第69話 そもそも結婚してません
「ティナ、今日こそは俺と結婚──」
「しませんっ!」
クライヴが『これからは遠慮なく口説くとしよう』という謎の決意表明をしてから数日。
顔を合わせれば常に結婚などと口にする始末。おまけにいちいち距離も近い。いまも壁とクライヴに挟まれて身動きが出来ない状況であった。いわゆる壁ドンだ。
「いやー、毎日毎日お熱いね~」
「副隊長ってば吹っ切れすぎじゃない?」
ヤジを飛ばしてくるのはキャロルとリュカだ。楽しいことが好きな獣人族は、こんな状況でもニヤニヤニマニマしながら傍観している。というか、食堂でこんな事をされたら注目を浴びないはずがない。
そんなヤジに羞恥心を煽られたティナはクライヴをキッと睨みつけた。
「クライヴ様、退いて下さい!」
「ティナが頷いてくれたのなら──うおっ!」
甘くとろけるような笑みを浮かべたクライヴが突如後ろにのけ反った。否、背中に何かを貼りつけている。
「クライヴじゃま! あっちいけ!」
聞こえてくるのは怒気をはらんだ幼子の声。聞き覚えのある声にクライヴの背中を覗き込むと、エイダがべったり貼りついていた。おそらくクライヴを引き離そうとしてくれたのだろう。カエルのように引っ付いている。
先日突然の人化を果たしたエイダは、未だ人化した姿を保っていた。三歳前後と思われる年頃のエイダだが、ああやって引っ付かれたら重たいだろう。
だが、クライヴは背中に貼りついたエイダを、いとも簡単に引っ剥がした。さすがは特務隊の副隊長だ。
「エーイーダー。お前には遠慮というものがないのか」
「おなかすいた!」
「お前の腹より、俺とティナの愛を深める方が重要だ」
「ごーはーんっ!」
オオカミと子トラの口論が始まる。
クライヴがティナを口説く。エイダが邪魔をする。クライヴとエイダが口論になる。この流れがすっかり定番となった。
今回は、お昼ご飯を食べようとした所でクライヴに邪魔をされたため、エイダのご機嫌を損ねてしまったようだ。
「エイダちゃん、おいで。お昼ご飯にしよう」
二人が口論する間に壁ドンから脱出したティナはエイダへと声をかけた。エイダが分かりやすくは笑顔になり、ティナへと駆け寄る。
「エイダおにくがいいー!」
「うんうん、キャロルさんにお願いしようね」
小さな可愛い手を繋ぎ、キッチンからこちらを傍観しているキャロルの元へと向かう。もちろんクライヴはスルーだ。放っておいてもクライヴもお昼を食べにきたのだからついてくるだろう。
「キャロ、おにくー!」
「はいはい。今日のランチはハンバーグだよ」
「おおきいの!」
「……言ってることがレオノーラと一緒なんだよなぁ」
ティナもついクスリと笑ってしまった。キャロルの言うように、レオノーラもよく同じセリフを言っている。彼女はスレンダーなのに、がっつり肉食系の大食漢とくるから驚きだ。
驚きといえば、不思議なことにエイダは人化してからというもの一気に社交的になった。今まであんなに人見知りをしていたのに、隊員達とも普通に話すようになったのだ。
特に美味しいご飯を作ってくれるキャロルには「キャロのごはんだいすきー」などと言っている。それを聞いたキャロルがデレデレしながら肉大盛りにしていたのは記憶に新しい。
「子リスちゃん、今日もエイダと同じメニュー? オムライスとかパスタとか作るよ?」
「いえ、大丈夫です。同じメニューにしないと私のも食べたがるので」
食欲旺盛なエイダは人のご飯も食べたがる。トラの姿の時はフォークを持てなかったので比較的大丈夫だったが、人化してからのエイダは要注意だ。フォークを握りしめて人のご飯を虎視眈々と狙うのだ。
この辺のマナーも教えていかないとな、などと思っていると、クライヴが隣へとやってきた。
「キャロル、俺も同じので」
「はいはーい、親子三人ハンバーグね」
「キャロルさんっ!」
ティナが抗議の声を上げるがキャロルは聞いちゃいない。ハンバーグを焼きながら、手際よくつけ合わせやパンを盛り付けている。
「親子……いいな、うん。エイダ、パパがご飯持ってくから先に座ってような」
「はーい」
親子と言われてご機嫌なクライヴがエイダを席へと連れていく。ご飯が食べれればどうでもいいのか、エイダは何もツッコまない。本当のパパが見たら泣くのではないだろうか。
エイダの母親代わりは了承したが、クライヴと婚姻関係を結んだ記憶は一切ない。変な記憶を捏造しないでほしい。
「ねーねー、そしたらボクはエイダのお兄さんかな?」
ひょこっとティナの顔を覗き込んできたのは笑顔が似合う美少年だ。彼はキットギツネのリュカという。エイダに次いで年少――といっても、15歳で立派な特務隊のメンバーだ。
「でも、副隊長がお父さんっていうのは何か嫌だなぁ。あっ、ボクは仕事あるからお先するねー。親子三人仲良くどうぞ」
「ちょっ……リュカ君!」
「あははー」
リュカは笑いながら配膳を済ませてさっさと行ってしまった。あちこちからからかわれて口を真一文字にしていると、ポンと肩を叩かれた。
エイダを席に着かせて戻ってきたクライヴだ。実に良い笑顔を浮かべている。
「そういう訳で、観念して俺と結婚──」
「しませんっ!」
肩に置かれたクライヴの手を払いのけながら力一杯否定する。
観念して結婚とは何だ。結婚の理由がおかしすぎる。そもそも結婚の前には普通ならお付き合いが先ではないのか。
いや、でも獣人族と人族では恋愛観がだいぶ違う。獣人族は番いという唯一を見つけたら、それはもう一直線なのだ。お付き合いの概念自体がないのかもしれない。
──もしかして……私に合わせてくれてる?
獣人族はそれはもう積極的だ。先日番いを見つけたフィズなど、既成事実を作って結婚へと至っている。それ程までに手が早──情熱的なのだ。
しかし、クライヴは最初こそ色々問題があったが、話に聞くほどスキンシップが激しいわけではない。
『俺だってティナとイチャイチャしたいっつの!』
いつぞやの最低発言が違った意味に聞こえてくる。その我慢を口にさえ出さなければ、もっと見直せたかもしれない。
「どうかしたか? ……はっ! もしや俺に見惚れ──」
「…………」
やっぱりクライヴは一言多いのかもしれない。胡乱な目になってしまうのも悪くないはずだ。
「ティ、ティナ? すまん……調子に乗った」
「いえ、クライヴ様はクライヴ様だなぁと」
「副隊長、子リスちゃんのその目は堪えるよ。僕もやられたし」
「何っ! キャロル……お前、ティナにこんな目で見られるような事をしたのか?」
何を勘違いしたのか、クライヴがキャロルに食ってかかる。長くなりそうなので、ティナは出来上がったランチを持ってエイダの元へと移動した。
「わーい、ごはーん!」
「美味しそうだね。いただきますしたら食べようか」
「いただきまーす!」
エイダが待ってましたとばかりに、ハンバーグにフォークをブッ刺した。まだナイフの使えないエイダは、フォークでぐりぐり崩して一口サイズに切ってゆく。
人化したエイダは何でも一人でやりたがる。なので、ティナも自分の食事へと手を付けることにした。
ふっくら焼けたハンバーグを切り分けると、じゅわりと肉汁が溢れ出してくる。ソースをたっぷりかけて頬張れば、ジューシーなお肉の甘みが口いっぱいに広がっていく。さすがはキャロルお手製だ。
「みてみて。エイダ、おやさいもたべれるよ」
「さすがエイダちゃん、偉いね~」
レオノーラやリュカが野菜を食べず肉ばかり食べているのを見ているからか、エイダが得意気な顔で野菜を口にした。ほっぺを膨らませてもぐもぐする姿がとても可愛い。
──子供が出来たらこんな感じなのかなぁ……。
ティナの頭の中では幸せそうに食卓を囲む家族の姿が浮かんだ。手がかかるけど可愛い我が子達。そんな子供達の面倒を見るのは──。
「っ!」
ティナが思い描いた家族像の中にはクライヴがいた。自分の想像で激しく動揺する。
──ち、違っ……キャロルさんやリュカ君が親子だなんて言うから! べ、別に深い意味なんてないもんっ!
必死な言い訳をするも、心の中なので自問自答状態だ。それなのにカーッと顔が熱くなっていくのが分かった。
そんな時、タイミング悪くクライヴがやってきた。
「ティナ、どうかしたのか?」
「けっ、結婚なんて考えてませんからっ!!」
照れ隠しにそう言うなり、ティナはハンバーグを口に放り込んだ。
隣でクライヴが呆然としているとも知らずに……。
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