第61話 町人Aは奸計に屈する

アナたちと食堂でランチを楽しんでいた俺たちのところにエイミーと王太子たちがやってきた。


「アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレット、お前には貴族としての責任を果たしてもらうぞ?」


そう言って王太子は玉璽によって印の押された命令書をアナに手渡す。


その命令書にはこう書かれていた。


『アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットにエスト帝国魔術師団長ギュンター・ヴェルネルへの輿入れを命ずる』


それを見たアナは目を丸くする。


「なっ! 殿下、このような命令、受け入れられません」


当然のようにアナは抗議するが、王太子はどこ吹く風だ。いや、してやったりといった感じの黒い笑みすら浮かべている。


「玉璽が押されている以上、これは王命だ。これを拒めばお前もラムズレット公爵家も晴れて反逆者だな」

「ぐっ」


そんな俺たちをエイミーが勝ち誇った様な表情で見ている。


こいつ、もしかしてもう何もかもどうでもよくなって、俺たちを破滅させることだけを考えてきたのか?


「アナスタシア嬢を王宮へと連れて行け」

「ははっ。それでは、ご同行願います」

「待て!」


俺はアナを連れ去ろうとした騎士たちとの間に割って入ってそれを止める。


「アナ様!」


一緒にいたマーガレットは王太子を睨み付け、そしてイザベラはどうしたらいいのかとおろおろしている。


「落ち着け、アレン。こんな話をお父さまが了承したとは思えん。まずはお父さまに伝えてくれ。それとマーガレットもイザベラも、今ここで起きたことを皆に伝えてくれ」

「うっ、わ、わかりました」


そうして俺がアナから命令書を渡されて引き下がると、アナは王太子の連れてきた騎士たちに囲まれてしまう。


そんな俺のところにエイミーがそっと近づいてきて小声で囁く。


「残念だったわね? でもモブですら無いくせに分不相応なことをするからよ。悪役令嬢はぐちゃぐちゃにレイプされて、それから兵器になるのが運命なのよ?」


それを聞いた俺は思わずカッとなって剣に手をかけるが、そんな俺をアナが制止する。


「アレン、私は大丈夫だ。私を信じろ」

「くっ」


俺は何もできずにアナが騎士たちに囲まれて馬車に乗り込むのを見ていることしか出来なかった。


****


俺はそのまま大急ぎで公爵様の王都邸へと向かった。


「おや? アレンさん?」

「緊急事態だ! 早く公爵様に会わせてくれ! アナスタシア様が!」

「お嬢様が!?」


門番に止められる時間がもどかしい。しかし、公爵様との面会はすぐに叶った。


「どうした? 何があった?」

「やはり公爵様はご存じないのですね! アナ様が! 王太子が玉璽による印影のついた命令書で、エスト帝国の帝国魔術師団長のところに嫁ぐようにと命令が! それで王太子の騎士どもによって連れて行かれてしまいました」

「なんだと!? そんなものに同意した覚えはないぞ!」


俺は命令書を公爵様に手渡すと直ぐにアナを追いかけようと席を立つ。


「俺は今すぐに騎士どもを蹴散らしてアナを取り返してきます」


そう言って駆けだそうとした俺を公爵様が止める。


「待て! この玉璽は本物だ。それにお前がここにいるという事はアナが私のところに行けと言ったのだろう? ならば気持ちはわかるが落ち着け。王家の馬車で連れて行かれたとはいえ、まずは王宮に連れて行かれるはずだ。何の準備もせずにすぐに帝国に連れて行かれるなどあり得ない」


俺は出撃を許可しない公爵に恨みを込めた視線を送る。


「まず私はその命令書を陛下に確認する。話はそれからでも遅くはない。それにもし町の外に出ていても国境封鎖をすれば必ず取り戻せる」

「……」

「いいからここに居ろ。いいな?」

「……」


そう言い残すと公爵様は大慌てで馬車に乗っていったのだった。


****


そして公爵様が帰ってきたのは数時間が経ってからの事だった。


まず、国王様としてはそんな命令も出していないし知らないと突っぱねられたそうだ。そして、王太子自身は証言を拒否したが、やましいことはしていないとしらを切ったそうだ。だが、王太子がこれをアナに渡して命令したことは多くの生徒たちが見ている。


一方で、アナに対してそういった打診があったことは事実だったそうだ。これについてはこれから公爵様に打診するという段階だったらしい。


要するに、王太子は命令書を偽造した、ということなのだろう。


そして王太子どもの手引きでアナを騙して乗せた馬車は王宮へは向かわず、そのまま東門を出たそうだ。東門を出ると一気にスピードを上げて走り去ったそうで、そのせいで門番の印象に残っていたそうだ。


「このクソがっ!」

「待て! アレン君!」

「動くのが遅いんだよ! 娘の身の安全を第一に考えないで何が父親だ!」


頭に血が上りカッとなった俺は公爵様に罵声を浴びせるとそのまま公爵邸を飛び出した。公爵様の呼び止める声が聞こえるが、そんなものは無視だ。


アナに何かあったなら、俺は悔やんでも悔やみきれない!


俺は急いで門を抜け、そしてブイトールを発進させた。


俺はブイトールの存在がバレることも気にせず、思い切り低空飛行で街道の上空を飛行する。


アナの身の安全に比べたら、他の事なんて全て些細なことだ。


馬車の何倍もの速さで滑空する俺は次々と走る馬車を追い越していき、一時間と経たないうちにあの時の馬車に追いついた。


そして数キロ先にブイトールを下ろすとフル装備で俺は馬車を迎え撃つ。


こいつらは偽の命令書で公爵令嬢であるアナを誘拐したのだ。この時点で盗賊と同じ扱いとなるので殺してしまったとしても罪に問われることはないはずだ。


しばらくして俺が潜む茂みの目の前を馬車が通りかかったところで俺は銃弾を御者の男に打ち込む。


一撃で御者の男は崩れ落ち、周りを固めて馬車を護衛していた騎士たちもその音に驚いた馬が暴れて俺にすぐに対応できずにいる。そんな騎士たちを俺は次々と銃弾を撃ち込んでいった。


そして抵抗が無くなったところで俺は馬車の中を確かめる。


しかしその馬車の中身は空であり、いくら探しても俺の大切な女性の姿はそこにはなかった。


ここではじめて俺は囮に引っかかった事を理解したのだった。

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