第19話 町人Aは計画を第二段階へと移行する

コンコン


俺はルールーストアのドアノッカーを叩く。


しばらくすると中から老婆の声が聞こえてきた。


「誰だい?」

「おすすめメニューの出前を頼みたい。届け先はブラックドラゴンの腹の中だ」


ガチャ。


ドアの鍵が開けられたのでそのまま店内へと滑り込む。


「いらっしゃい。おや、あんたかい。久しぶりだね。今日は何をお探しだい?」

「売りに来た」

「うちに売れるだけの貴重品が手に入った、と?」

「ああ、これだ」


俺はエルフの蜂蜜の小瓶を 3 つ差し出す。


「これは……随分と品がいいね。もしかして新品かい?」

「とある伝手でたまたま手に入れた。いくらで買い取る?」

「ふふ。いいね。3 つ合わせて 200 万でどうだい?」


そういって店主の老婆が指を二本立てる。


「そうか。それでいい」


想定よりもはるかに高く売れた。ちなみに俺の鑑定の結果だとこうだ。


────

名前:エルフの蜂蜜

説明:エルフの里でしか手に入らない貴重な蜂蜜。食べると栄養満点で美容、健康、長寿などの効果がある。様々な秘薬の原料としても使われる。

等級:希少レア

価格:300,000 セント

────


ちなみに全部で 5 つあり、美容健康長寿の効果があるそうなので 1 つは母さんにプレゼントし、もう 1 つは俺が野営する時のための調味料として持ち歩く事にした。



「あんた、こいつをもっと手に入れることはできるのかい?」

「すぐには難しいが、また手に入ったら持ってこよう」

「ああ、頼むよ。ここ数十年、全く出回らなかったんだ。100 本でも 200 本でも、いくらでも買い取るよ」

「わかった。よろしく頼む。ところで、魔法のバッグは手に入らないか?」


魔法のバッグというのは、魔法の力で見た目よりも沢山の物を運ぶことができるというアイテムだ。


ゲームではインベントリがあったのでこのアイテムは登場していなかったのだが、冒険者ギルドで先輩冒険者が手に入れて自慢されてその存在を知った。


「ないねぇ。どのくらいの容量のものが欲しいんだい?」

「この部屋一つ分くらいのものがあるとうれしい」

「ははは、そんなもの出回らないし、出回ったとしても国が一つ買える値段だよ」

「そうなのか」


どうやら欲をかき過ぎたらしい。


「まあ、鞄一つ分を小袋に収納する程度のものなら 500 くらいから出回ることがあるよ。ちょくちょく見においで」

「わかった。そうさせてもらう」


俺はそんなやり取りをしてルールーストアを後にした。


****


さて、俺の運命シナリオ破壊計画は第一段階を終え、第二段階へと移すことにした。


というのも、必要なスキルは全て取り終えたし入学するためのお金の目途もたった。となれば残るは決闘に勝利するための力をつけるのみだ。


というわけで、俺の次の作戦はレベル上げだ。


レベルを上げるにはしっかりトレーニングをしたうえで、敵を倒す必要がある。


敵、というのは別に魔物でなくて人間でも良いらしいのだが、俺は犯罪者になるつもりはない。


というわけで、久しぶりに冒険者として魔物退治を行う事にした。


行き先はシュトレーゼンの村だ。この村の近くにゴブリン迷宮がある。


乙女ゲームでは二回目のバトルパートで、はじめての実戦という扱いだ。


ただ、ゴブリン迷宮といってもその攻略が目的ではない。散発的に村を襲うゴブリンを退治してレベルを上げるためのものなのでわざわざ迷宮を踏破する必要はないのだ。


かくいう俺もゲームでは迷宮を踏破しなくても良いと知らずに突撃して全滅したことがある。


ちなみに、迷宮というのは、無限に魔物が湧き続けるという恐ろしく迷惑な存在だ。その魔物は数が増えると外に出てきて暴れまわるのでたまに間引く必要がある。


そして迷宮の最深部にはボス部屋が存在していて、さらにその奥には迷宮核がある。そしてそれに触れると地上に戻って来ることができる。


ゲームで語られた設定はこのぐらいだ。先輩冒険者に聞いたところ、迷宮で死んだ人の遺体がいつの間にか消えていた、なんて恐ろしい話も聞いたが、魔物に食べられた結果かもしれないのでよくわからない。


ちなみに、迷宮核を壊せば迷宮を殺せる、という噂もあるが記録がある限りでは誰も壊せたことがないそうなのでその真偽は不明だ。殴っても地上に転送されるし、魔法を撃ち込んでもその魔法が地上に転送されるらしい。


あと魔物は迷惑な存在であるのと同時に資源でもあるのでわざわざ破壊するようなことはしないようだ。


さて、俺はギルドでシュトレーゼンのゴブリン退治の依頼を受注した。


「おう、アレン坊。ついにお前もゴブリン退治デビューか。油断せずに行って来いよ」

「はい、師匠。行ってきます!」


俺が師匠にそう答えると先輩冒険者から声を掛けられた。


「アレン坊、死ぬんじゃねぇぞ」

「わかってるよ。危なくなったら逃げるさ」


この人は、このところ毎日朝からギルドの酒場で酒を飲んでるダメな先輩冒険者だ。心配してくれるのはありがたいが、お前も働け、とは思う。


「アレン君もついにゴブリン退治にデビューして男の子から大人の男になるのね。頼もしいような、寂しいような、複雑な気分ね」

「モニカさうわっぷ」


モニカさんのハグ攻撃によって俺はその豊満な胸に顔を押し付けられる。前はそのまま直接胸に押し付けられていたが、今は俺が少し腰を折って屈む格好になっている。


俺の背も随分伸びたものだ。


「絶対に無理しちゃダメだよ? 分かってる?」


分かっている。分かっているし無理をする気もないが、いい加減そろそろこのスキンシップは勘弁してほしい。


ほら、俺も一応男なわけでして……


そして何とかモニカさんのハグ攻撃から解放された俺は、家に戻り母さんに依頼の事をきちんと伝えた。


しばらくシュトレーゼンの村に泊まり込みになることを知った母さんにはやっぱりというか、とにかくものすごい心配され、無理するなと優しく抱きしめられてしまった。


モニカさんのとは違い、とても優しい抱擁だった。


母さん、待っててね。俺が必ず運命シナリオから守ってあげるから。

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