後日談第7話 元町人Aは妻の想いを知る

森の魔女の家で一晩お世話になった翌日、俺たちは森の中にある小さなお墓へとやってきた。メリッサちゃんはもう家に帰っているのでここにいるのは俺たち三人だけだ。


 きれいに手入れさた墓標にはメアリーという名前が刻まれており、その没年は今から大体 500 年前だ。


 え!? 500 年前!? ということは森の魔女は!


「やってみます」


 そんな俺を思考をアナの言葉が遮った。


「お願いします」

「はい」


 アナは墓標の前に跪いて祈りを捧げると、まるで歌っているかのように美しく詠唱を行う。


「氷が抱きしは在りし日の姿。雪がうずめしは過ぎ去りし想い。我が聖なる氷よ。アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットの名において命ずる。魔の森に囚われしメアリーの御霊を解き放ち、我が女神の御許へと導け。聖氷葬送」


 そう唱えて立ち上がったアナの周囲に無数の大きな雪の結晶が現れ、キラキラと光輝きながら漂い始める。やがてそれはゆっくりとまるで墓標に吸い寄せられるかのように飛んでいき、やがて墓標全体が氷で覆われていった。


 しかし、アナの魔法はそれだけでは終わらない。墓標を中心に地面も氷に覆われ、その範囲は徐々に拡大していき、そして次の瞬間――。


 パリン。


 アナの氷は音を立てて砕け散り、まるで氷などなかったかのように跡形もなく消え去った。


「あ……」


 アナはそのままふらりとよろめいて倒れそうになったので、俺は慌てて駆け寄ると力の入らないその体を抱きとめる。


「アナ? 大丈夫?」


 アナはハァハァと辛そうに息をしたまま小さく頷いた。


 ああ、良かった。


 俺はほっと胸をなでおろすが、そんな俺たちを森の魔女は悲しそうな表情を浮かべて見つめていた。


「え? あの?」

「……残念ながら貴女では力不足のようですね。氷の聖女様」


 森の魔女はそう言って顔を伏せると首を小さく横に振った。


「……くっ」


 一方のアナは悔しそうに顔を歪める。


「アナ。魔力が足りないなら氷精石を使おう。ルールーストアに行けば加工してもらえるし、魔石ならブリザードフェニックスから取れば大丈夫だから」

「……はい。そうですね」


 アナはそう言うと少し安堵したかのような笑みを浮かべたが、森の魔女の直言にアナの表情は再び曇ることになる。


「いえ。氷精石を使った場合、今の貴女では術に呑まれてしまう可能性が高いでしょう。聖女とは、加護を得ればなれるものではありません」

「あ……」

「伝承によると、過去の聖女たちは常に神に仕えていました。貴女はそれなりの魔力を持ってはいるようですが、聖女としての能力は著しく未熟であると言わざるを得ません」

「……」

「力を消費した状態で今すぐ出ていけ、などとは申し上げません。今晩だけはお泊めいたしますが、明日になったらこの森を出ていってください。私は、どうしてもメアリーの魂を救いたいのです。そのためには時間がありません」


 森の魔女にそう言われ、俺たちには返す言葉もなかった。


 たしかに、アナは聖女としての力を磨いてはこなかった。教会に入ることを拒み、俺と結婚して世俗の中で民のために生きることを選んだのだ。


 俺はアナのことを心から愛しているし、アナのことを支えてやりたい。


 だがアナがもし聖女としての力を身につけるため、教会に入って世俗を離れなければならなくなったとしたら。


 果たして俺はそれを笑顔で送り出してやることはできるのだろうか?


「アレン?」

「あ……」


 もしかしたらそんな葛藤が顔に出てしまっていたのかもしれない。


「だ、大丈夫だよ。神様のことなら教会、だよね?」


 そう聞いた俺にアナは深くため息をついた。


「アレン。私は教会になど行きませんよ?」

「え?」

「ああ、やはりそのようなことを考えていたのですね。あなたは新しいラムズレット公爵である私の配偶者なのですよ? 少しは顔に出ないようにしてもらわなければ困ります」

「ご、ごめん」

「私はあなたと人生を歩むと決めたのです。たとえ聖女としての力が足りていないとしても、教会になど行く気などありません」

「アナ……」

「アレン。私はあなたから学んだのです。信念を持って努力をし続ければ運命を変えられると。アレンはあれほどの危機から民を、そして何より私を救ってくれたではありませんか」

「それは――」

「アレン。私は諦めません。あれだけのことをしてくれたあなたの妻として恥ずかしくないように、努力を惜しむつもりはありません」


 その表情からは疲労の色が濃く見えるが、その瞳には強い光が宿っている。


「アナ……」

「アレン……」


 俺たちがそうして見つめ合っていると、コホンという咳払いが聞こえてきた。


「あ、すみません」

「……いえ。夫婦仲が良いことは良いことです。さあ、戻りましょう」

「はい」


 こうしてメアリーちゃんの魂を解放することに失敗した俺たちは森の魔女の家でもう一晩お世話になった。


 そして翌朝、森を後にするため着陸した泉へと再びやってきた。


「私は諦めません。メアリーちゃんの魂を救ってみせます」


 アナはそう宣言するが、森の魔女は諦めたような表情をになった。


「……期待せずに待っていますよ」

「私はアレンの妻です。約束は必ず守ります」

「……そうですか」


 森の魔女はそう言うと曖昧な笑顔を浮かべたのだった。


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後日談はまだ続きます。今後ともどうぞアレンとアナスタシアを見守って頂けますようよろしくお願いいたします。

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