルヴィンなど、よく顔を合わせる人には慣れてきたが、そうではない人だと借りてきた猫のようになる。街へ買い物へ行くのは「食べる」という欲求が勝っているので大丈夫なようだが、よほどの理由がない限り特務隊の敷地内から出ようとはしないのだ。
そんなエイダが今回は自分から行くと言い出した。どういう風の吹きまわしかと思えば、最近留守番続きだったせいで置いて行かれるのが嫌だったらしい。
エイダの今後のためを思えば人に慣れておく必要がある。そう考えて連れてきたのだ。ちなみに、娘大好きなジスランが心配をして付いてこようとしたが、さすがに遠慮してもらった。成獣のトラなど連れてきたらプリシラが卒倒してしまう。
そんなことを思っていると、目の前のプリシラが口を押えてぷるぷる震えていた。
「プリシラ様?」
「かっ……」
「か?」
「可愛い! なんて可愛いの! サラサラの金髪にくりくりの大きな瞳! ほっぺももちもち……!」
どうやらエイダの可愛さにやられたらしい。
その気持ちはよく分かる。子トラ姿もぬいぐるみのように愛らしかったが、人化したエイダも抜群に可愛いのだ。将来は美少女に成長すること間違いなしである。
だが当のエイダは、興奮するプリシラが怖いらしい。後退りしてしまっている。とりあえずプリシラにはエイダが人慣れしていないことを伝え、一旦落ち着いてもらった。
双方落ち着いたところで手近なガゼボへと移動する。
「あれ? 今日はアニーさんはいないんですね?」
アニーとはプリシラ付きのメイドだ。ちょっと毒舌だが、プリシラとは気が合っているように見えた。
「アニーは今日は休みにさせたの。最近忙しくさせてしまったから」
「では、今日はお一人ですか?」
「一応護衛ならいるわよ」
ほら、とプリシラが少し離れた場所を指し示す。そこには男性使用人らしき人が佇んでいた。こちらの視線に気づくと、軽く黙礼してくれる。
「女同士の場だから離れてもらったの。その……報告したいこともあったし……」
「もしや、トリスタン様と何かありましたか?」
「なっ…!? な、な、ななんで分かったの?」
プリシラの顔が一気に赤く染まっていく。非常に分かりやすい反応だ。
トリスタンとはプリシラの幼なじみで、警備隊に勤める青年だ。何でも彼はプリシラのことが好きらしい。ティナの目から見ても、プリシラを見るトリスタンの目はとても優しかった。
「当たりですね。告白でもされたんですか?」
プリシラの顔がさらに赤く色づいていく。もはや湯気が出るのではないかと言うくらい真っ赤だ。
パクパク口を動かし何か言おうとするプリシラを微笑ましい気持ちで見守ることしばし。小さく深呼吸をしたプリシラが口を開いた。
「そ、その……トリスと……こ、こ、婚約が決まったの」
「わぁ! おめでとうございます!」
「べ、別に……トリスが私じゃなきゃダメだって言うから」
「え? プリシラ様はトリスタン様との婚約は嫌なのですか?」
「ち、違うわっ! 私だってトリスを──!」
勢い込んで何かを言おうとしたプリシラだったが、ハッと我に返り慌てて手で口を押さえた。どう見ても好きと言おうとしたのはバレバレだ。
こちらとしては、ついついニマニマした顔になってしまう。人の恋バナとはこうも楽しいものなのか。
「幸せそうで何よりです。改めて、おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
「婚約ということは結婚はまだなのですか?」
「ええ、トリスは次男だからウチに婿に来る形になるの。しばらくはウチの仕事を覚えるんですって」
なるほどと頷く。プリシラの家は伯爵家だ。その家に婿に入るということは、いずれトリスタンが当主になるということだ。領地経営やら何やら覚えることが山ほどあるに違いない。
「もしかしてアニーさんが忙しかったのって…」
「婚約の準備で忙しくさせてしまったの。なぜか我が家の使用人達が異様に張りきっていて……」
「そ、そうなんですね」
何となくその様子が目に浮かぶ。おそらく使用人達は、トリスタンの秘やかな恋心に気付いていたのだろう。それが実って一同喜んでいる、と。あくまで予想ではあるが、多分当たっている。
うんうんと無意識に頷いていると、プリシラが探るような視線を向けてきた。
「な、何ですか?」
「私のことは話したわよ。ティナの方こそどうなの?」
「へ?」
「もうっ! クライヴ様のことよ。ティナはクライヴ様の番いなのでしょう? 結婚はまだなの?」
「うっ」と言葉を詰まらせる。人の恋バナは楽しいが、矛先が自分に向かうと一気に気まずい。
それに期待に満ちた目で見つめられても、正直結婚についてはまだ何も考えていない。そもそもようやく付き合い始めたという段階だ。
「えーと……結婚というか、最近お付き合いを始めました」
「……えっ?」
プリシラが明らかにポカンとした顔になる。
「待って。そもそも付き合っていなかったの? クライヴ様は、あんなにティナにベタ惚れなのに?」
「いえ、その……まぁ、色々ありまして」
「気になる言い方ね」
ジッと見てくるが、無理に聞き出そうとしないあたり、プリシラの優しさを感じる。
付き合うまで時間がかかったのは、ティナが思い悩んでいただけなのだが、それを口にするのはちょっと恥ずかしい。出来ればこのまま胸に秘めておきたい。
「獣人族の番いになったのならすぐ結婚するものだと思ってたわ。ほら、獣人族って情熱的っていうじゃない」
同意を求められるがそこは笑ってごまかしておく。
確かに獣人族は情熱的だ。一途というか愛情深いというか……とにかく番いにはとことん甘い。クライヴも隙あらば愛を囁いてくる。付き合ってからは、やたらと距離も近い。すりすりと頬ずりしてきたりすもするが、それはクライヴがオオカミ獣人だからかもしれない。
『それ、イヌ科のマーキングだよ』
キャロルの一言が頭に浮かぶ。
スキンシップが多いのはティナが自分のものだとマーキングしているとかなんとか。独占欲も半端ないらしい。
うっかり思い出して叫びたくなっていると、隣でお菓子を頬張っていたエイダがまさかの言葉を発した。
「クライヴねー、ティナおねえちゃんとちゅーしたいっていってたー」
「まぁ!」
「エ、エイダちゃんっ!?」
幼子の爆弾発言にティナは激しく動揺した。口の周りに食べかすをつけたままのエイダは止まらない。
「ティナおねえちゃんがすきだからちゅーしたいんだって。エイダもティナおねえちゃんすきだからちゅーしてるの」
エイダが「ほら」と言いながらティナの頬にキスしてくる。なんかザラザラするのは食べかすだろうか。
実は最近クライヴもよくこうして頬にキスをしてくる。そのせいでエイダもキス魔になりつつあるのだ。今のところはティナにだけだが、エイダの将来が少し心配だ。
「それで? クライヴ様もティナにこうしているの?」
「うん。クライヴ、いっつもティナおねえちゃんにちゅーしてる」
「まぁ、情熱的ね! ちなみにそれは頬に? それとも口──」
「プリシラ様っ!」
ワクワクと目を輝かせたプリシラを慌てて制止する。すると、少し不満そうな表情をされた。
「もう、何よ。恋バナくらいいいじゃない」
「それならプリシラ様とトリスタン様の話しを──」
「私はティナの話しが聞きたいのよ」
きっぱり言い切るとプリシラはエイダへと視線を向けた。
「それで? 続きを教えて」
「んっとねー、ほっぺにしてるよ。くちにちゅーするのはまだようすみなんだって」
──ちょっとー! クライヴ様、子供になんてことを言ってるのよぉぉーー!!
この後、クライヴがティナから厳重注意を受けたのは言うまでもない。
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