第60話 町人Aは後期も学園に通う

夏休みは俺とアナの間に他人には言えない秘密ができたが、それ以外は順調に終えた。俺たちは結局冒険者と国の関係性について多角的な観点から論じたレポートを提出した。


今回もアナが手を回してくれて国内の専門家や冒険者ギルドのギルドマスターなど多くの関係者の意見を聞き、それぞれの立場を明確にでき、そこに生じている利害の衝突にも踏み込んでレポートできたのは良かったと思う。


端的に言うと、国や貴族としては迷宮からの稼ぎを財政に組み込みたいが、冒険者ギルド側としてはそれをされると多くの冒険者が赤字になってしまうので認められない。


国が迷宮からの稼ぎを財政に組み込むのなら、冒険者たちを騎士団と同待遇で雇い入れる必要があるが、そのお金がないというジレンマに陥っているのだ。いや、もっと正確に言うならもったいないから出したくない、ということなのだが、流石にそう書く訳にはいかない。


ただ、マーガレットのアルトムントではオークの狩猟を安定的に行うべく騎士団と冒険者による合同作戦が行われていたりと良い関係が築けている。今回のレポートはそのアルトムントでの結果を踏まえつつ冒険者との新たな関係を提唱することで締めくくったのだが、果たしてどう評価されることやら。


ちなみに、このレポートのついでにアナと二人で風の山の迷宮を踏破した。そのおかげで迷宮踏破の実績が追加されるとともに、最年少で B ランク冒険者に格上げになってしまったのはちょっとしたご愛敬というやつだ。


これにはもちろん理由がある。公爵様に対して俺が嘘を言っていないことを証明するためというのもあるが、アナのレベルアップというのが一番の目的だ。


ゲームのシナリオであるアナの追放からの内乱でラムズレット公爵家が全員処刑され、アナが暗黒騎士となって戻ってくるという線はもうないと思う。どうやら話を聞く限りはラムズレット公爵家を中心とする南部貴族達は今、一枚岩となってがっちりと結束している。


これを理由もなく害してしまえば確実に内乱になるだろうし、いくら反ラムズレット派とはいえども現状においてこれにくみする愚か者はいないだろう。


このまま均衡状態を保っていれば王都の壊滅は避けられるかもしれない。だが依然として三方を敵に囲まれている以上は油断はできない。


そこで、この世界でも特に稀な二つの加護をもつアナのレベルアップは個人の力だけでなくラムズレット公爵家の領軍全体をより強くするだろう。


まあ、どうせ有事には先頭に立って戦うと言い出すのだろうから、そうなった時のための保険でもある。


そうそう、風の山の迷宮を攻略した時にそのお宝の話になり空騎士の剣を見せてあげたところ、アナは目を輝かせていた。


なので、今度のアナの誕生日にプレゼントすることを約束した。


この空騎士の剣は伝説レジェンダリー級の武器ではあるのだが、俺はそもそも【騎士】の加護を持っていないから意味がない。それに仮に【騎士】の加護をどこかで手に入れても【風神】の加護があるので【風魔法】のスキルは必要ない。それなら、アナが使う方がよほど有意義だ。


去年は残念ながら立場と身分の壁があってお祝いすら出来なかった。なので俺としても文化祭の後にやってくるアナの誕生日が今から楽しみで仕方ない。


さて、アナは頑なに俺の贈った身代わりの指輪とエルフの女王様に頂いた妖精の髪飾りを外すことを拒み続けた。指輪については特に色々と噂にはなったものの、アナは誰から貰ったかは決して言わず貴族令嬢らしい笑顔で躱し続けた。


もっとも、マーガレットとイザベラには筒抜けのようだったがな。


ただ、妖精の髪飾りについてはそうはいかなかった。


これはゲームでもスチルがあったため、その外見をエイミーが知っていたのだ。そこで、アナの頭に妖精の髪飾りがあることを知ったエイミーは当然のごとく激怒し、騒ぎを起こした。


「ちょっと、なんであんたがあたしの貰うはずだった髪飾りをしてんのよ! 返しなさい!」


後期の始業式の日にエイミーがそうアナに突っかかった。


「お前は一体何を言っているのだ? これは私がとある高貴なお方に頂いた大切な宝物だ。お前の物では無いし、誰に頼まれてもくれてやることはできん」


アナは当然のごとく拒否する。そしてどう考えてもエイミーの言い分はおかしいということは分かるはずなのだが、王太子は何の疑問も持たずにエイミーの言うことを鵜呑みにしてアナに命令してきた。


「何を言っているのだ。その髪飾りはエイミーのために存在しているのだ。おかしなことを言わずにさっさとエイミーにその髪飾りを返せ」


王太子がそう言ってアナに髪飾りを返すように命じてくる。


俺としては立ち直ってまともになって欲しいと思っていたが、これはもうダメかもしれない。


「殿下。ご自分が何を仰っているか、本当に理解されていますか?」

「当たり前だ! だから早くその髪飾りを返せ」


あまりの話の通じなさにアナがたじろぎ、その瞬間レオナルドが髪飾りを力づくで奪い取ろうと手を伸ばしてきた。


その瞬間、髪飾りから光が放たれるとレオナルドは弾き飛ばされ、始業式の終わったばかりの講堂の壁に強かに叩きつけられた。


そして、アナの髪飾りから無数の声が聞こえてくる。


「精霊に認められし者よりその証を奪うものに罰を」

「罰を」

「「罰を」」

「「「「罰を」」」」

「「「「「「「「罰を」」」」」」」」


まるで輪唱のように次々と声が聞こえ、そしてその声は次々と増えていく。


「精霊の愛し子に害をなすのは誰だ」

「誰だ」

「「誰だ」」

「「「「誰だ」」」」

「「「「「「「「誰だ」」」」」」」」


その瞬間、講堂はパニック状態になり、他の生徒たちは我先にと講堂から逃げ出していく。


そしてエイミーは尻もちをつき、怯えた表情でアナを見ており、王太子たちは理解が追いついていないのか、唖然とした様子でアナを見ている。


俺はアナを庇う様に前に立つ。


「殿下、この髪飾りはアナスタシア様が高貴なお方に授けて頂いたもので間違いありません。そしてご覧の通り無理矢理奪おうとすれば罰を受けるようですが、それでもエイミー様の物だと仰るのでしょうか?」

「ぐっ。だがっ」


その表情を見る限り、自分が横暴なことをしていると理解しているようだ。それならばなぜこんなことをしているのだろうか?


そんな中、エイミーは俺をまるで呪い殺さんばかりに睨み付けてくる。


「そ、そうよ! こいつよ! こいつが何もかもをおかしくしたのよ! あたしが聖女にならなきゃいけないのに! そうじゃなきゃこの国は終わりなのよ!」


俺にはエイミーも正気なようには見えない。メリッサちゃんからの又聞きだが飛竜の谷では普通のワイバーンの一撃でやられたようだし、もうこいつは早めにこの環境から引き剥がしたほうが良いんじゃないかと思う。


「ちょっと! 何とか言いなさいよ!」


エイミーは醜態を晒していることにも気づかずに俺たちに文句を言い募ってくる。しかし、俺はもう我慢ができずに言うべきではない台詞を口にしてしまった。


「エイミー様、あなたが何と言おうと、この髪飾りはアナスタシア様のものです。もう、目を覚ましてください。エイミー様がどんな夢を見ているのかは知りませんが、ここは現実です。ちゃんと、今目の前で生きている人たちを見てください。この世界にヒロインなんていないんです。アナスタシア様は、それに殿下も、マルクス様も、オスカー様も、レオナルド様も、それにエイミー様だってシナリオに沿って動くキャラクターじゃないんです。みんな人間で、その先に更に沢山の人がいるんですよ?」


ここはゲームの世界じゃないし、ゲームを知って行動しているのはお前だけじゃない。


元日本人として常識があるなら、それくらい分かるはずだ。


そんな願いを込めて言った言葉の意味をエイミーは正しく受け取ったようだ。目を見開いたエイミーはそのままうな垂れるとゆっくりと講堂を後にしたのだった。


この時、俺はこれでエイミーによる介入は止まると思っていた。きっと反省してくれるだろう、と。


だが、それはただの希望的観測に過ぎなかったことを俺は後々のちのち、思い知ることになるのだった。

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