第55話 町人Aはエルフの夏祭りに参加する(前編)

明くる朝、俺たちは連れだって 10 年に一度のお祭りに沸き立つエルフの里を見て回ることにした。昨日は暗くてほとんど分からなかったが、里の家々は沢山の花と飾りでカラフルに飾り付けられており如何にもお祭りといった楽し気な雰囲気だ。


一応念のために言っておくが、ちゃんと別の部屋で寝た。


俺はあの変態に煽られても夜這いなどかけずにちゃんと我慢したからな。


そりゃあ、アナに悪くは思われていないとは思っているし、もしかしたら異性として好かれているんじゃないかと思う節もある。もちろん、俺の自惚うぬぼれじゃなければ、だが。


だからといって、一線を越えてしまったらそれは取り返しがつかない。そこまで行ってしまったらもう俺は自分自身を止められる自信はない。


そして、そうなったときにアナが全てを捨ててついて来てくれるか、と言われたら答えはきっと No だ。今までのアナを見ていればそう断言できる。


しかし、朝起きて朝食を食べている時からアナの様子がおかしい。何となくぎこちないというか、そんな感じだ。


何かあったのだろうか?


アナと連れ立って道を歩いていると好き勝手言われるが適当に返事をしておく。


「ふーん、その娘がアレンさんの?」

「そうだぞ。アナ様は俺の大切な女性だからな」


そこは別に否定するところじゃないからな。


「あら、結構美人さんじゃないの?」

「お、意外。 アレンさんて顔で選ぶタイプだったんだ」

「里のエルフたちには見向きもしなかったのにね」

「さあな。どうだろうな」


別に顔で選んだわけではないが、アナの内面に惚れたといっても信じて貰えないだろう。それに隣にアナがいるのにそれを口に出すのはちょっと恥ずかしい。


「でも、それならちゃんとその娘を守らなきゃね。そら、そっちの娘さん。こっちにおいで」


アナが呼ばれて怪訝そうな顔をしながらも美人なエルフの女性――といっても 400 歳オーバーのおばさんだったはずだ――に連れられて建物の中に入っていく。


そしてすぐに頭に花の冠を被って出てきた。


「それは? あ、アナ様。とても似合っていますよ」

「あ、ああ、ありがとう。アレン。それと、ええと、これは?」

「それはね、この祭りで男女の仲を認めて貰うのに必要なものだよ。男の子は惚れた女の子を必死に守るのさ。それで女の子を必死に守って、最後までその花冠を汚されずにいられた女の子は好きな男の子にその花冠を精霊の前で渡すのさ。そうすると、精霊の祝福が貰えてその男女は結ばれるのさ」


おい! そんなイベントがあるなんて聞いてないぞ?


「今年は参加するカップルが 5 組いるからね。ちなみに果物を投げつけられるだけだから安心しな。さ、早く中央広場にお行き」

「あ、その、アレン。私を、守ってくれるんだよな?」

「それは! もちろんです」


完全に騙された。こんなイベントだなんて誰も言ってなかったじゃないか。


だが、果物だって当たりどころによっては怪我をするだろう。万が一顔が腫れた状態で帰したりでもしたら大事になる。


そうして俺は覚悟を決めたのだった。


****


そして、中央広場に行くと俺たち以外の 4 組は既に集まっていた。エルフらしく美男美女が集まっている。下は 40 歳くらいから上は 500 歳くらいまで、年の差に関係なくカップルとなっているようだ。


そして美しい調べの音楽が鳴り響き、それに合わせて俺たちはダンスを踊る。


踊るといっても俺はアナに言われたとおりに足を動かしただけなので踊れてはいなかっただろうが、なんとなく頑張ってる風にはなったのではないだろうか。


だが腕の中にアナがいると思うと、そしてふと感じるふわりとしたアナの良い匂いにどうしても胸は高鳴ってしまう。


そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、アナを果物から守る? イベントはスタートした。一時間、アナを守りきれば勝利だ。


銅鑼が鳴らされ、攻撃開始の合図が鳴り響くと俺たち以外の 4 組はいきなり魔法を使って高速で走り出した。


「はぁっ!?」


俺が驚きの声を上げるがすぐにアナの死角から果物が凄まじいスピードで飛んでくる。


「アナ様! 失礼します」


俺は急いでそれをはたき落とすと、大慌ててアナを横抱きにして一気に駆け出す。


「な、ア、アレン! これはっ!」


慌てた様子のアナが俺の腕の中で抗議してくるが、そんなことを言っていられる状況ではない。


「アナ様! 逃げますよ」


すると今度は水の槍が飛んできて俺たちの行く手を阻む。


おい! 待て! 投げてくるのは果物だけじゃなかったのか!


「怪我をさせたり物を壊したりしなければ何でもありですよ!」


水の魔法を飛ばしてきたと思われるエルフが俺にそう告げてきた。


そういうことならこっちだって!


俺は煙幕を作り出すと、煙幕が消えないうちに走り出す。そうして里の中を走り抜けると建物の陰に隠れた。


「はぁはぁはぁ、何とか撒きましたかね?」

「あ、ああ。その、アレン……」


俺の腕の中でアナが恥ずかしそうに顔を赤らめながら俺を見つめてきている。


う、かわいい。


俺はそんなアナに見つめられて、その反則的な可愛らしさに固まってしまう。


「お、おい。アレン? その、ええと、わ、私は自分で歩けるから」

「あ、す、すみません」


そう言われて俺は慌ててアナを下ろして立たせてあげる。


「それと、その、ありがとう。た、助かった」

「いえ、俺こそ、その、失礼、しました」

「いや、ええと、その、す、すまない」

「はい?」

「いや、そ、その、お、お、重くは、なかったか?」


アナが顔を真っ赤にしながらそんなことを言ってくる。


それは狙ってやってるのか? もしかしてアナは俺の理性を破壊するために狙ってそんなことをやってるんじゃないだろうか?


そんなあり得ない考えが頭をぎるほどの破壊力があった。


俺は自分を落ち着けるべく深呼吸をしてこのまま押し倒したくなる衝動を堪える。


「いえ、アナ様。アナ様はとても軽いですから、何時間だって大丈夫です」

「な、何時間もするのかっ!?」


何故か慌てたアナが大声を上げてしまい、その声で気付かれてしまったかと思い俺は周りを見回す。


するとその視線の先にはニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべた変態の姿がそこにあった。そして何故か他の精霊たちが続々と集まっている。


ま、まさか?


『おっおっ! 聞いたお聞いたお!』


そう言うといきなり身振り手振りで変態が俺たちの真似をした風な演技で揶揄からかってきた。


『 「ハニー、重くはなかったかお?」「おお、マイエンジェル、君はとっても軽いんだおっ。このまま君を攫って 100 年だって逃げて見せるんだおっ!」「まあ、ハニー、素敵なんだおっ!」』


すると変態の周りに集まってきた無数の精霊たちが変態の身振り手振りを真似て一斉にその動作をする。


「こ、このっ!」

「お、おい、アレン! エルフたちが」


俺がアナに言われて辺りを見回すと、ニヤニヤした表情のエルフたちが手に思い思いの果物を持って俺たちに迫ってくる。


「に、逃げましょう」

「ああ」


俺はアナの手を引くとその場から慌てて逃げ出したのだった。

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