第134話 そういえば、犬って結構ポジティブですよね
「なるほど。魔道具が完成したからあんなに騒いでいたのか」
席へと座ったクライヴが先程の騒ぎの原因を聞き、納得したように呟く。その手はテーブルの上に置いたままとなっていた小さな袋へと伸びる。
「すごいんだよ! もうこれ大発明だよ!」
「そうよ! これ、量産して売ったら獣人族みんなが喜ぶわよ!」
未だ興奮冷めやらぬリュカとレオノーラに、キャロルが厳しい目を向けた。
ウサギを祖に持つキャロルは超がつくほどのきれい好きだ。自分の管轄である食堂で毛が舞うのが心底嫌なのだろう。
クライヴはリュカとレオノーラを一瞥して注意を促したあと、袋の中身を確認した。中には腕輪やらピアスやら、各々の希望に合わせて発注した魔道具が無造作に入れられていた。
「俺のはこれか。まだ受け取っていないのは誰だ?」
「えっと~、隊長とフィズとルドラとジスランかな」
「フィズはしばらく来ないだろうから、アルヴィンに頼んでおくか。あとは――」
「ジスには私が渡しておこう」
「そうか、なら任せた」
クライヴが袋から腕輪型の魔道具を取り出す。随分サイズの大きな腕輪だ。
早くもおかわりを胃に収めたアグネスは、食器を片付けるとクライヴから魔道具を受け取った。そしてそのまま、のそりとのそりと巨体を揺らして食堂を出て行った。
気のせいだろうか、自分の魔道具も身に付けずに咥えていた。
「あいつらがアレを使うのか疑問なところだな」
クライヴの皮肉を込めた言葉に、その場の全員が静かに首を縦に振った。
それもそのはず、ジスランとアグネスが人化した姿は未だに誰も見たことがない。もはや彼らは獣人族ではなく、ただの喋るトラだと思われていたりする。聞くところによれば、入隊のサインも署名ではなく大きな肉球ハンコだったらしい。
「トラ共はいいとして……お前らは常に身につけておけよ。あと、動作確認は自分の部屋でするように」
「ティナの前で変化するな」。そう圧力が込められた上官からの指示に、各自返事を返す。
昨夜の夕飯を食べそこねていたエイダも、厚切りベーコンをもちゃもちゃと咀嚼しながら「ふぁ~い」という気の抜けた返事をしていた。多分みんなが返事をしたので、自分も返事をしただけだ。
隊員達が大人しくなったのを見届けたクライヴは、ようやくパンを手にした。焼きたての香ばしい匂いのするパンを一口大に千切ると、さも当たり前のようにティナの口元へと運ぶ。
「……あ、あの……自分で食べられるんですが」
「ん? パンは嫌か?」
「いえ、あの……」
ティナは戸惑いを隠せずに視線を彷徨わせた。
なにせティナは今、クライヴの膝の上に座らせられている。ちょこんと横抱きにされたせいで、顔が近すぎて目のやりどころに非常に困る。
「子リスちゃん、諦めた方がいいよ。テオを肩に乗せたし、魔道具を使ったとしてもリュカ達の変化を見たでしょ。副隊長、絶対離してくれないと思う」
キャロルの懇切丁寧な説明に「まさか」という思いでクライヴを見る。すると、クライヴは凛々しい顔でニヤリと口の端を上げた。
「そういうことだ。大人しく俺のそばにいるんだな」
そんなのどちらも不可抗力だ。そう反論しようとしたが、むぎゅっとパンを押しつけられた。ここまでされると食べるしかない。渋々ながら咀嚼する。
「いいこだ。次はこれだ」
「あ、あの……本当に自分で食べられますので……」
そう訴えるも、今度は小さく切ったベーコンを口に押し込まれる。しっかりティナの口に合わせたサイズに切られているのが、実に憎い心遣いだ。もぐもぐと咀嚼すると、肉の旨味とジューシーな脂が口の中で溶けていく。
──お、美味しいけど……そんなに見つめられると食べにくい……。
クライヴはやけに機嫌がいい。目尻を下げ、口元を綻ばせ、愛おしむようにティナの一挙手一投足を見守っている。てっきり、昨夜の失言のことで落ち込ませたかと思っていたが、その様子は微塵も感じられない。
気まずい思いをしながらもごくりと飲み込むと、それを見計らったかのように、また口に食べ物を押し込まれた。この酸味と甘みはミニトマトだ。ハニーマスタードソースがかかっていて、とても美味しい。
そんな風に半強制的に給餌をさせられていると、やけに視線を感じた。よく見れば、隊員達から注目の的となっている。
ついうっかりされるがままにされたが、ここは食堂だ。慌ててクライヴから離れようとしたが、肩を抱く手に力が入り、あっさり阻止されてしまう。
「いやぁ、お熱いね~」
「当然だ。俺達は将来を誓いあった仲だからな」
「っ!」
誤解を生みそうなクライヴの言葉にティナが息をのむ。案の定、食堂はざわりとしたどよめきに包まれた。
──しょ、将来を誓いあったって……いつっ!?
身に覚えがない、と本音が口から漏れそうになったが、すんでの所で昨夜の出来事を思い出した。
「いつかはそうなれたらいい」、ティナは間違いなくそう口にした。もしも、あれをクライヴが前向きに捉えていたなら……。
「まぁ、ティナも心構えとか色々あるだろうから今すぐにとはいかないがな」
クライヴが照れくさそうにしながらも、自慢気に語る。
どうしよう。これは間違いなく前向きに解釈されている。いや、いつかはクライヴと家族になりたいという気持ちに嘘はない。だが、結婚を意識したのは昨日が初めてだ。問題もいろいろあるし、そんな急には決められない。
あわあわと戸惑うティナを置き去りに、周囲はどんどん盛り上がりを見せる。
「うわ〜、いつのまにそんな関係になったの?」
「ちょっと副隊長、子リスちゃんに無理強いしてないでしょうね?」
「それありえそう。なんていったってオオカミだもんね〜」
下町の奥様のように「や~だ〜」とおちょくるリュカに、クライヴがふんっと鼻で笑って一蹴する。
「そもそも俺らは恋人同士なんだから、お前らにとやかく言われる必要はない」
至極真っ当と思わせつつ、ツッコミどころ満載のセリフに、ティナは遠い目になった。
このオオカミとはじっくり話し合い必要がある。こういう事を人前で言わないようにしてほしい。ついでに、人前でイチャつくのも控えてほしい。
軽く意識を明後日の方向へ飛ばしていると、ティナを見つめるクライヴが何かに気付いたように「あっ」と声をあげた。
「ティナ、付いてるぞ」
「へ?」
ティナが反応するよりも早く、クライヴの端正な顔が間近に迫る。驚く間もなく、口の端をペロリと舐められた。
それを見た周囲からは冷やかしの声が上がる。
「い……い、いま……」
「クライヴがぺろってしたー」
ご丁寧に状況を説明してくれたのは、既に朝食を平らげたエイダだ。幼子の無垢な瞳に、じわじわ羞恥心が込み上げてくる。
「エ、エイダちゃん……い、今のは……そ、その……」
「エイダ、お前もよくアグネスにやってもらってるだろ」
「そっか。エイダといっしょー」
違う! けど、それを訂正したら「じゃあ、なに?」と返されそうだ。それは子供の教育的によろしくない。
「まぁ、俺等の場合は親子じゃなく恋人同士のスキンシップだがな」
「なっ……!」
クライヴの教育的によろしくない発言に顔から火が出るかというくらい真っ赤になる。「ひゅ~」という茶化す言葉に、我慢の限界が来た。
「クライヴ様! もう少し慎みを持って下さいっ!」
ティナは全力でクライヴの腕の中から脱出すると、呼び止める声も無視して走り出した。背後からは番いを怒らせたクライヴをゲラゲラ笑う声が聞こえてくる。
──もうっ! クライヴ様のバカー!!
しばらくブラッシングは絶対にしてやらない。そう心に誓った瞬間だった。
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