第102話 帰還報告
「エイダぁぁぁ! よくぞ、よくぞ無事でぇぇぇ!」
「エイダ! エイダ! あぁ、可愛い私の娘!」
愛娘と再会を果たしたトラ夫婦は、声を震わせ目を潤ませた。ジスランに至っては、もう色々とヤバい。滂沱の涙を流しながら、ぐりぐりと頬擦りをしている。
最初は嬉しそうにしていたエイダだったが、父親のあまりにも激しい愛情表現に段々顔をしかめ始めた。
「うわあぁぁ、エイダぁぁぁ!」
「ちちうえ、うるさい」
非情な一刀両断。溺愛する娘に拒否られたジスランは、絶望の涙で地面を濡らしていた。
そんな感動(?)の再会があった翌日。ティナ達は執務室に勢揃いしていた。
大きな執務机に両肘をついて座るのは、特務隊隊長のレナードだ。彼は王都に屋敷を持っているため、隊舎には住んでいない。昨夜ティナ達が戻ってきた際も既に帰宅した後であった。そのため、レナードが出勤してすぐに揃って帰還報告をしにきたのだ。
「そうですか、昨夜に戻ってきたと……」
レナードの目の前には、獣化したエイダを抱っこするティナ。お座りをする二頭のでかいトラ。そして、妙に機嫌の良いクライヴがいた。
頭の回転が速いレナードは瞬時に判断した。トラ二頭はエイダの両親だろう、と。むしろ気になるのはクライヴのほうだ。見るからに浮かれていて気持ち悪い。
「とりあえず、順を追って確認しましょう。まず、魔道具の件はどうでしたか?」
「ヨハン殿──ティナのお父上は引き受けてくれました。製作は非常に難しいとの事ですが、大変前向きな様子でした」
報告の間、ティナは黙って聞いていた。
隊長と副隊長として話しているからか、クライヴの口調がいつもと違う。フランクに話しているところしか知らないので、少々違和感を感じる。
「それは良かったです。早々に御礼状を送りましょう」
「一応持っていった前金は渡してきました。『高すぎるっ』と言われましたが、押し切──丁寧に説明をし、ご納得頂いています」
今、「押し切った」と言おうとしなかっただろうか。というか、いつの間にそんな話をしていたのだ。ティナの知らぬ間にクライヴは真面目に仕事をこなしていたらしい。
「それと、動作確認が必要なため、テオを置いてきました。副隊長権限で完成まで帰還不要と命じています」
さらりと
「まぁ、魔道具完成には必要なことなら良しとしましょう」
こうしてテオの生贄生活は、隊長了承のもと続行が決定した。別れ際のあのうるうるした目を思い出し、ティナの良心がズキリと痛む。
「次に、砦の仕事はどうでしたか?」
「獣人族に関連する案件はありませんでした。国境地帯で多少のいざこざはあったようですが、砦の戦力で十分だったそうです」
「あそこの戦力ならそう簡単には崩れないでしょうね。では、報告書は近日中に出すように。──それで、このトラ達は?」
レナードの視線がトラ夫婦へと向けられる。なぜかトラ夫婦がビクリと体を震わせた。
「砦の近くで遭遇して、エイダの両親であることが判明したから連れてきた。見ての通り二人とも獣人族だ」
「エイダの父のジスランだ」
「母のアグネスだ」
行儀良くお座りしていた二頭が口を開く。ちなみにトラ夫婦が緊張しているのは、事前にクライヴから「隊長は怒ると怖いから絶対に逆らうなよ」と言われているからだったりする。ティナは、それを知らない。
両親がビクついているとも知らないエイダは、ティナの腕の中から元気よく前足を上げた。
「レナ、エイダのちちうえとははうえ」
「そうですか。再会できて良かったですね」
「うん!」
ニコニコとご機嫌なエイダにレナードが柔らかに微笑む。ティナ達が不在だった間、二人は随分仲良くなったようだ。
「レナ」というのは、おそらくエイダが勝手に付けたあだ名だろう。女性名にもとれるが、レナードは気にしていないようだ。クライヴだけは肩をふるわせ笑いを堪えていたが。
そんなクライヴに気付いたのか、レナードが笑みを深める。
「……クライヴ。一応確認しますが、彼らの入城許可は取っているのですよね?」
「これからする。アルヴィンにでも頼めば何とかなるだろ」
「これから? 許可なしでどうやってここまで入ったのですか?」
「ちょっと城壁をひとっ飛びして」
一切悪びれなく答えたクライヴに、レナードの表情がピキリと凍りついた。昨夜の空中移動を思い出したティナも遠い目になりかけた。
「一応聞きますが、なぜそのような手段を?」
「こいつらは人混みが苦手らしいからな。やむを得なくだ」
いつの間にかクライヴの口調は、いつものフランクなものへと戻っていた。
何だか雲行きが怪しくなりハラハラするティナにクライヴが視線を向けた。
「隊長、もう一つ重要な報告が」
「何です? 城への不法侵入以外にまだ重要な事があるのですか?」
「ティナはエヴァンス翁の実の孫だそうだ」
──ゴンッ!!
レナードが机に頭から崩れ落ちる。
ティナはギョッとして目を丸くした。全く話を聞いていなかったエイダでさえも、もの凄い音に「ん?」という顔になった。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「レナ、だいじょーぶ?」
「え、ええ……だ、大丈夫です。それよりも、今の話しは本当ですか?」
レナードがゆっくりと顔を上げる。その額は見事に赤くなっていた。とても痛そうだが大丈夫だろうか。
「はい。父がエヴァンス家の長男で──庶民の母と結婚するために家を出たんです」
「ちょ、長男っ!? ということは、本来であればティナ嬢のお父様がエヴァンス家当主だったと!?」
「えぇと、もともと父は体を動かすのが苦手で……家督を継ぐつもりはなかったと聞いています」
「ちなみに、アレクはティナのいとこだそうだ」
この一言にレナードの動きが止まる。うろたえるティナとは反対に、クライヴは「そうなるよなぁ」と、しみじみ頷いていた。
ティナとしては生まれも育ちも庶民なので、エヴァンス家の威光など関係ないと思っている。ここまで驚かれると、これはこれで申し訳ない。
「あ、あの……」
「ハッ! 失礼しました。あまりにも衝撃的で……。ときにティナ嬢、エヴァンス翁は我々に何か言っていましたか?」
「えっ? いえ、おじいちゃんは特に何も」
「おじいちゃん……」
「エヴァンス翁とアレクからは、『
「…………」
レナードからついに微笑みが消え去った。ただただ、危険物でも見るかのような視線がティナへと向けられる。
祖父と従兄が特務隊から恐れられていると知らないティナは、ますますおろおろするばかりだ。
「あの……このことは地元の人しか知らないので、一応内密にして頂けると助かります。それに、私自身はエヴァンス家に籍はないので今まで通りにして頂けると嬉しいです」
そう口にして待つことしばし。うんうん唸ったレナードは、深呼吸をしてからいつものように柔らかな笑みを浮かべた。
「ティナ嬢の気持ちは理解いたしました。このことは決して他言いたしません。隊員達にも伏せておきましょう」
「あっ、テオさんには話してしまいました。まずかったでしょうか?」
「テオなら大丈夫でしょう。戻ってきたら一応口止めだけはしておきますね」
レオノーラ達にも伝えて構わないが、その辺はレナードに従おう。とりあえず、血筋云々で解雇されないかという不安がなくなりホッとした。
そんなティナを慰めるかのようにエイダがペロペロと手を舐めてくる。アグネスもティナの腕にツンと鼻先を寄せてきた。
やはり、もふもふは最高に癒される。これだけで肩の力も抜けるというものだ。報告することも全て終わり、すっかり気が抜けたティナは油断していた。
「隊長、最後にもう一つ報告があります」
「何ですか?」
「俺とティナは付き合うことになりました」
「そうですか──はあぁぁっ!?」
レナードのノリツッコミのような叫びと共に、「それ、言わなくていいやつー!」とティナの悲鳴のような抗議の声が響き渡ったのは言うまでもない。
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