第103話 みんないっしょ

「子リスちゃん、副隊長と付き合うことにしたんですって」

「お姉ちゃん、考え直した方がよくない?」

「小娘! 長らく副隊長を待たせおってからに!」

「おめでとー。男を喜ばせるテクが知りたい時は、いつでも聞いてよね」

「あらぁ、それなら私も力になるわよぉ」

「……おめでとう……」


 クライヴとの関係は、瞬く間に隊員達へと広まってしまった。なにせ、クライヴ本人が公言してはばからなかったからだ。ティナが気付いた時にはもう手遅れの状態だった。


 それ以来、ニヤニヤ顔の隊員達からの質問攻めはとどまることを知らない。付き合うことにしたのはなぜか、旅先で何かあったのではないかと目を輝かせて聞いてくるのだ。


 そのせいで、ティナはすっかり疲労困憊になっていた。そんな中、状況を一変させたのは特務隊の可愛いアイドルだ。


「だめーー! ティナおねえちゃんはエイダのっ!」


 質問攻撃のせいでティナに構ってもらえないエイダがキレたのだ。クワッと牙をむき出しにするエイダに、さすがのみんなもたじたじになっていた。おかげで隊員達の質問攻めもなくなった。


 帰ってきてからというもの、エイダはティナから離れようとしない。両親と再会したにも関わらず、トラの姿でティナの後ろをちょこまか付いてまわっているのだ。


 あまりにもティナにべったりなものだから、レナードから「今日は一日中エイダと遊んであげて下さい」と言われてしまった。エイダは大喜びだったが、さすがに申し訳なく思った。ちなみにクライヴも一緒に来ようとしたが、レナードに睨まれてすごすごと仕事に戻っていた。


 そんな訳で、ティナは現在隊舎裏にいた。エイダがボール遊びを所望したからだ。


「ティナおねえちゃん、なげてなげてー!」


 キツネのようにぴょんぴょん跳ねて、全身で遊ぼうと訴えてくるエイダに、思わずクスリと笑みがもれる。


 少し硬めのボールは、猛獣であるエイダが咥えても割れたりはしない特別仕様だ。強く握ると僅かな反発があり、弾力性が感じられる。なんでも獣人族御用達の店のものらしい。赤い色は草むらの中でも見つけやすいようにとの配慮だ。これは、ティナの不在中にレナードが買ってくれたそうだ。現在進行形でエイダのお気に入りである。


 既に離れた位置でスタンバイするエイダに向かって振りかぶる。ティナの腕力ではあまり遠くまで投げられないが、力いっぱいボールを投げた。


 案の定ティナが投げたボールは、エイダのいる場所とは全く違う方向へと飛んでいった。しかし、エイダは楽しそうにボールを追いかけている。


「ぐぬぬぬっ、我もエイダと遊びたいっ」


 ティナの近くで悔しそうに歯を食いしばるのは、エイダの父・ジスランだ。獣化した姿で牙をむき出しにされると、ちょっと怖い。


「ジスは構い過ぎだ。そんなだからエイダに嫌われるのだぞ」


 呆れたようにジスランを諫めるのは、エイダの母・アグネスだ。こちらも相変わらず獣化している。


 エイダがティナにべったりなので、必然的にジスランとアグネスも共に行動をしているのだ。ティナが三匹のトラを従えて歩く様子は、何も知らない人が見たら腰を抜かすほど異様な光景であった。


「我は可愛い娘と遊びたいだけなのに……」


 ジスランの溺愛ぶりは筋金入りらしい。肝心のエイダがティナをご指名なので、すっかりしょげている。哀愁漂わすジスランを見ると、どうにも気の毒だ。


 そこで、意気揚々とボールを咥えて戻ってきたエイダに一つの提案をしてみた。


「エイダちゃん、ジスランさんとどっちが早くボールを取れるか勝負しない?」


 そう提案してみれば、「やる!」と元気な返事が返ってきた。フスフス鼻を鳴らしてやる気満々だ。競争ならノってくれると思ったのは大当たりのようだ。


 ジスランはと言うと、愛娘と遊べるとあり目を輝かせている。


「よーし、行くよー! ――うりゃあっ!」


 尻尾をゆらゆらさせて構える二人のために、力いっぱいボールを投げる。隣に来たアグネスが「その叫びかたはどうなのだ」とツッコんできたがスルーだ。


 キレイな弧を描いたボールは、思いのほか遠くまで飛んでいった。そのまま草むらに落ち、二度ほどバウンドする。


 エイダは一目散にボールを追っていったが、草丈がそこそこありボールを見失っていた。あちこち走り回って一生懸命探している。対してジスランは、そんなエイダをほっこり眺めながらのんびりボールを探していた。おそらく、ボールがどこにあるか分かっているが、勝ちをエイダに譲るつもりなのだろう。


「まったく……ジスは子供みたいだな」

「ふふ、良いお父さんですよね」


 夫の行動に呆れ気味の溜息をつくアグネスだが、二人を見る目は柔らかだ。トラ親子が穏やかに過ごせているのが分かり、ティナも嬉しくなる。


 エイダはティナにべったりだが、会話のほとんどは両親のことばかりなのだ。仲良し親子なのがよく伝わってくる。


『ちちうえはねー、いつもいっしょにあそんでくれるの』

『ははうえはー、かりがうまいんだよ』


 エイダが家族と再会できて喜ばしい反面、ティナは複雑な思いを抱いていた。


 エイダはもともと特務隊で保護していただけだ。親が見つかったのなら、元の生活へと戻っていく。いつか別れが来ると分かってはいたが、いざその時が来ると寂しくてたまらない。


 そんなティナに気付いてか否か、アグネスがポツリと呟いた。


「エイダは成長したな。言葉も話せるし、人化も出来るようになった」

「はい……」


 思い出すのは初めてエイダと出会った日のこと。


 誘拐された先で出会ったエイダは、衰弱して痩せていた。警戒心も人一倍強く、ここで過ごすようになってからも隊員達とは距離があった。隠れて発声練習をしていたり、レオノーラに人化のやり方を習ったり。毎日モリモリ食べて、たくさん遊んで、よく眠って──たくさんの思い出がある。


 本当の親ではないが、エイダの成長を見るのは嬉しかった。しかし、その成長をそばで見たかったのは、他ならぬジスランとアグネスなのだ。寂しいからというだけで、彼らの親子としての時間を邪魔する訳にはいかない。


 グッと思いを堪えたところにアグネスの言葉が続く。


「そうだ、これからのことなのだが……隊長殿と話しをしてな」


 次に続くであろう言葉は予測できた。彼らはもうじきここを出て行く。それは明日か明後日か……。


「私達もここで暮らすことにした。寮とやらには空きがあるようでな」


 予想外の言葉にティナの目が点になる。


「えっ? 住処に戻るのではないですか?」

「うむ、最初はそのつもりだった。だがここは飯も美味いし、そこそこ住みやすい」

「でも、アグネスさん達は人の多いところが苦手なんじゃ……」

「同族は気にならん。それに、エイダはお前に懐いているだろう。これはジスと共に決めたんだ」


 エイダのためなのか、ティナのためなのか、その決断は簡単ではなかっただろう。二人の想いに胸がジンと熱くなる。


「すごく……すごく嬉しいです。これからは、アグネスさんともたくさんお話したいです」


 本心からそう言えば、ドスッとアグネスが頭を寄せてきた。これは頭を撫でろという合図だ。嬉しくなって耳裏をわしゃわしゃしてやる。


 すると、それを見たエイダが大きな声を上げた。


「あーっ! ははうえ、ずるい! エイダも!!」


 見つけたボールを放り投げ、草まみれのエイダが駆け出した。だが、すぐに足を取られて転んでしまう。そこをジスランが慣れた様子でエイダの首筋を咥えて連れてきてくれた。


 ジスランに咥えられて両手両足をぷらーんとさせたエイダに、アグネスが目を細めてフッと笑う。


「エイダ、これからは父と母もここに住むぞ」

「う?」


 エイダはすぐに理解できなかったのか、目をパチパチさせる。しばらく考え込んでいたが、その意味を理解したらしく、パァっと笑みを浮かべた。


「みんないっしょ? ちちうえもははうえもティナおねえちゃんもいっしょ?」

「ああ、そうだ。もうお前を一人にはしない」

「やったー!!」


 ぷらーんとしたままのエイダが、耳をパタパタ、尻尾をゆらゆら、全身で喜びを表現する。その様子が犬のようで、クライヴと重なって見えた。ついついクスリと笑ってしまう。


「ティナおねえちゃん、ずっといっしょだね!」

「うん、そうだね」


 こうして特務隊にトラ家族が仲間入りをした。

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