【Web版】町人Aは悪役令嬢をどうしても救いたい【コミカライズ連載中】
一色孝太郎
第1話 町人Aは前世の記憶を思い出す
「アナスタシア、今この時をもってお前との婚約を破棄する!」
煌びやかなダンスホールに男の声が響き渡る。
ここはセントラーレン王国王都ルールデンにある王城で、王立高等学園の学年度末パーティーが行われている真っ只中である。
声の主はカールハインツ・バルティーユ・フォン・セントラーレン王太子殿下。この国、セントラーレン王国の王族の特徴である燃えるような美しい赤髪に青い瞳、そしてすらっとした細マッチョ体型のいかにも王子様らしいイケメンだ。
彼の隣にはピンク色の髪に緑の瞳を持つ可憐で小柄で庇護欲をそそる女性、エイミー・フォン・ブレイエス男爵令嬢が不安そうな表情で寄り添っている。
そんな彼女を守るかのように王太子殿下の他に 4 人のイケメンが取り囲んでいる。
右から順に一人目がマルクス・フォン・バインツ。宮廷魔術師長でもあるバインツ伯爵家の嫡男で、黒髪に茶色の瞳、眼鏡をかけた知的な印象の男だ。
二人目はレオナルド・フォン・ジュークス。近衛騎士団長を務めるジュークス子爵の嫡男で、茶髪に意志の強そうな青い瞳を持つ筋肉質の男だ。
三人目はオスカー・フォン・ウィムレット。王国一の大富豪であるウィムレット侯爵の嫡男で、ウェーブのかかった金の長い髪に緑の瞳を持つまるで女性と見紛うかのような美貌が特徴的だ。
最後はクロード・ジャスティネ・ドゥ・ウェスタデール。西の隣国であるウェスタデール王国の第三王子で、黒目黒髪に褐色の肌を持つワイルドな印象の男だ。
さて、そんな王太子に婚約破棄を突きつけられているのはその婚約者であるアナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレット。夜空に輝く月のような薄金色の長く美しい髪と透き通るようなアイスブルーの瞳、そして凛とした気の強そうな印象を与える整った顔立ちをしたこの女性はこの国の三大公爵に数えられる名門ラムズレット公爵家のご令嬢だ。
「殿下、仰る意味が分かりません」
「ふん。相変わらず理解の悪い女だ。お前のような性根の腐った女ではなくこの心優しく癒しの力を持ったエイミーこそが俺の婚約者に相応しい」
ピクリと眉根を動かすが、それ以上表情は崩さずにアナスタシアは王太子に反論する。
「礼儀作法も貴族の何たるかも、国とは何かをも知らぬその女が良いと仰るのですか? 殿下はその女に国母が務まると本気でお考えなのですか?」
アナスタシアは表情を崩さぬまま冷たい視線をエイミーへと向ける。
その視線を受けたエイミーはピクリと縮みあがり、それを王太子は優しく抱き寄せる。
「馬鹿なことを言うな! 彼女の優しさこそがこの国には必要なのだ。いちいち下らん理屈をコネ回すお前など必要ない。そもそも、俺たちはお前がエイミーに対して行ってきた数々の嫌がらせを知っている! お前のような性根の女こそ国母に相応しくない!」
瞳に怒りの炎を燃やしてアナスタシアを糾弾する王太子殿下、そして取り巻きの 4 人の男性がそうだそうだ、とはやし立てる。
****
と、いう夢を見たのさ、で終われば苦労はない。
俺の名前はアレン。セントラーレン王国の王都ルールデンに住んでいる 8 才のごく普通の少年だ。家族は母親が一人だけ。貧しいけれど何とか暮らしている。
ただ一つ普通でないのは、先ほどやたらと巨大なくしゃみをした弾みで航空エンジニアとして働いていた前世の記憶を思い出した、ということだ。
大丈夫、記憶は戻ったが俺はアレンで間違いない。
人格は前世のまま今の今まで行動してきて、ちょうど今しがた前世の記憶が突然戻ってきた、そんな感覚だ。混乱はしているが違和感は全くない。
さて、突然だが今の状況はまずい。とにかく非常にまずいのだ。
まず説明しておくと、この世界はスマホ向けに配信されていた乙女ゲーム「マジカル☆ファンタジー~恋のドキドキ♡スクールライフ~」の世界だと思う。
とりあえず今はこの残念なゲームタイトルのネーミングセンスは置いておいてくれ。
で、何がまずいのかというとだ。このままだと俺も母さんも、町の人たちも 8 年後に全員殺されてしまうのだ。
それに気付いたのは俺の住んでいる国と町の名前、そして 8 才のカールハインツという名前の王太子殿下とアナスタシアという名前の公爵令嬢の婚約のニュースが前世の記憶と結びついたからだ。
だからとにかくだな。
おっと、ちょっと焦りすぎたかもしれない。
まずはゲームの話の続きをしよう。
この後、あまりの一方的な非難に耐えられなくなったアナスタシアは手袋を取り、エイミーへと投げつけて決闘を申し込む。
アナスタシアという女性は非常に冷静で氷のような女性と思われがちなのだが、本当は強い意志で感情を抑え込んでいる女性だ。そしてこの時はそれまでの経緯もあって怒りがその自制心を上回った格好だったのだろう。
そして、決闘を申し込んだはいいものの、エイミーの決闘の代理人として婚約者であるはずの王太子が自ら立候補してくるのだ。
流石に王太子に決闘を挑む者などおらず、アナスタシアは自ら戦い敗れてしまう。
敗れたアナスタシアはそのまま学園に姿を見せることなく地方の修道院へと送られ、その道中で賊に襲われて行方知れずとなる。
ここまででも中々のクソゲ……ゲフンゲフン、ひどい展開なわけだが、話はこれでは終わらない。
まず、胸糞悪いことにその賊は王太子たちの差し金だ。
いや、正確にはゲームの中で明確にそう説明する描写はなかったが、そう思わせる発言がそこかしこに登場する。
そしてこの事がきっかけとなって権力のバランスが崩れて内乱が勃発、王国の政治は大きく乱れる。そしてその混乱に乗じて東の隣国エスト帝国が戦争をしかけてくる。そして混乱した王国はその電光石火の進軍に対応できず、俺たちの暮らす王都ルールデンは
これが、俺が非常にまずいと言っている内容だ。だが、俺は声を大にして言いたい。
お前らの下らない乱痴気騒ぎに俺たち民衆を巻き込むな、と。
というわけで、ともかく俺は第一に母さんの安全を確保したいと思う。
そしてそのためには、帝国による侵略を受けない状況を作る必要がある。
ちなみに、ルールデンを捨てて逃げるという選択肢を取ることはできない。生まれ育った愛着のあるこの町を出ていきたくないというのもあるが、そもそもこの国には引っ越しの自由がないのだ。封建制度であるこの国は領民の人数がそのまま領主の力へと直結している。そのため、結婚や家族に引き取られるなどの正当な理由がない限りはなかなか別の町への引っ越しは認められないのだ。
さて、方法はいくつか考えられるのだが、俺は悪役令嬢アナスタシアの断罪をひっくり返す道を選ぶことにした。
その理由は二つだ。まず一つは仮にゲームの通りに進むのだとしたら何をすればひっくり返せるのか予測可能なことだ。そしてもう一つの理由は単純に俺が彼女のことを救ってあげたいからだ。
アナスタシアはこのゲームで俺が気に入った唯一のキャラだ。死んでほしくない。
この悪役令嬢アナスタシア、悪役などと言われているが俺から言わせてもらうとどう考えてもまともなのだ。
「身分制度があるのだから礼節をわきまえろ」
「式典や食事のマナーを守れ」
「婚約者がいるのだから配慮して誤解を生むようなことはするな、させるな」
「民の税金で生きているのだから政略結婚の意味を考えて国のため民のために努力をしろ」
「王太子には王太子の、貴族には貴族の果たすべき責任がある。それを全うしろ」
言葉やニュアンスが若干違うところはあるだろうが、アナスタシアの言い分はだいたいこんな感じだ。
これを言われていじめだ、上からでウザイ、小言ばかりでつまらない、ラブ&ピース最高って、どうよ?
しかもその結果が王都壊滅とか、ね?
さらに言うとアナスタシアは 8 才で王太子との政略結婚が決まり、そこから国母となるべく血のにじむような努力を重ねてきた。
公爵令嬢として、将来の国母として立ち居振る舞いを身に着けるだけでなく、持ち合わせた才能に驕ることなく勉強、魔法、芸術、そして剣の才能までも開花させた超がつくほどの努力家なのだ。
その努力の行きついた先がこれではあんまりだとは思わないか?
しかも、断罪イベントの後に行方不明となったアナスタシアは死んだわけではない。彼女は賊によって慰み者にされ、心身ともにズタボロにされた後にエスト帝国へと売られるのだ。
そして、帝国より魔剣を与えられて暗黒騎士となり、その尖兵となってセントラーレン王国に攻めてくるのだ。
最終的にはその平和を願う慈愛の心で聖女(笑)の力に目覚めたエイミー様と攻略対象者たち――王太子と先ほどの取り巻きの計 5 名だ――が力を合わせて帝国と闇堕ちしたアナスタシアを打倒して国を取り返し、そして結ばれるというのがこのゲームのストーリーだ。
ちなみに、アナスタシアの実家は内乱の時に政治的な理由で傍観していたにも関わらず首謀者としてでっち上げられて一族郎党処刑されている。もちろん、これもアナスタシアが闇堕ちする理由の一つだったりする。
もう、さ。ね?
制作チームの悪意を感じざるを得ない。
で、だ。こんなことを俺がなんで知っているかというとそれはクソ姉貴のせいだ。姉貴は、彼氏に振られたと俺の一人暮らしの部屋に居座っては、毎晩泥酔してウザ絡みしてきた。その姉貴からこのゲームを完全攻略して全てのイベントスチルの回収をしろ、と命令されたのだ。それで気分が晴れれば出て行ってやる、と。
姉貴曰く、お前はゲーム得意だからすぐに何とかなるだろ、だそうだ。
流石にそのまま放り出すわけにもいかないし、やらないと酔っ払いの絡みがウザすぎるので止む無く攻略してやったわけだ。まあ、実際ゲームは得意だったし、それにそんなクソ姉貴でも姉なわけで。
しかし、何が悲しくて男の俺が野郎の好感度をあげにゃならんのだ、と何度も何度も何度も何度も空しい気分になったのは言うまでもない。
あー、思い出したら腹が立ってきた。
しかも乙女ゲーのクセに RTS
あ、う、やめよう。前世の話だがこいつは黒歴史だ。もう思い出したくもない。
と、まあ、そんなわけで俺は悪役令嬢アナスタシアが助かる方向で進めたい。
これは俺の意地みたいなものだ。もちろん、アナスタシアとワンチャン、と思わないでもない。美人だし性格も俺から見ればまともに見えるし。
ただ、現実的に考えて一介の町民が公爵令嬢と結ばれるなどあり得ない話だ。
そもそも、俺はゲームに登場すらしていないただの町民だ。登場すらしていないのだから Mob ですらない。
もし俺に働く強制力のようなものがあるのだとすれば、それは「その後、ルールデンの住民たちの姿を見た者はいない」というルールデン陥落イベントの時のこの一文くらいだろう。
破滅まであと 8 年。できる限りの手を打っていこうじゃないか。
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※1)リアルタイムストラテジーの略で、将棋のようなターン制ではなくリアルタイムで命令を与える必要がある
※2)逆ハーレムの略で、一人の女性が複数の男性から寵愛を受けている状態のこと
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