後日談第14話 元町人Aは蔵書を託される

「ああ、これで……」


 森の魔女は感慨深げにそうつぶやいた。


「ようやく宿願が……」

「俺たちもお役に立てて……え?」


 俺は思わず驚きの声を上げてしまった。


 なんと、そう言った森の魔女の姿はいつの間にか透け始めていたのだ。


「まさか……」

「最初に申し上げたでしょう? 時間がない、と」

「じゃあ」

「はい。最初から分かっていたことです。ですが、これでようやく安心して逝くことができます」

「……」

「小屋にある蔵書はお二人がご自由にお使いください。それが私にできる唯一のお礼です」


 話をしている間にも森の魔女の体はみるみる薄くなり、やがて光に包まれた。そして森の魔女はメアリーちゃんと同じく天に昇っていく。


 最後に森の魔女の口が動き、何かをしゃべったようだ。


 声は聞こえなかったが、その口は「ありがとう」と動いていたように見える。


「アナ」

「はい」


 俺たちは揃ってメアリーちゃんの墓標の前にひざまずき、彼女とメアリーちゃんの冥福を祈るのだった。


◆◇◆


 俺たちは森の魔女の小屋に戻ってきた。魔女の使っていたであろう小さな部屋には小さな本棚があり、本がずらりと並べられている。


 どれもこれもかなり古いようで、とんでもない貴重品であることは間違いない。


 だが問題は、書いてある文字が全く読めないことだ。俺たちの使っている文字とはまったく類似している部分が見当たらない。感覚としては、ひらがなとアルファベットくらいの違いだ。


 だからきっと俺たちの使っている文字とはまったく別系統の文字なのだと思う。


「どうしようか。解読するだけで時間がかかりそうだね……」

「ええ。困りましたね」


 俺たちが本を持って途方に暮れていると、変態がすっと寄ってきて一冊の本を指さした。


「この本に二人の求めた内容が書かれていますよ」

「え?」

「ロー様! なんと書いてあるのですか?」

「教えても構いませんが、条件があります」

「条件ですか?」

「はい。残りの本を私に譲ってください」

「え? どういうことだ?」

「私は大賢者ロリンガスに連なる者です。こういったものを欲するのは当然でしょう?」


 ……おかしい。こいつはロリの道を極めるなどとわけのわからないことを言って光の精霊になり、それまで持っていたものをすべて捨てたような変態だ。


 その変態が今さら昔の知識など求めるものだろうか?


「アレン、それくらいであれば問題ないのではありませんか? どうせ私たちには読めないのですから」

「それはそうだけど……」

「では、決まりですね」


 そう言うと、変態は指さした本を読み始めた。


「この本のタイトルは『【錬金】による迷宮建築の記録』です」

「っ!」


 あまりにも俺たちの求めていた内容とピッタリすぎて俺は思わず息をのんだ。


「では中身を見ていきましょう」


 それから変態はすらすらと読んで聞かせてくれた。こんな未知の言語で書かれたものを簡単に読んでしまうのだから、変態は変態だが大賢者と呼ばれる実力は本物だったのだろう。


 やがて読み進めていくと、俺は妙な引っかかりを覚えた。アナもどうやら同じことを思っていたようで、怪訝そうな表情をしている。


「アレン、この地形と迷宮の構造はもしや……」

「そうだよね。俺もそう思う」

「どうしたのですか? 何か心当たりがあるのですか?」


 変態はそう言うと読むのをやめ、俺たちのほうに顔を向ける。


「この迷宮、ルールデンの近くにあった古代迷宮の跡と呼ばれている遺跡にそっくりなんだ」


 アナも頷き、神妙な面持ちで変態を見ている。


「そうですか」


 変態はそう言うとものすごい速さでページをめくり、かなり先のほうをまで一気に確認していく。


 とても中身を理解できるとは思えないスピードだが、速読というやつだろうか?


「なるほど。どうやらこの迷宮は完全な迷宮にはならなかったようです。疑似迷宮としてしばらく稼働したのち、核に込められた魔力を使い切ったところで機能を停止したようです」

「え? だったら【錬金】でどうにかなる話じゃないんじゃないか?」

「そのとおりです」

「じゃあ迷宮を作るなんて……」

「そのために月の魔草の種を食べてもらいました。疑似迷宮が作れれば、本物の迷宮にするのは二人に依頼をした神に頼めば良いでしょう」

「まあ、それもそうか。俺たちだけですべてを解決する必要もないわけか」

「そういうことです。では続けますよ」


 それから変態は残りの部分もすべて読み聞かせてくれたのだった。

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