後日談第5話 元町人Aは不思議な森の話を聞く

2021/03/30 誤字を修正しました

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「ふーん。導きの杖、ねぇ。そんなに危険なものなの?」


 話を聞いたメリッサちゃんはそう言って首を傾げた。


「信じられないかもしれないけど、一人の女が国の重要人物を丸ごと洗脳したんだ。今回は相手がエイミーだったからまだ何とかなったけど、もっと野心の強いやつがその力を手にしていたら世界が終わっていたかもしれないんだ」

「そうなの? ふぅん。でも、風の神様がそう言っていたならそういうものなのかしら?」


 メリッサちゃんはあまりピンとはきていない様子だが、神様が言っていたことだということで無理矢理納得した様子だ。


「それで神様の言っていた『常に風が吹き常に氷のある場所』に、世界を旅したメリッサちゃんたちなら心当たりがあるんじゃないかと思ったんだ」

「そうね。ここの神殿じゃダメなのかしら?」

「氷はないし、そうなんじゃないかな」

「そうね……。だとするとやっぱり北の寒い場所かしら? でもあたしたちも寒いところは嫌だったから北はあまり行っていないのよね」

「そっか……」


 そう簡単にはいかないようだ。


「では、何か不思議な場所は見かけませんでしたか? メリッサ」

「あら、アナちゃん。随分とお淑やかな喋り方になったわね」

「はい。私はもうアレンの妻となったのですから、これからは淑女らしくありたいのです」

「あら。いいわね。うちのジェリーももうちょっとしっかりしてくれるといいんだけどねぇ」


 メリッサちゃんはちらりと離れた場所でシエルちゃんと遊んでいるジェローム君を見た。


 相変わらずあちこちを甘噛みされたりじゃれつかれたりしている。かなり激しいので人間があれをやられたら大怪我してしまいそうだが、さすがにそこはスカイドラゴンなだけあって無傷のようだ。


「それで、不思議な場所だったわね。そうね……」


 メリッサちゃんは首を傾げてしばらく考え込んだ。


「あ、そうだ。たしかどこかの森で妙に魔力の濃い場所があったわね。どこだったかしら……」


 そう言って再びメリッサちゃんは考え込む。そして再びジェローム君の方に首を動かす。


「ねぇ、ジェリー」

「な、なあに? う、うわっ。ちょっと、今はママに話しかけられているから」

「シエル!」


 メリッサちゃんの一言でシエルちゃんはジェローム君にじゃれつくのをやめるが、構ってほしそうな顔をしてこちらを見てきた。


「きゅー?」

「仕方ありません」


 アナはすっと立ち上がるとシエルちゃんのところに行き、頭を優しく撫でてあげた。


「きゅー」


 シエルちゃんは嬉しそうに頭をアナの手に擦りつけて甘えている。


「あ、あ、あ、ありがとう」

「いえ」

「そ、そ、それで、メリッサちゃん。なあに?」

「ほら。あたしたちが旅行に行っていたときに、妙に魔力の濃い森を見つけたじゃない。あれってどのあたりだったかしら?」

「あ、えっと、えっと。た、たしか、お、オートの、に、に、西のほう?」

「ああ、そうだ。そうだったわね。うん。思い出したわ。案内してあげましょうか?」

「ありがとう」


 こうして俺たちはメリッサちゃんとジェローム君が見つけたという不思議な森へと向かうこととなったのだった。


◆◇◆


 風の神殿で一夜を明かした俺たちは風の神殿から飛び立とうとしたのだが……。


 シエルちゃんがアナにくっついて離れない。


「ほら、シエル。また遊びに来るから」

「きゅぅぅぅぅぅっ」


 アナがそう言って優しく頭を撫でてやるのだが、一向に離れる気配がない。


「シエル! めっ! アナちゃんに迷惑掛けちゃダメでしょ!」

「きゅぅぅぅぅぅっ!」


 まるで泣いているかのような声をあげ、離れるのは嫌だと必死にしがみついている。


「はあ。もうこうなったらダメね。アナちゃんにはここに残ってもらって、アレンさんだけで行く?」

「うーん……」

「いえ。そういうわけにはいきません。私も神様に頼まれたのですから」

「それもそうよねぇ。シエル!」

「きゅぅぅぅぅぅっ!」


 こんなやり取りを一時間ほど続けているとシエルちゃんは疲れたのか、アナに抱き着いたままうとうとと舟をこぎ始めた。


「ジェリー」

「う、うん」


 ジェローム君がそっとアナからシエルちゃんを引き剥がすと、尻尾で器用に使って優しく抱き上げた。


「る、る、留守番は、ま、ま、任せて」

「頼んだわよ」

「ジェローム君、またね」

「う、うん」


 こうしてジェローム君との別れを済ませると俺たちは空へと舞い上がったのだった。


◆◇◆


 数時間飛び、セントラーレンの王都からかなり西にある広大な森林地帯の上空へとやってきた。GPSなどがあるわけではないので正確には分からないが、ウェスタデールへと向かう街道よりも北側を飛んでいることは確かだ。


 領空などという概念は存在していないので問題になることはないだろうが、ここはセントラーレン王国の上空であることは間違いないはずだ。


「たしか、この辺りだったと思うのよね」


 メリッサちゃんが鼻をクンクンとしながら森の様子を確認している。


 俺がまだ冒険者だったころ、西の方は魔物が強いという話を聞いたことがある。あの乙女ゲームを考えると西に向かうのは王都陥落後だ。つまり、ゲームを基準に考えるなら「終盤だから出てくる魔物が強い」というだけの理由で片付く話だ。


 だが、ここは現実の話だ。であれば、何か理由があって強いと考えるのが妥当だろう。


 メリッサちゃんは妙に魔力の濃い森と言っていたが、そのことは魔物が強いことと何か関係があるのだろうか?


「あ、あそこね。ついてきて」


 どうやら目的の場所が見つかったらしい。メリッサちゃんの案内に従って飛んでいくと、森の中にぽっかりと開けた場所がある。


 どうやらそこには小さな池があるようだ。いや、泉といったほうが正確な大きさかもしれない。そのほとりは少し開けた草地になっているので垂直着陸はできそうだ。


「着陸するわよ」

「ああ」


 こうして俺たちはメリッサちゃんの後に続き、泉のほとりに着陸をした。


「ふう」


 着陸を終えた俺たちはシートベルトを外して地面に降り立つ。


「アレン。お疲れ様です」

「いや。大したことないよ。ありがとう」

「いえ。そんな」

「はいはい。仲が良いのは分かったから後にしてくれる?」

「あ」

「すみません」


 アナと良い雰囲気になりかけたがメリッサちゃんの一言で現実に戻された。


 ま、まあ。たしかにメリッサちゃんの言うとおりだな。


 俺はそう思い直して辺りの様子を確認する。何の変哲もない森に見えるが、泉のそばには見慣れない草が生えている。


「あの草は何だろう? やっぱりこれだけ深い森の中だと珍しい植物が生えているのかな」「あら、本当ね。でも、何だかとっても美味しそうね」


 俺にはよく分からないが、スカイドラゴンであるメリッサちゃんも草を食べるらしい。 


「あら? でも、どうして草なんかが美味しそうに見えるのかしら?」


 そう言ってメリッサちゃんも首を傾げている。


「あの草、どこかで聞いたことがあるような気はするのですが……」


 アナはどうやら心当たりがあるようだが、が思い出せずにいるようだ。


 危険があるわけではなさそうだ。そう思い、俺は近づいて【鑑定】を掛けてみる。


────

名前:月の魔草

効果:マナの豊富な場所にのみ生える特別な魔草。新月の夜にのみ種をつける。

等級:叙事詩エピック

価格:???

────


「月の魔草? 貴重品ではありそうだけど……」

「何者ですか?」


 俺がそう呟いた瞬間、突然女性の声が聞こえた。それからすぐに近くの茂みをガサガサとかき分けて一人の女性が姿を現す。


「私は森の魔女。この森は私の庭です。早々に立ち去りなさい」


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 いつもお読みいただきありがとうございます。


 本日、「町人Aは悪役令嬢をどうしても救いたい」の第一巻が発売となりました。お手に取って頂けた皆様、本当にありがとうございます。


 また、すでに書籍版をお読みいただいた方は「お?」と思っていただけたのではないでしょうか?


 書籍版をお読みいただいていなくても内容の理解には問題ございませんが、お読みいただくことでより深く楽しんで頂けるのではないかと思います。


 まだの方は是非、お近くのライトノベルを扱っている書店や各種通販サイト、および電子書籍をお手に取って頂けますと幸いです。早売りでお読みいただいた方より、


「書籍版は Web 版と比べてかなり読みやすくなっており、すごく良くなっている。かなり修正もされていて、Web 版を読んでいる人こそ書籍版を読んで欲しい」


とのご感想も直接頂戴しておりますので、きっとご満足いただけると思います。

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