第62話 町人Aは開戦の報せを聞く

囮に引っかかってアナを見失った俺は、囮の馬車を護衛をしていた騎士たちの生き残りを引きずって王都へと帰還した。


硬い鎧を着ていたおかげか弾がきちんと通っていなかったり当たりどころがよかったりと、半数くらいは生き残っていた。


C ランクへの昇格の条件として受けた盗賊討伐依頼で俺は何人もの盗賊を自らの手で殺している。しかも今回のように銃で撃ったのではなく剣で斬ったことだってあるのだ。


だから、別に今回が初めてというわけではないし、公爵令嬢を誘拐した犯人は殺しても何の問題もない。


それから、この連れ帰った騎士たちの中にアナを連れて行ったあの男がいたのだが、こいつはエスト帝国から派遣された兵士だった。


随分と下っ端の兵士だったようで、拷問官が尋問したらすぐに吐いたらしい。そして周りの騎士たちもエスト帝国の人間だったそうだ。


しかも俺が襲撃しなければ盗賊に襲撃されて丸ごと行方不明になるという段取りが整えられていたらしい。


さて、この事についても王太子は知らぬ存ぜぬとしらを切り通した。だが、こいつは間違いなくあの王太子が手引きした奴だ。


学園の反王太子派の貴族の子弟たちが証言したおかげで、王太子がこの兵士を連れていたこと、そしてアナに命令して馬車に乗せたことまでは事実認定された。


だが、王太子はこの兵がエスト帝国兵だという事を知らなかったという事にされた。


そして、なんと驚いたことに命令書の偽造すらも「仮のものだった」などという常識で考えればあり得ない理屈を押し通され、王太子は謹慎処分ということで決着となった。ただ、学園で授業を受けることは許可されているので、ほとんど処分なしと言っていいだろう。


要するに、王太子はアナスタシアを王宮に連れて行くように命令したが、騎士が敵国の兵士にすり替わっていてアナスタシアは図らずも誘拐されてしまったので、王太子もアナスタシアもどちらも被害者だ、という理屈らしい。


だが、こんなことをしたら玉璽の意味が無くなるだろうに、国王様は一体何を考えているのだろうか?


もしかすると、子は親の鏡、という事なのだろうか?


また、俺のやったことについては他国の兵士が国内で公爵令嬢を誘拐しようとしたのを止めたという理由で不問とされた。


これについては公爵様が裏で手を回してくれたおかげだ。


俺は公爵様に感謝を伝えるとともに暴言を浴びせた非礼を詫び、そして寛大にも許しを得ることができた。


その公爵様だが、今回の件では徹底的に王家に抗議をし、王太子の廃嫡を要求した。そしてアナが無事に戻らない限り王家には一切の協力をしないと宣言したそうだ。


それに伴い、近々王都を後にするつもりなのだという。


貴族の抗議としては最上級のものなのかも知れない。


いや、これは抗議というよりはむしろ……。


ただ、一応それに応じる形で王国は国境の検問を厳しくした。そうしてアナの捜索は行われているのだが、その行方はようとして知れなかった。


今にして思えば、俺はきっと慢心していたんだろう。


8 年越しの計画の通りに運命シナリオを破壊できたことで、エイミーたちも半年以上ずっと俺たちにちょっかいを出してこなかったことで、そして何よりアナにああして愛を向けて貰えたことで。


そんな達成感と充足感の中、これが危ういバランスの上に成り立つ砂上の楼閣であることをすっかり忘れてしまっていたのだ。


ゲームのアイテムもイベントも全て先回りして回収し、エイミーが聖女になる可能性を全て潰したからといってこの国が無事である証拠など何も無かったというのに!


今の状況で自分からできることは何も無いなんてただの言い訳だった。


できることを探して、ほんのわずかでも王都が蹂躙される可能性を減らすために動くべきだったのに!


そうやって大事なことを、本当に考えなきゃいけなかったことを後回しにしていた俺のせいだ。


くそっ! くそっ!


大体、あの時無理矢理にでも公爵様のところへアナを連れていくべきだったのだ。


そうすればこんな事にはならなかったはずなのに!


だが、馬鹿な俺のせいでアナはもう連れていかれてしまった。


俺がエイミーにあんなことを言わなければ!


妖精の髪飾りを隠しておくように言っておけば!


そもそももっと王太子たちの動きに気を付けていれば!


だが、何もかもがもう遅い。


どうやってアナを外に連れ出したのかが全く分からないのだ。


完全に手掛かりゼロな以上は、俺が闇雲に探してもできることはまずないだろう。


だとすれば次にやるべきことは……!


****


さて、一方のエスト帝国だが、セントラーレン王国に対して即日宣戦布告を行い東部の暫定国境を越えて侵略を開始した。その口実は、自国の兵士が害されたこと、そして平和を望んでアナに政略結婚を申し込んだにもかかわらず、それがセントラーレン王国国内での暴力によって阻まれたことで信頼が裏切られたということだった。


だが、アナが誘拐されてすぐに宣戦布告の書状が届けられ、その書状が届くのと同時に開戦に踏み切った事から考えると、おそらく綿密に準備されていたことだったのは間違いないだろう。


さらに悪いことは重なり、西のウェスタデール王国は早々に不干渉を宣言した。元々、ウェスタデールとセントラーレンは対ノルサーヌ連合王国では同盟を結んでいるが、国境を接していない対エスト帝国、対ザウス王国では同盟関係にない。


だが、これまでは紛争が勃発するたびに様々な物資を支援してくれていたのだが、今回はそれが期待できないということだ。


そうして国際情勢が一気に動いたその翌朝、俺たち高等学園の生徒は講堂に集められた。


俺としては学園にはもう居たくはなかったわけだが、公爵様に説得されて仕方なしに、というわけだ。いくらなんでもこれ以上勝手に暴走することは許されない。


そんな俺のところにエイミーが近寄ってきて、大げさに俺を煽ってくる。


「残念だったわねぇ? あんたの大事なアナスタシア様の花嫁の馬車はならず者に襲われてしまうのよねえ? しかもこの後無残にレイプされて売られるの。ああ、可哀想に」

「何故そんなことが分かる?」


俺は視線だけで殺してやれるんじゃないかという勢いでエイミーを睨み付けるが、エイミーは意に介した様子はない。


「決まってんじゃない。あいつは悪役令嬢。なら婚約者に捨てられて、無残にレイプされて売られて、暗黒騎士に堕ちて復讐にくる。そこをあたしたちが倒してハッピーエンド、そう決まっているのよ。ねぇ? あんただって知ってるわよね? 散々あたしの邪魔をしてくれちゃって」

「……クズが」

「ふふっ。負け犬の遠吠えって気持ちいいわね。あんたはモブですらないのよ。登場人物でもない異物はさっさと退場しなさい?」


俺は何も言い返せなかった。これは愚かな俺が招いた事態だ。


だが、まだだ。まだ諦めるには早い。


アナが死んだと決まったわけではないのだ。


そんなことを考えていると、講堂の壇上に学園長が一人の騎士と共に上がってきた。


「今日は悲しいお知らせがあります。既にご存じの諸君もいるかもしれませんが、エスト帝国が再び、我らがセントラーレン王国に一方的な侵略戦争を仕掛けてきました。戦争はとても悲しいことです。戦争で犠牲になるのは常に弱い無辜むこの民で、これから民を守り導く立場にある皆さんにはとても辛い事でしょう。ですが……」


学園長の話が長いのはいつもの事だ。


だが、ゲームでは騎士が一緒にいることはなかったし、そもそも侵略戦争が発生するのは内乱騒ぎの後だ。しかも王国内の混乱の隙を突いて、絶望して悪堕ちした悪役令嬢が先頭に立って一気に攻め込んでくるのだ。元々優秀だったうえにセントラーレンの情勢に詳しい悪役令嬢の手引きがあったからこその電撃作戦だった。


だが、俺にはアナがゲームの悪役令嬢のように裏切るとは思えない。そもそも、アナの家族は処刑などされていないし、俺だっている。マーガレットやイザベラもいる。いくらクソ王太子に嵌められたからって侵略に手を貸したりなんかしないはずだ。


考えを巡らせていた丁度その時だった。


「そんなの! あんまりですぅ! どうしてみんなもっと仲良くできないんですかっ? 話し合えばきっと分かり合えるはずなんですぅ」


学園長の長い話を遮ってエイミーはゲームの台詞をそのままパクって叫んだ。


あ、いや、こんな酷いセリフだったかな? もう少しマシなセリフだったような気もするが、流石にもう記憶は曖昧だ。


エイミーはその瞳には涙を貯め、いかにもな表情を浮かべている。その様子だけを切り取れば確かにヒロイン然としており、それに騙された王太子とレオはその通りだ、と頷いている。


しかし、学園長はコホンと一つ咳払いするとエイミーを諭すような口調で語り掛けた。


「はい。話し合うことも大切ですが、それは相手が話し合いに応じる意思がある場合に限りますからね。それと、勝手な発言は認めません。良いですね?」

「えっ?」


エイミーはショックを受けたような様子だが、どうでもいい。


要するに、ここでもゲームのシーンの再現を狙ったのだろう。


たしか、王太子たちが壇上に上がってラブ&ピースを叫び、生徒たちの賞賛を浴びるというようなシーンだった気がする。


そもそも、ゲームのシナリオなどとうの昔に壊れているのだ。王太子の立場はゲームの時よりも明らかに弱い。


だから当然ゲームの時よりも反対派の数も多いのだし、そもそも王太子がやらかしたことが発端となって戦争になっているのだ。


再現などできるはずもない。


それにこれはゲーム特有のご都合主義でどうにかなる問題ではない。元々セントラーレン王国の領土を狙っていたエスト帝国が、馬鹿な王太子が余計なことをしたのを口実に準備していた侵略プランを実行に移した。


そう、ただそれだけの話だ。


「さて、今までの話で分かると思いますが、我が国は戦時体制へと突入いたします。差し当たっては次の春まで休校となりますので、皆さん親元に帰る準備をお願いします」

「え? どういうことよ?」


エイミーが注意されたにもかかわらず食って掛かろうとするが、学園長は無視した。


「それと、学徒出陣についてお知らせがあります。今日は王宮より騎士団長にお越し頂いております。では、団長、よろしくお願いいたします」


そう言って学園長は騎士団長に話者をバトンタッチしたのだった。


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こちらの時系列や行動理由などに分かりにくい点があるかもしれませんが、そちらは書籍版にて修正予定となっております。どうぞご了承ください。

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