第54話 町人Aは変態に悪役令嬢を紹介する

「ア、アレン?」


抱っこからの高い高いに続いて肩車をさせられていた俺に、女王様の部屋からようやく出てきたアナが恐る恐る声をかけてきた。


何故そんなにおっかなびっくりな感じなのだろうか?


俺はミリィちゃんを下ろすとアナに二人を紹介する。


「アナ様。こちら、女王様の末の娘のミリルレルラ様です。そして、一応ここにいて、一応光の精霊であるロー様の契約者でもあります」


俺は変態を指さして「一応」と二回言っておいた。大事なことだからな。


『一応とはなんだお? 失礼だお?』


よく分からない変態の抗議を無視して俺はミリィちゃんにアナを紹介する。


「ミリィちゃん、この人は俺の大切な女性でアナスタシア様だよ」


するとミリィちゃんはじっとアナを見つめる。アナはそんなミリィちゃんに優雅に礼を取って挨拶をする。


「アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットと申します。お会いできて光栄です。ミリルレルラ様。それと……」


アナはキョロキョロと辺りを見回す。


『アレンうじ、まさかこの年増が嫁かお? あと普通の人間には精霊は見えないんだお。アレン氏はそんなことも忘れてたのかお? プークスクス』


変態が色々と失礼なことを言っている。こんなのが光の精霊とか、本当に、本ッ当に世も末だ。


「(じゃあなんで俺にはお前が見えてんだよ?)」

『エルフのお守りの所有者であるアレン氏は特別だお。アレン氏は名誉エルフだお』


俺が小声で変態に訪ねると、そんな答えが帰ってきた。


「どうやらエルフの助けを借りないと精霊は見えないようですが、ここに一応います。はい。一応」


そう言って俺は変態を指さす。


「……そうか」


少し残念そうな表情を浮かべ、そして何も見えていないだろうにアナは俺の指した方向に向き直って再び淑女の礼を取った。


「光の精霊ロー様、アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットと申します」

『ふーん? 年増のくせに素直なんだお? 実は良い BBA ……ん? どこかで聞いたことある気がするんだお? ……おっ? クライネルでラムズレットって、ラムズレット公爵家かおっ? おっ? おっ?』


そう言いながらアナの周りを飛び回り、ジロジロと全身をくまなく見て回る。


『言われてみればリザたんの面影があるんだお? もしかしてこの娘はゲルハルトとエリザヴェータの娘のアナスタシアなのかおっ!?』

「(何だ、お前知り合いか?)」

『知り合いも何も、リザたんがまだ幼女だったころに魔法を教えたのはこのボクチンなんだおっ。あの頃のリザたんは天使だったんだおっ』

「……」


こいつ、やっぱりここに隔離して正解だったようだ。


『そういえば、結婚して子供が生まれてから一回しか会いに行ってなかったんだお。あの時の幼女がまさかもうこんな BBA になってるなんて! 失敗したんだお!』

「お、おう……」


俺がずっと小声で変態と話していると、アナは淑女の礼を取ったままミリィちゃんにじっと見つめられて居心地が悪そうにしている。そしてたまらず俺に助けを求めてきた。


「お、おい、アレン……」

「ええと、アナ様。礼を取る必要はないかと。あ、そうか。ミリィちゃん、アナお姉ちゃんが抱っこしてくれるって」

「え? アレン?」


俺がそう言うとにぱっと笑顔を浮かべたミリィちゃんがアナに抱っこをせがみに行く。アナはひきつった表情を浮かべながらぎこちない手つきでミリィちゃんを抱き上げる。


凄まじい美少女がエルフの美幼女を抱っこしている。しかも美幼女のほうは抱っこをしてもらえてご満悦の様子だ。


まるで絵画のようにそれはそれは美しい光景だ。アナの表情が引きつっている点を除けば、ではあるが。


『ふーん? ボクチンのミリィたんも懐いているし、やっぱり悪人ではなさそうなんだおっ。あれ? でもアレン氏、平民じゃなかったかお?』

「(それがどうかしたのか?)」

『なるほどなるほど。アレン氏、意外と火遊びが好きなんだお? なるほどなんだお? おっおっ?』


あーうぜぇ。変態のくせにウザ絡みかよ。くそっ。


分かってるさ。俺がアナのことを好きになっちゃいけないし、アナも俺を相手にしちゃいけないなんてことぐらい。


アナはいずれ政略結婚をしなきゃいけない。そしてその相手は王太子では無くなったが、高位の貴族かあるいは外国の王族か。


アナは平民の俺には決して手に入ることのない高嶺の花なのだ。俺にはそんなことは願う事すら許されない。


だというのに!


母さんを救うためだったのにいつの間にか守りたい人が増え、そして願ってはいけないことを願ってしまっている。


くそっ!


『その顔はそういうことなんだおっ? アレン氏はあの娘に本気なんだおっ? おっおっ。ボクチンのことを散々変態とか罵っておきながら道ならぬ恋するとか、ダブスタもいいところなんだおっ? プークスクス。ねぇねぇ今どんな気持ちかお? NDK? NDK?』


ぐぬぬ、悔しいが言い返せない。


『まあいいお。ボクチンも鬼じゃないお。この里の中なら外には漏れないから大丈夫だお。今晩はやることやってすっきりすればいいんだおっ』

「なおさら悪いわ! あ……すみません」


つい大声を出してしまい、驚いたアナとミリィちゃんに謝る。そんな俺をニヤニヤした表情の変態と胡乱気な表情のアナ、そしてキョトンとした表情のミリィちゃんが見つめていたのだった。

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