第61話 おめでたい報告…?
演習会の翌日。ティナはいつものようにエイダに起こされていた。
「あさ! おきてー! ごはーん!」と元気いっぱいの肉球ぷにぷに攻撃が繰り出される。これで二度寝をしようものなら、今度はベロベロ舐めまわされそうだ。欠伸をしながら起き上がると、鼻と鼻をくっつけておはようの挨拶をされる。
──フィズさん、帰ってきてるかなぁ。
結局昨日、フィズは寮へ帰ってこなかった。演習会から帰ってきたレオノーラ達にも聞いてみたが、フィズとは会っていないそうだ。
先に帰ってしまった事を謝ろうと思ったのだが、その本人が不在ではどうしようない。結局そのまま就寝してしまったのだ。
──クライヴ様も帰ってきてなかったんだよね……。
演習会に行ったのがバレて叱られるかと思ったのだが、こちらも当の本人が帰ってこなかった。キャロル達いわく、運営チームは後処理が忙しいそうだ。
仕事着に着替え終えたティナは、エイダを連れて部屋を出た。ちらりと隣の部屋を見るも、クライヴがいるのか分かるはずもない。
腹ぺこなエイダに先導されるように食堂へと向かう。
「おはようございます」
「ごはーん!」
人見知りのエイダだが、ご飯の前はすこぶる機嫌がいい。キャロルが美味しいご飯をくれる人という認識ができたようだ。
「子リスちゃん、エイダ、おはよー。今日は何にする?」
どうやらティナ達が一番乗りのようだ。演習会翌日だから、皆ゆっくり休んでいるのだろう。
キャロルの問いにエイダが尻尾を揺らしながら答える。食事が関係すると人見知りがどこかへ行くから現金だ。
「おにくー!」
「……くっ、レオノーラみたいな事を。やっぱり可愛くても猛獣か。子リスちゃんは?」
「えっと、トーストでお願いします」
まだ幼いエイダは大人用の肉では噛み切れない。食べやすいサイズにして、焼き加減も調整が必要だ。つまり、そこそこ手がかかる。
キャロルの手間を減らすために、ティナはいつも簡単なメニューを頼んでいた。
だというのに、キャロルの心遣いは実に細やかだ。一切手を抜くことなく、ハニートーストにチーズオムレツ、シーザーサラダという栄養面を気にしたメニューを作ってくれた。
ハニートーストはティナお気に入りのメニューだったりする。好きと言った記憶がないのだが、さすがチャラ男。マメである。
そんなチャラ男ことキャロルも交えて三人で席へ着く。他の皆が起きてくる前に、キャロルも朝食を食べるようだ。
「そうだ、キャロルさん。フィズさんが帰ってきてるか分かりますか?」
「んっ? 見てないよ。多分まだ帰ってきてないんじゃないかな」
「何かあったんでしょうか……」
「そんなに気にしなくても大丈夫だって。あっ、副隊長は深夜に帰ってきてたよ」
キャロルの言葉にティナは「うぐっ」と言葉を詰まらせた。あまりに分かりやすい反応だったらしく、キャロルが笑い出す。
「怒ってなかったから大丈夫。むしろ『ティナは無事かっ!』ってすごい剣幕だったよ」
「勝手してすみません……」
こっそり演習会へ行った事はキャロルにも謝った。キャロルはティナの不在に気付いていたらしい。終わったことはしょうがないと笑ってくれた。
「副隊長の事だから、しばらく子リスちゃんから離れなくなるだろうね」
「うっ……か、覚悟しておきます」
キャロルの読みが的確過ぎて怖い。とてつもなく想像がつき、ティナはガックリと肩を落とした。黙って演習会へ行った自分が悪いので、そこは覚悟するしかない。
出来れば膝抱っこは回避したいと本気で悩んでいると、ダン、レオノーラ、ルークが揃ってやってきた。食堂が一気に賑やかになる。
それから少し遅れてリュカとテオもやってきた。
「あー! いっぱい運動した後のご飯は特別に美味しいわ」
「……夕飯も同じ事を言っていたではないか」
「ご飯……美味しい……」
明らかに全員いつもより食べる量が多い。大盛りにされたご飯がどんどん空になっていく。一夜明けているとはいえ、それほどまでに演習会が疲れたのだろう。
「……眠い……」
「ボクも~……」
ティナの隣には寝ぼけ眼のリュカがフォークを持ったままウトウトしている。反対側にいるのはトラフズク姿のテオだ。テオに至っては半分寝ているため、食欲旺盛なエイダに朝ご飯をかすめ取られていた。
「リュカ君、食べながら寝ない。エイダちゃん、それはテオさんのご飯だから!」
とりあえず、リュカの背を軽く叩いて起こし、エイダを諫めながらテオを揺する。テオのご飯もエイダから遠ざけておく。
「テオさん、起きて下さい! エイダちゃんにご飯食べられますよ!」
「んぁ? …………ぐー……」
「…………ぐぅ」
「リュカ君までっ! 起きてー!」
リュカとテオを揺すり起こすも、その隙に小さな猛獣がまたもテオの朝食を狙う。
「うーん、手のかかる子供の面倒を見る母親みたいだね」
「よく食べよく眠る……子供の特権」
「いや、テオは成人しているだろうが」
ルークのツッコミにティナも内心で激しく同意する。トラフズク姿なので忘れがちだが、テオはティナよりも年上のはずだ。年齢を聞いてちょっと驚いた。
そんなテオはというと、寝ぼけながらササミ肉を
そんなこんなで慌ただしい朝食が終わる頃、次なる嵐がやってきた。
「ティナー!」
食堂に飛び込むように現れたのはクライヴであった。クライヴはティナを見つけるなり、ぱぁっと目を輝かせた。
そんなクライヴを見たティナは身構える。クライヴの様子は、飼い主を見つけて喜びまくる犬のようだ。そうなると次に起こるのは……。
「ティナ! 良かった!」
「……うぐっ」
犬がタックル──ではなく、背後からクライヴにがっしりと抱きしめられた。腕の力が強くて、つい呻き声が漏れてしまう。
「無事に帰ってきてるか不安だったんだ。あぁ、良かった……」
「す、すみません……」
クライヴのすりすり攻撃が止まらない。せっかく整えた髪がグシャグシャになってしまうからやめてほしい。
「俺がどれだけ心配したか。いっそ寝ててもいいから様子を見に行こうかと思ったくらいだ」
「クライヴ、それは不法侵入です」
クライヴの危ない発言に鋭いツッコミを入れたのは、食堂に入ってきたレナードであった。
自宅から通ってきているレナードがこの時間に出勤するのは珍しい。他の皆もそう思ったのか、レナードへ一斉に視線が集まる。
「おはようございます。ちょうどいい具合に全員揃っていますね。皆さんに報告があります」
なんだかレナードの顔が疲れている。もしや何かあったのだろうか。ティナの不安は次なるレナードの言葉で一気に掻き消える事となった。
「昨日フィズに番いが見つかりました」
その瞬間、大きなどよめきが起こる。
おめでたい内容に「わぁ!」と言いそうになったティナだったが、周囲の反応が自分と違っていることに気が付いた。なぜか全員顔が引き攣っている。
「あ、相手は誰っ!?」
「あの痴女の番いだと!? 何と不憫なっ!」
「そいつ実験体にでもされるんじゃないの!?」
「うわぁ……お、恐ろしいっ!」
キャロル、ルーク、レオノーラ、リュカが悲鳴のような声を上げる。どれだけフィズの信用度が低いのだろうか。
そこでティナは、ふと昨日の出来事を思い出した。フィズが半個室まで迎えに来てくれた時の事だ。あの時フィズは舞台上を見て「見つけた」と言っていた。それはもしかして……。
「もしかして、フィズさんのお相手は警備隊の方ですか?」
「ティナ嬢、ご明察です。フィズの番いは……警備隊の全隊長であるアルヴィンです」
もったいつけるように答えたレナードに「は?」「えっ?」「うっそー!」など、またもや驚きの声が上がる。
「昨日は、それはもう──とにかく大変でした。フィズが突然やってきたと思ったら……はぁ」
「警備隊の隊長副隊長がいる目の前でアルヴィンにキスしたんだ、あいつ」
言葉を濁したレナードに代わって、クライヴがさらりと暴露する。昨日の苦労を思い出したのか、レナードが大きな溜め息をついていた。
クライヴに全く同じ事をされた経験があるティナは、アルヴィンに同情の念を抱かずにはいられない。人前でキスされるだなんて恥ずかしかっただろうに。
「とりあえず、そういう訳なのでフィズはしばらく来ないかもしれません。各々、怪我をしないように気を付けて下さい」
「ねぇ、フィズが帰ってこなかったのって……」
「……そこは想像に任せます」
キャロルの言葉疑問にレナードが絶対零度の笑みで濁す。
──獣人族って……。
キャロルの言わんとすることが分かってしまったティナは、呆れた目で未だ抱きついたままのクライヴを見やるのだった。
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