後日談第8話 元町人Aは変態と再会する

2024/03/03 ご指摘いただいた間違いを修正しました。ありがとうございました

================


 魔女の森を後にした俺たちはエルフの里へとやってきた。森の魔女に迷惑をかけたらしい変態に話を聞くためだ。


 あいつは変態だが、一応大賢者などと呼ばれていた存在だ。その動機はともあれ、知識が豊富であることは間違いない。もしかしたら、何か知っている可能性はあるだろう。


 それに、メアリーちゃんの魂を解放するために必要なことだって何か知っているかもしれない。


「アレン。それにアナスタシアも。よく来ましたね」


 変態が完全なよそ行きモードで話しかけてきた。


「ロー様。ご無沙汰しております」


 こいつの演技はやはり完璧だ。今のこいつを見て中身がアレだと思う人間は、そうはいないだろう。


「(おっおっ。夫婦そろって何しに来たんだお?)」


 だが、俺にそっと話しかけてくるとこうなるのだ。


「(お前は相変わらずだな)」

「(ボクチンがそんなにすぐに変わるわけないんだおっ)」


 まったく、こいつは……。


 呆れる俺の隣でアナが事情を説明した。


「なるほど。そのようなことが。風の神と氷の女神のご神託でしたら、そのようにするのが良いのでしょう」

「はい。そこで無私の大賢者ロリンガス様に連なるロー様であれば何かご存じないかと思い、お知恵をお借りしたくやって参りました」

「そうですか。しかし残念ながら『常に風が吹き常に氷のある場所』には心当たりはありません。北の果てにはそれに近い場所がありますが、それでも風が止むことがあります」

「ロー様。それでは、高い山の上などはいかがでしょうか?」

「そちらも同じです。たとえ山の頂上でも、風が止まる瞬間というのはあるのです」

「そうですか。まさかロー様ですらご存じないとは……」


 アナは少し落胆した様子だが、変態は自信満々に言葉を続ける。


「そもそも地理的な『場所』にこだわるのが間違いだと思いますよ」

「え? それは一体!?」

「アナスタシア。あなたはもう少し頭を柔らかくして考えたほうが良いでしょう。あの杖はこの里にある限りはまず安全ですから、これは宿題にしましょう」

「そ、そんな……」

「あなたの隣には、頼りになるパートナーがいるのでしょう?」

「あ……」


 アナは俺をちらりと見て、少し顔を赤らめた。


 ぐ……かわいい。結婚してからもうしばらく経っているというのに、アナのこうした仕草を見るといまだに胸が高鳴る。


「いつもの部屋が用意されているはずです。少し俗世とは離れ、この里でゆっくりと考えてみてはどうですか?」

「ありがとうございます」


 そして変態は俺の耳元に寄ってきて、再び耳打ちをした。


「(とりあえず、やることやってスッキリしてから考えるといいんだおっ!)」


「……」


◆◇◆


 翌朝目を覚ますと、久しぶりに左腕の感覚が一切なかった。


 俺の左腕を枕に安らかな寝息を立てるアナはやはり美しい。想い出の場所でこうして眠るアナをいつまでも見守っていたいが、そろそろ起きなければならない時間だ。


 そう考え、声をかけて起こそうとした瞬間にアナは目を覚ました。


「あ……」


 俺と目が遭った瞬間、アナは昨晩のことを思い出したのか真っ赤になった。いつまでもこういったかわいい反応をしてくれるアナのことがたまらなく愛おしい。


「おはよう。アナ」

「おはようございます。アレン」


 アナはそう言って微笑むと、キスをせがんできた。俺は大切なお姫様に優しくおはようのキスをする。


「アナ。そろそろ起きなきゃ」

「……そうですね」


 名残惜しくはあるものの、俺たちはベッドから出て支度を始めるのだった。


◆◇◆


先に支度を終えた俺が部屋から出て待っていると、すぐさま変態が俺のところに寄ってきた。


「アレンうじ、昨晩はお楽しみだったんだおっ?」


 そして開口一番がこれである。


「お前というやつは、相変わらずだな」

「なんのことだお? ボクチンは変わらないんだおっ!」

「それをずっと隠して大賢者様やってたくらいだからな……」


 俺はそう言ってため息をいた。


「それで、いつ頃なんだお?」

「え?」

「子供の話だおっ。ボクチンが色々と教えてあげるんだおっ」

「……」


 俺以外の人間が聞いたら泣いて喜ぶのだろうが、こいつの本性を知っている身としてはなんとも複雑な気分だ。


「まあ、いいおっ。気長に待ってやるお。それで、スッキリして何か思いついたかお?」


 別にスッキリすることとは関係なしにあれから考えており、俺の中ではある仮説に思い至っている。


「ああ。一応な」

「そうですか。さすがですね」

「え?」


 変態が突如猫被りモードになり、あまりのことに驚いた俺は数秒ほど固まってしまった。すると部屋の扉が開き、中から支度を終えたアナが姿を現した。


 なるほど。そういうことか。


「それではアレン。一晩考えた結果を教えてもらえますか?」

「ああ。北の果てでも山の頂上でもないということは、地面の下だ」

「アレン? 地下に風は吹かないのではありませんか?」


 アナが怪訝そうな表情を浮かべている。


「そうだね。でも、俺たちは地面の下なのに空のある不思議な場所によく行ったじゃない」

「……あ!」


 アナもここで俺の言わんとしていることに気付いたようだ。


「そう。つまり『常に風が吹き常に氷のある場所』というのはそういう迷宮がこの世界のどこかにあるということじゃないかと思うんだ」

「さすがですね。アレン。よく一晩でその結論に辿りつきました。ですが、私の知る限り、この大陸にそのような迷宮はありません」

「そんな……」


 変態の言葉にアナが悲しそうな表情を浮かべる。


「ですがアナスタシア。悲しむ必要はありません。ないのであれば、造ればいいのです」

「「え!?」」



================

 ご無沙汰しております。皆様いかがお過ごしでしょうか?


 書籍版第二巻の発売を9月15日に控え、イラストレーターの Parum 先生に手掛けて頂いた素敵な表紙が公開されました。


 書籍版第二巻ではいくつかの書き下ろしエピソードが追加されているだけではなく、本編で分かりづらいとのご指摘をいただいた部分につきましてもしっかりと修正しております。担当編集さんとも相談し、かなり分かりやすくなっていると思います。また、一部で根強い人気のある変態の過去のエピソードも追加されております。


 ちなみに編集さんの提案で地図も追加されていますので、塵もかなり分かりやすくなっております。


 書籍版が完成版と位置づけておりますので、是非ともお手に取っていただき、Web版との違いを見比べていただければ幸いです。


 なおこちらの後日談につきましては、最終巻となる第三巻の発売後の完結を考えております。もっとも、第二巻の売れ行き次第では発売できない可能性もあるのですが……。


 なお、アース・スターノベル様の町人A第二巻公式サイトはこちらとなります。


https://www.es-novel.jp/booktitle/117chonin2_r.php

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る