第57話 町人Aは悪役令嬢と……

その後、エルフの里は上を下への大騒ぎとなった。


光の精霊が人間の女性に祝福を与えた。


10 年に一度の夏祭りというエルフの里の者たちが総出で祝うこのお祭りで起きたこの事を知らぬ者はいない。


この一件でアナは完全に里のエルフたちに認められ、受け入れられた。そこまでは良かったのだが……。


「アレン様、アナスタシアさん、おめでとうございます」


女王様が俺たちにお祝いの言葉をかけてくれる。


「あ、ありがとうございます」

「ふ、ふん。でもお似合いの夫婦よね」


シェリルラルラさんもだ。だが、結婚したわけではないんだぞ?


「「「おめでとー」」」

「ど、どうも」


さて、見ての通り俺とアナは今、完全に夫婦として扱われている。後から知ったのだが、あのイベントは要するにエルフの結婚式みたいなものだったのだ。


ただ、エルフの場合は人間のように結婚という概念はない。


仲良くなって気が合えばパートナーとなって夫婦のような関係になり、そして合わなくなれば何となくさらりと別れてしまうのだそうだ。


ただこの夏祭りのイベントを越えた場合は別だそうで、このイベントに参加するという事は子供を作りたい、という意思表示になるのだそうだ。


そしてあの喪男云々言ってきたあいつらは何だったのかと言えば、どうやらそういう役回りを持ち回りで決めてエルフたちで楽しんでいるらしい。


実際、あの中の一人はパートナーがいて子供もいるらしい。


と、まあ、そんなイベントに飛び入りで参加し、しかも乗り越えてしまったのだから当然エルフたちは俺たちがそれほどの深い仲だと思っている。


そして人間が子供を作ると言えば結婚、と思っている彼らは俺たちが結婚したと思ってお祝いを言ってきているという訳だ。


だが、ひとこと言わせてもらいたい。


そこまで大事なことなら先に言え!


そんな俺にアナが話しかけてきた。


「なぁ、アレン。私はこの里がすごく好きだ。エルフたちも、精霊たちも皆幸せそうにしている」

「そうですね」

「民から税を取り立てて、その金を使って無駄に贅沢な暮らしをしている王族も貴族もいない。誰もが平等だ」

「はい」

「何故、人間はこうあることができないんだろうな……」


そう言ったアナの表情は酷く悲し気に見えた。


たき火を囲んで賑やかな音楽が鳴り響き、エルフたちが、精霊たちがそれぞれ楽しそうに踊ったり歌ったりしている。


エルフの里のお姫様であるはずのシェリルラルラさんもその輪の中に混じって楽しそうに踊っており、そこに身分の壁なんてものは見当たらない。


ただ単に、シェリルラルラさんという一人のエルフが存在しているだけだ。


「王とは、貴族とは一体何なのだろうか?」

「アナ……」


エルフの里にも女王様はいる。だが、強権的に何かを決めている様子はなく、どちらかというと困ったことが起きた時に調停役をしたり、あとほとんどないが外敵が現れた時に何かするくらいだ。


間違っても、あの王太子のように身分を笠に着て命令したりすることなどない。


「だが、やはり人間には無理なのだろうな」


アナはそう寂しそうにつぶやくと俺に頭を預けてきた。俺はそんなアナの肩を抱いて優しく支えてやる。


「なあ、アレン。ここなら私はラムズレット公爵令嬢ではなく、ただのアナスタシアでいられるんだろうか?」

「……そうですね」


愛しい、大切にしたい、守りたい、そんな気持ちが心から湧き上がってくる。


「それならアレンも、平民のアレンではなく、ただのアレンでいてくれるのか?」


潤んだ瞳でアナが縋る様に俺を見つめてくる。


俺はたまらずその唇を塞いだ。


その時間はまるで永遠かのように思えて。それで……。





エルフの里の夜は更けていく。


ここは決して人間の立ち入れぬ迷いの森の奥深く。10 年に一度、楽し気な音楽と踊りが新たなカップルの誕生を祝って鳴り響いている。


そしてその夜、俺とアナは……。


****


俺が目を覚ますと、左腕の感覚が一切なかった。


ああ、そうだった。


そして俺はその原因でもある大切な存在を思いやる。俺の左腕を枕に安らかな寝息を立てる彼女はどこまでも美しく、いつまでも見ていたいという欲求とあまり遅くなるのもどうかという相反する二つの感情を覚える。


そんな葛藤を覚えつつ、起こすべきかどうかを悩んでいるとアナが目を覚ました。


「あ……」


俺と目が遭った瞬間に真っ赤になり、そして伏し目がちになる。


「おはよう。アナ」

「お、おはよう、アレン……」


そう返事をしたきりアナは黙りこくってしまった。


「ええと、アナ。起きる?」

「ああ、ええと、そ、そうだ。服を着ないと」


そう言ってアナはベッドから立ち上がると、アナらしからぬ何かを庇うようなぎこちない足取りでゆっくりと自分の荷物のほうへと歩いていったのだった。


****


俺はアナと一緒に里の外れにある美しい泉にやってきた。


澄み切った水を満々とたたえるその泉の周りには種々の花々が咲き誇っており、その周りを精霊たちがちらほらと飛んでいるというとても神秘的な雰囲気の場所だ。


そんな中、俺は勇気を振り絞って口を開く。


「アナ、あのさ?」

「何だ?」

「その、昨日の事なんだけど」


そう言った瞬間に一気にアナの顔に朱が滲む。


「な? い、今更になって謝ったりなどするなよ? わ、私はっ!」


慌てたようにそう言ったアナに俺は首を振ると跪く。


「アナ。俺、いつになるかわからないけど、必ず公爵様に認められるように、アナを迎えに行けるように手柄を立てます。そしてずっと、アナを守ります。だから、その、順番は逆になってしまったけど、俺と結婚して下さい」


俺はそう言って身代わりの指輪を差し出した。


そんな俺の顔と差し出した指輪を交互に見て、そしてアナは涙をポロポロと流し始める。


「……はい」


そう言ってくれたアナの左の薬指に、俺は身代わりの指輪をそっと通したのだった。

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