後日談第13話 元町人Aは囚われし魂を解放する 

 ダークフェンリルを上回った?


 苦し気な様子の森の魔女から言われた言葉の意味が分からず、俺は一瞬思考が止まってしまった。


「今の二人にはダークフェンリルの咆哮ロアによる効果が及んでいません。それこそが、二人がダークフェンリルを上回った証拠です」

「あ!」


 そういうことか!


 変態に言われて気付いたが、たしかにダークフェンリルは俺たちに向かって咆哮を放っていた。だが最初のときとは違い、体に重さは全く感じない。


 ちらりとアナを見遣るが、やはりアナも同じ様子だ。


 よし! これなら!


「アナ!」

「はい!」


 アナはすぐさま詠唱を始めた。それを邪魔しようとダークフェンリルが動こうとしたところに、俺はサイガで撃って牽制した。


 するとダークフェンリルは一瞬にして何重もの黒い雷のようなものをまとった。サイガの弾はそれに防がれてしまったが、先ほどまでとは違って表面の何層かの黒い雷ははじけ飛んだ。


 これは、俺の魔力が上がったおかげで弾の威力も増したのか?


「氷縛聖界」


 その隙に詠唱を終えたアナが魔法を発動し、ダークフェンリルの体は足元から徐々に凍りついていく。


 ダークフェンリルは抵抗しようと黒い雷のようなものを纏うが、そんなものはお構いなしに凍りついた部分は全身に広がっていく。


 やがてダークフェンリルは氷の中に完全に閉じ込められた。


「やった、のか?」

「いえ、これは単に動きを封じているだけです」

「この魔法ってたしか……」

「はい。殿下を……いえ、カールハインツ元王太子殿下を拘束したときの魔法です。普通の方法では抜け出すことはできません」

「ダークフェンリルは、元々は神獣だったんだよね? だったらどうにかして正気に戻してあげることはできないかな」

「……そうですね」


 アナはじっと氷漬けになっているダークフェンリルを見つめるが、すぐに難しい表情になった。すると横から変態が口を挟んでくる。


「残念ながら、一度魔獣に堕ちてしまったものを元に戻す方法はありません。できることは眠らせてあげることだけです」

「……」


 アナも悲しそうに頷いた。


「わかった。仕方ないね」


 サイガのマガジンを交換し、そしてダークフェンリルの頭に狙いを定めた。


 先ほど普通に撃っただけでダークフェンリルの防御をある程度は破壊できたのだ。であれば、今の俺の魔力を全て込めて撃てばきっと仕留められるはずだ。


「アナ、合図したらその氷を解いてくれる? 今度は全力で撃つから」

「はい」

「3、2、1、アナ!」

「はい!」


 アナが魔法を解いたのに合わせ、俺は全力で魔力を流しつつ引き金を引いた。


 ズドォォォォンという今までのサイガでは聞いたことのないような轟音が鳴り響き、気付けばダークフェンリルの眉間に焼け焦げた大穴が開いている。


 頭部を撃ち抜かれたダークフェンリルはそのまま力なく崩れ落ちた。


 それと同時にサイガがサラサラと砂のように崩れ落ちていく。どうやら今の俺の全力には耐えられなかったようだ。


「やった、のか?」

「そのようですね」

「アレン、お見事でした」

「……」


 アナは緊張した面持ちで、変態はいつものすまし顔でそう返事をしたが、森の魔女は複雑そうな表情で力なく横たわるダークフェンリルをじっと見つめている。


「あの?」

「……え? あ、いえ。さあ、メアリーのところへ参りましょう」


 森の魔女はそう言うと、そのままスタスタと墓標のほうへと歩いていくのだった。


◆◇◆


「氷が抱きしは在りし日の姿。雪がうずめしは過ぎ去りし想い。我が聖なる氷よ。アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットの名において命ずる。魔の森に囚われしメアリーの御霊を解き放ち、我が女神の御許へと導け。聖氷葬送」


 そう唱えて立ち上がったアナの周囲に無数の大きな雪の結晶が現れ、キラキラと光輝きながら漂い始めた。


 それらは墓標に吸い寄せられるかのように飛んでいき、墓標はあっという間に氷に包まれる。


 しかしアナの魔法の効果はそれだけではとどまらなかった。墓標を中心に地面も氷に徐々に覆われていき、気付けば周囲は完全に凍りついていた。


 物音一つなく、完全な静寂に包まれた幻想的な氷の森に再び無数の大きな結晶が現れ、朝日に照らされてキラキラと輝きながら乱舞する。


 なんとも美しく、そして恐ろしいほどに幻想的な光景だ。

 

 やがてその輝きは増し、ついには目を開けてはいられないほどの光を放つ!


 パリン!


 何かが砕け散るような音がしたかと思うと、あたりを包み込んでいた氷は何事もなかったかのように消滅した。


 前回のことが頭をよぎり、アナを支えようと手を伸ばしたが、今回は倒れるようなこともなくじっとメアリーと刻まれた墓標を真剣な眼差しで見つめている。


 すると墓標から一人の幼い少女がぼんやりと浮かび上がってきた。


「ああ! メアリー!」


 森の魔女は目を見開いてそう叫んだ。


 どうやら彼女がこの森に囚われているという少女のようだ。


「んー、おかあさんだー。ロリンガスおじちゃんもいるーだお」

「……だお?」


 アナはそう呟き、少女の不思議な語尾に思わず怪訝そうな表情を浮かべる。


「あ、シロもだねー。おいで!」


 俺たちが振り返ると、なんといつの間にか俺たちの背後にダークフェンリルが近づいてきていた。


「え?」


 俺は慌ててカラシを構えるが、アナが俺を制止した。


「大丈夫ですよ」


 カラシを下げてダークフェンリルをしっかり観察してみると、なんとダークフェンリルの体も少し透けていた。


「くぅぅぅぅん」


 徐々に体が透けていっているダークフェンリルは巨大な尻尾を振り、甘えるような声を出しながら少女に近づいていった。


「くぅん、くぅぅん」


 少女の顔をペロペロと舐めるダークフェンリルの頭を優しく抱え、少女はくすぐったそうにしている。


 そうしているうちにダークフェンリルの体は透明となって消え、小さな光の球だけが残った。


 少女はそれを大切そうに、優しく胸に抱く。


「おかあさん、ロリンガスおじちゃん、ありがとうだお」

「メアリー!」

「メアリーちゃん!」


 少女は満面の笑みを浮かべ、大きく手を振った。


「ありがとうだおー」


 もう一度お礼を言った少女の体は光に包まれ、徐々に天へと昇っていく。


 森の魔女は涙を流しながら、変態も目に涙を溜めながらその様子を見守っている。


 そうして少女は空の彼方へ吸い込まれるようにして消えていき、俺たちの目の前にはメアリーと刻まれた墓標のみが残されていた。


「……やっと、約束を果たせたんだお」


 変態は小さな声で、本当に小さな声でぼそりとそう呟いたのだった。


================

次回更新は 2022/07/23 (土) 21:00 を予定しております。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る