第58話 町人Aは再び呼び出しを受ける

そしてその日の昼過ぎに俺たちはブイトールで飛び立つと、アナと密着した状態で王都へのフライトを楽しんだ。その時間は俺たちが身分を忘れていられる最後の時間で、俺たちは噛みしめるように空からの景色を堪能したのだった。


ちなみに、出発の間際にアナは妖精の髪飾りという装飾品をエルフの女王様からプレゼントされた。これでアナも一人で迷いの森を抜けることができるだろう。


多分使うことはないだろうがな。


これは元々はエイミーが手に入れるはずだったアイテムなわけだが、まあ別に問題ないだろう。魔物がいないのだからエルフの里はエイミー達を受け入れないだろうし、もしエイミーたちが迷いの森に行っても王太子たちと一緒に集団で遭難するだけだ。


あれ? それはそれでいろんな問題がまとめて解決するような?


ま、まあいいや。


ええと。ああ、そうだ。あの変態だが、アナがその姿を見られるようになったせいかずっと猫を被っていた。ただ、別れ際に耳元で「やることやってスッキリしたかお?」などと言われた時は思わず大声を上げそうになったが何とか我慢した。


相変わらず変態は変態だ。まあ、感謝はしているわけだが……。


それと、ゲームではエイミーに与えられるはずの聖なる祝福がアナに与えられた以上、エイミーが聖女になるルートはもう無くなったはずだ。そうなれば、聖女ではないただの男爵令嬢であるエイミーが、一夫一婦制が基本のこの世界で逆ハーでゴールインすることはもはや不可能なのではないかと思う。


はっきり言って、もうエイミーは詰んでいる。そう思うのは俺だけではあるまい。


さて。そうしてアナを公爵邸に送り届けた翌日、俺は想定通り公爵様に呼び出しを受けた。


「さて、アレン。お前は何故呼び出されたか、分かっているな?」

「はい」

「では、説明しろ。あの指輪は何だ? 何故、娘が左の薬指にあんな指輪を着けているのだ?」

「あれは、俺が贈ったものです」


そう言った瞬間、公爵様の顔に怒りの形相が浮かんだ。


「この馬鹿者が! 決闘騒ぎの際に後ろ盾になってやり、王家から庇ってやったのを忘れたか!」


だがこの反応は想定の範囲内だ。


「それはお互い様ではありませんか。それとも、あのままアナスタシア様があのような非道な方法で敗れ、そして公爵家の名誉を貶められたままのほうが良かったと?」

「黙れ! お前は平民だ! そして娘は貴族、しかもこのラムズレット公爵家の娘だ! そこらの貴族の娘とは重みが違うのだ!」

「はい。だからこそのあの指輪です」


そう言った瞬間、公爵様がまるで虚をつかれたかのような表情でポカンとし、そしてまた怒り狂う。


よしよし。これは何十パターンと想定したうちの一つだ。


「馬鹿なことを言うな! 平民の贈った指輪を公爵家の娘が着けるなど! あまつさえ、左の薬指だぞ!」


この反応も想定通りだ。さて、そろそろ冷却してやろう。


「公爵様、あの指輪はただの指輪ではありません。あれは『身代わりの指輪』という叙事詩エピック級の装飾品です。あの指輪を身につけている者が殺されると、一度だけ指輪が身代わりとなり命を助けるという特別な代物です。それに俺が常にアナスタシア様をお守りできるとは限りません。ですから、アナスタシア様に対する俺の気持ちの証として、身代わりの指輪をお贈りしました」

「なっ? 叙事詩エピック級だと!? 一体どうやってそんな物を?」


俺の贈った指輪が本来は王が身につけているべき叙事詩エピック級の装飾品と聞いて公爵様が自ら話を脱線させていく。


このパターンも想定済みだ。これならいけるだろう。


「俺は冒険者ですから。かの有名な、風の山の迷宮に潜り自分で見つけて参りました」

「なっ!? 風の山の迷宮だと!? あそこはまだ 8 層までしか攻略されていない最難関の迷宮ではないか!」

「その風の山の迷宮の第 28 層、浮遊小島のギミック層にある隠し部屋より入手しました」

「第 28 層だと!?」

「はい。風の山の迷宮は全 30 層から成り、最終層のボスはブリザードフェニックスでした」

「ブリザードフェニックスだと!? まさか本当に倒していたというのか!?」

「はい。前に申し上げた通り、その単独討伐に成功したのが俺です」

「なっ? いや、そんな馬鹿なことが」


俺の言葉に公爵様は完全に呑まれている様子だが、それでも俺の言葉そのものを疑っている様子だ。


そこでダメ押しにブリザードフェニックスの魔石と尾羽、そして風切り羽をバッグから取り出して公爵様に差し出す。


「これは?」

「これがその証です。ブリザードフェニックスの魔石と尾羽、そして風切り羽です。私にとってはいくらでも入手できるものですので、どうぞお納めください」


すると公爵様はしばらくの間黙り込んだ。


そして長い長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「何が望みだ?」

「爵位を得られるだけの武勲を得られる場を。そして十分な戦果を得たなら、アナスタシア様の隣に立ち、俺の残りの人生の全てを懸けて彼女をお守りする権利を頂きたい」


公爵様は眉間にしわを寄せ、そして再び長い沈黙の後、吐き捨てるように答えた。


「3 年だ。その間は待ってやる。だが、これ以上の関係に進む事は許さん」

「はい。感謝します」


俺は頭を下げて礼をする。すると、そんな俺を公爵様はギロリと一睨みし、そしてまたもや吐き捨てるように言った。


「覚悟しておけよ。死んだ方がマシだと思えるほどの過酷な戦場に送り込んでやるからな」

「……望むところです。何なら俺一人ででも、敵の本拠地に乗り込んでやりますよ」

「良いだろう」


俺はそう啖呵を切り、公爵邸を後にしたのだった。

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