後日談第6話 元町人Aは森の魔女と話す

「魔女!?」


 その言葉に嫌な思い出が蘇り、反射的に【鑑定】を使用した。


────

名前:???

年齢: ???

加護:???

スキル:???

居住地:???

所持金: ???

レベル: ???

体力:???

魔力:???

実績:???

────


「え?」


 何も見ることができない! そんな馬鹿な!?


 俺は慌ててアナを庇うように彼女の前に立つとニコフを構える。


 エイミーの能力は言霊による洗脳だったが、こいつのは一体なんだ?


「……【鑑定】を弾けるほどに私とあなたでは力の差があるということです。その道具が何なのかはわかりませんが、攻撃をするなら命はありませんよ」

「ぐっ」


 どうする? まさかこれほどの相手とこんなところで相まみえることになるなんて!


 俺の背筋を嫌な汗が伝う。


「アレン。彼女からは私たちに対する害意は感じられません」


 アナはそう言っているが、本当に大丈夫なのか?


 アナを傷つけられるようなことがあれば俺は!


「アレン」


 アナが肩をそっと手で触れてくれたおかげでようやく俺は落ち着くことができた。


 俺はゆっくりと銃口を下げるが、やはり警戒感は拭えない。


 くそっ。俺はやっぱりまだまだだ。


 こんな風に予想外のことが起きるとつい冷静になれなくなってしまう。


 警戒している俺の後ろからアナが歩み出てくる。


「私たちは――」

「何者かは知りませんが、その月の魔草は必要なものです。あなた方にお渡しするわけにはいきません」


 アナが口を開くが、それを遮るように森の魔女は言葉を被せてきた。


「私たちはその月の魔草とやらを採取しに来たのではありません」


 アナは普通に話をしているが、本当に言葉を聞いて大丈夫なのか?


 アナはあの言霊による洗脳に対抗できる唯一の存在だ。


「では、何のために?」

「私たちは風の神様と氷の女神様のご神託を受け、二柱をお祀りする神殿を建設する場所を探しているのです」

「……神託? ですがその二柱の神々とこの森は何の関係もないはずです。なぜこの森にやってきたのですか?」

「私たちには一切の手掛かりがありません。しかしここにいるスカイドラゴンのメリッサからこの森には不思議な場所があると聞き、何か手掛かりがあるのではないかと考え調査に参りました」

「……」


 森の魔女は何かを考えるような素振りを見せる。


「私たちにはその月の魔草は必要ありません。主人が不躾に【鑑定】を向けたことは謝罪いたします。ですが、失礼を承知でお願いいたします。どうかお知恵をお借りすることはできませんか」

「……いいでしょう。そちらのスカイドラゴンはメリッサと言いましたか? 月の魔草を望むなら、容赦はしませんよ」


 森の魔女はそう言ってメリッサちゃんに鋭い視線を向ける。


「はいはい。別に興味ないもの。そこの美味しそうな草を食べなければ良いんでしょ?」

「ええ。分かっていただけたようで何よりです。それではこちらへ」


 俺たちは森の魔女に案内され、森の中へと分け入るのだった。


◆◇◆


「そうでしたか。世間ではそのようなことが起きていたのですね」

「俺のほうこそ、勝手に【鑑定】をして申し訳ありませんでした」

「いえ。そのような経験をしていたのでしたら、自分の家族を守ろうとするのは当然のことでしょう。それに【鑑定】されたことを認識し、遮断できる人間などいないでしょうから」

「すみません」


 森の魔女の家だという小さな小屋へと案内した俺たちは彼女に全ての事情を話した。その際当然エイミーの話にもなり、こうしてお互いの誤解を解くことができたのだ。


「そのような事情でしたら私も協力して差し上げたいのですが、私はこの森を離れるわけにはいきません」


 森の魔女はやや陰のある表情を浮かべつつそう言った。それからしばらくの沈黙の後、アナが口を開いた。


「失礼かもしれませんが、それはもしやお子様に関係のあることでしょうか?」

「!」


 森の魔女は目を見開き息を呑んだ。


「……どうして、それを?」


 絞り出すように発せられたその問いにアナはやや申し訳なさそうな声色で答える。


「そちらの食器棚に、小さなマグカップがあるのを見てそう思いました。お子様がいらっしゃるのであればもっと騒がしくてもよいはずですが……。そうではありませんので、もしや床に臥せっていらっしゃるのではないかと考えました」


 森の魔女は再び沈黙する。


「もしそうなのでしたら、私の授かった加護で何かお力になれるかも知れません」

「加護? 何の加護をお持ちだというのです?」

「【氷の聖女】です」

「!!!」


 森の魔女は再び目を見開きそのままの姿勢で固まった。


「本当に……本当に聖女なのですか?」


 その瞳は潤み、声は少し震えている。


「はい」

「もし、本当にあなたが聖女であるならば……この森に囚われた私の娘の魂を救ってやってはくれませんか?」

「森に、囚われた魂?」

「はい。魔力の強い子だったあの子は、月の魔草を生み出すこの森に囚われてしまったのです」

「そのようなことが……」


 アナは沈痛な面持ちでそう相槌を打つ。


「はい。それでもあの男さえやってこなければもう解放してやれたはずなのです」

「あの男?」


 気になった俺は思わず二人の会話に口を挟む。


「はい。あのヘボ魔法使いが。あのロリンガスという男さえこの森に来なければ!」

「え? あいつが?」


 意外な名前が出てきたため俺は思わず質問し返してしまった。だがアナにとってもその名前は意外だったようだ。


「ロリンガス様が? そんなはずはありません。あのお方が誰かの迷惑になるような行動をなさるはずはありません!」


 アナは真剣な表情で変態を擁護するが、俺としてはさもありなんという感想しかない。


 だがそんな俺をよそに話は進んでいく。


「あの男は……いえ。もう過ぎ去った話です。そんなことよりも、私にはもう時間がないのです。氷の聖女アナスタシア様。どうか私の娘の魂をこの森より解放してやってはいただけませんか?」


 森の魔女は真剣な表情でアナの顔を真っすぐに見つめる。


「さすれば、お二人が授かったという神託に協力しましょう」

「アレン?」

「うん。良いんじゃないかな?」


 どのみち手掛かりはないのだし、森に自分の娘の魂が囚われてしまうだなんて耐えられないだろう。


 それに、あの変態は今度里に行ったときにでもみっちり問い詰めてやればいいだろうしな。


「わかりました。やってみましょう」

「ありがとうございます」


 そうして森の魔女はようやく小さな笑みを浮かべたのだった。


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次話もそう遠くないうちに更新いたします。フォローをしてお待ちいただけますと幸いです。

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