第56話 町人Aはエルフの夏祭りに参加する(後編)

俺たちが逃げる先には果物を手にしたエルフたちがニヤニヤしながら待ち構えていた。


「こ、こっちに」


俺は再びアナの手を引いて逃げるが、やはりその先にもエルフたちが先回りしている。


そうして逃げ回るが、俺たちはついに壁際に追い詰められてしまった。


「くそっ」


たまに投げつけられる果物を俺は風魔法で逸らしたり、手で受け止めたり、時には体をはって守ったりしているが、完全に遊ばれている状態だ。


それに何よりあのニヤニヤしている変態が心の底から腹立たしい。


「アレンさん、惜しかったですねぇ。いやあ、お熱いものを見せてもらいました」

「でもそんなに簡単にゴールインなんかさせませんよ」

「そうだそうだ。俺たちだって彼女がいないのに!」


もはや単なる嫉妬からくる言いがかりにしか聞こえないが、ここはアナを守ることだけを考えよう。


だがしかし物を壊せないという制約がある以上は【錬金】で派手なことはできない。


「じゃあ、アレンさんもその彼女は諦めて 10 年、俺たちと一緒に喪男してもらいますよ」

「へへへ、ざまぁみろ」


そういってエルフたちが手に持った大量の果物を次々投げつけてきた。


『プークスクス』


ニヤケ顔の変態が目の前で俺をプギャーと指さしている。


くそっ! 万事休すか?


いや、そうじゃない! こうなったらアナだけでも守らねば!


「アナ様、失礼します!」


俺はアナをそのまま自分の胸に抱きしめて押し倒すと俺の体を盾にして果物の攻撃を受ける。


「お、おい! アレン?」

「こうして時間切れまで耐えていればアナ様を守れますから」

「アレン!? ……ええい、ふざけるな! マナよ。万物の根源たるマナよ。我が命に従い氷となりてその形を成せ。氷棺」


アナが氷魔法を発動すると俺たちをすっぽり包み込むように氷の棺桶が形成された。


当然だが、氷なのでものすごく冷たい。


「何が時間切れまで耐える、だ。それでお前がボコボコにされては意味がないだろう!」

「ですが……アナ様……」

「アナ、でいい。このエルフの里では、人間の世界の身分など関係ないと、そう女王陛下に言われた。だから、その、なんだ。この里にいる間だけは……」


最初は饒舌に喋っていたアナの声がどんどん消え入りそうな程に小さくなっていき、それと比例するかのように最初は怒りの表情だったのがどんどん羞恥の表情へと変わっていく。


「アナ様……いやアナ。それって……」

「……ああ」


氷の棺桶の中で俺たちは外側でエルフと精霊たちが見ているのも忘れて見つめ合う。


そして。


コンコン


氷棺がノックされる音で俺たちはハッとなり、顔を上げる。


透明な氷の外側に困った表情の女王様がおり、俺たちを覗き込んでいる。周りのエルフたちももう果物を持っていない。


「あっ。え、ええと、アナ……」

「あ、アレン。ああ」


アナが恥ずかしそうに顔を逸らし、そして氷棺の魔法を解く。


その瞬間、近くにいたシェリルラルラさんが果物を投げつけてきた。しかし俺はその動作を見逃さなかった。


体をよじってアナを庇うとその果物を顔面で受け止める。顔に何だかわからない赤い果物の果汁がべっとりと張り付き、甘い香りと共に俺の視界を塞ぐ。


そして次の瞬間、終了を告げる銅鑼の音が聞こえてきたのだった。


「シェリルラルラさん?」

「ふふん。最後まで油断しないでよく頑張ったわね」

「アレン……その、すまない。私が油断したせいで」

「いえ。俺のほうこそ。ですが、きちんとお守りしましたよ」


俺がそう言うとアナも笑い、そして嬉しそうに言った。


ありがとう、私のナイト様、と。


****


こうして果汁まみれになりながらも何とかアナの花冠を守り切った俺たちは、同じく果汁まみれの他の参加者たちと中央広場で再会した。


4 組のうち 2 組は女性を守れなかったようだ。だが、それほど悲嘆にくれている風でもなく、次こそはがんばろう、などと励まし合っている。その様子は何だか部活の大会とかでまた次の大会で頑張ろうと言っているような印象を受ける。


やはり寿命が違うと時間の感覚は随分と違うのだなとしみじみ思った。


さて、残りの 2 組はそれぞれ女性が男性に花冠を渡し、そして女性が額に口付けをする。


受け取った男性は花冠に口付けを落としてから再び女性に被せ、そしてその唇に口付けを、というかディープキスをした。すると辺りにいた精霊たちがそれぞれキラキラとした光を降らせている。


「おお、すごい」

「キ、キ、キスまで、す、す、する、の、だな……」


精霊たちが見えている俺と見えていないアナではやはり感じるものが違うようだ。


「アナ、これ以上は嫌なら、キスは、その、ふりだけでも……」


俺がそう言ったら睨み付けられ、足を踏むぞという動作をされてしまった。


俺は気を遣ったのに。理不尽だ。


さて。そして最後に俺たちの番となった。


俺はアナの前に跪き、そしてアナが花冠を俺に手渡してきたのでそれを受け取り、瞳を閉じる。そしてふわりとしたチュッと俺の額に優しく口付けが落とされる。


俺は立ち上がると花冠に口付けをし、それをアナに被せる。


「よろしいんですね?」

「くどい。お前も男なら覚悟を決めろ」

「はい」


アナが瞳を閉じて少し上を向き、唇を突き出す。そのピンク色で可愛らしい唇に俺は優しく口付けを落とした。


そのまま唇を吸い、そして舌を差し入れてアナの歯列を優しくノックする。そんな俺にアナもおずおずと舌を絡めてきて。


俺たちのファーストキスは、とても甘いがよく知らない赤い果物の香りで満たされていたのだった。


そんな俺たちにも精霊たちは光のシャワーを振らせてくれる。


それから俺とアナの唇は名残惜しくも離れ、アナが上気して少しトロンとした顔で俺を見つめてくる。そして次の瞬間、アナは目を見開いて周囲を見回した。


「こ、この光は?」

「精霊の祝福だそうです」

「これが……」


アナはうっとりとそのあまりに幻想的な光景に見とれている。


するとそこにあの変態がやってきた。


「エリザヴェータとゲルハルトの娘、アナスタシア」


なんだと!? こいつがまともな口調で話すなんて!


「あなたは?」

「私は光の精霊ロー、そして無私の大賢者ロリンガスに連なる者です」


……無私……だと……!?


あの変態のリビドーを凝縮したかのようなこいつがか!? しかもそんな恥ずかしい事を自分で言うか!?


「ロリンガス様に? ああ、ロリンガス様っ!」


アナがどうしてこんなに感動しているのかと疑問に思ったが、よくよく考えたらこの変態はエリザヴェータさんの魔法の先生なんだったな。


はぁ。


「アナスタシア、あなたの覚悟と愛、しかと見届けました。あなたに私の聖なる祝福を授けましょう」


変態は変態らしからぬよそ行きの芝居じみた口調でそう言うとアナの頭に手を置いた。するとアナの体は柔らかな暖かい光に包まれる。


今の俺はこの光景を死んだ目で見つめている事だろう。


「あなたがその愛を失わぬ限り、光の精霊ローとロリンガスの魂は常にあなたを守るでしょう。アナスタシア、アレンの事をよろしく頼みましたよ」

「ああ、ロー様。ロリンガス様。はい! はい! ありがとうございます!」


感動のあまり涙を流して興奮するアナの周りを精霊たちがまるで祝福するかのように飛び回り、周囲にはキラキラと幻想的な光が舞い踊る。


そんな美しい光景を俺は何とも言えない複雑な気持ちで見つめるのだった。

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