第91話 町人Aは暗躍する
「こんばんは、シュレースタイン公爵閣下」
俺はじっくり考えた結果、シュレースタイン公爵に話をすることにした。
あれからしばらく会話の様子を観察していたのだが、第二王子はやはりまだ考え方が若すぎる気がしたし、実権を握っているのはシュレースタイン公爵のように見えたからだ。
それであれば第二王子を上手くコントロールしているシュレースタイン公爵に話を持って行った方が良いだろう。
そう考えた俺はシュレースタイン公爵の私室にこっそりと侵入し、こうして声をかけたのだ。
「何者だ!」
私室に音もなく侵入されたシュレースタイン公爵は驚愕し、そして俺を警戒する。
「はじめまして。俺はアレン。そして来年にはアレン・フォン・ラムズレットとなる者です、と申し上げれば通じるでしょうか」
俺はそう言うと礼を取る。
「何だと!? ラムズレットの秘蔵っ子の力はここまでなのか?」
「エストの件はご存じですよね?」
「ぐっ、い、一体何をしに来た」
俺がエスト帝国の皇太子の首を取ってきた件を仄めかすと、シュレースタインは青い顔になった。
よし、まず最初の挨拶は上手くいった。
「ご安心ください。我がラムズレット王国の国王ゲルハルト陛下より親書を預かって参りました。どうぞこちらをご査収ください」
俺は懐から封筒を取り出すとそれを机の上に置いた。
「む、この封蝋は……ふむ」
そして、シュレースタイン公爵は手紙を開けて読み進める。そしてすぐに眉間に皺が寄った。
「この手紙の中身をアレン殿は?」
「はい。承知しています」
「では、ここに書いてある事は本当かね? この魔女の
「はい。全て事実です。もはや自身の欲に飲まれてしまったあの女を放置すればこの大陸の全てが支配される可能性だってあり得るのです。しかも武力によるそれよりも簡単に、です」
「むう……ではオスカー殿の言っていたことは……」
シュレースタイン公爵は呻くような声で呟く。
「はい。そもそも、オスカーにその情報を持たせて解放したのはあの女の危険性を周知するためです。既に貴国の国王も篭絡されていることでしょう。そちらの諜報部隊も少なくない打撃を受けているのでは?」
「……」
さすがに認めはしないが、沈黙は肯定と同じだろう。
「どうなさいますか? そちらがやらぬならこちらがやりましょう。ですが、我が国は血を流して得たものを手放すつもりはありませんよ?」
俺がこう言ってやるとシュレースタイン公爵は更に険しい表情で手紙を見つめた。
「我らに、動けと?」
「はい」
俺は短く答える。余計な情報を与える必要はない。勝手に推測してもらえば良いのだ。
「だが、我らで勝てるのか? エスト帝国の精鋭たちですら手を焼いているのだぞ?」
「それについては、こちらも協力します。あの女による洗脳に対抗できる力を我々は持っています」
「それは一体どのようなものだ?」
シュレースタイン公爵は内情を探るべく食いついてきたが、まだ手札を明かすわけにはいかない。
「それはもちろん、今この場では明かせません」
「ぐっ、要求はなんだ?」
「セントラーレン王国がラムズレット王国を対等な立場として無条件で承認することです」
シュレースタイン公爵はしばらく考え、そして呻くように俺に言った。
「我々に、エストへの盾となれ、ということか?」
「いえいえ。まさかそのような。我々は、今ある領土、そして今我々の庇護下にある領民を安んじたいだけですから」
俺がそう言うと、シュレースタイン公爵は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「その力というのは確実なのか?」
「我が国の兵の一部もあの女にやられましたが、その力により元に戻せました。それにそちらで保護して頂いているであろうオスカーの洗脳を解いたのもその力です」
「そうか……」
そしてシュレースタイン公爵は押し黙ってしまった。
「今は決められませんか?」
俺がそう言うとシュレースタイン公爵は首を横に振った。
「我々が動くとして、ラムズレットは何をしてくれるのだ?」
「あの女によっておかしくなった兵たちを元に戻します」
「兵は出さんのか? 兵を出さぬのなら対等とは認められんぞ?」
シュレースタイン公爵もタダでは転ばぬと交渉を仕掛けてくるがすでにこちらのペースだ。
「何を仰いますか。これは貴国の内乱です。我が国は第二王子殿下を擁する皆さまの最大の障壁を取り除く手助けをすると申し出ているのですよ?」
「くっ……」
「それにもし我が国が兵を出すのであればその対価を頂きたい。何の見返りもなく貴国の内乱に派兵するほど我が国はお人よしではありません。それこそ、対等ではないでしょう。……そうですね。貴国西部の南側、我が国と国境を接している辺りなどは我が国の産業とも相性が良さそうです。いかがですか?」
俺がそう言ってやるとシュレースタイン公爵は諦めたような表情になった。
「これ以上穀倉地帯を失えば国が成り立たぬ」
そう言うとシュレースタイン公爵は大きくため息をついた。
「仕方ない。認めよう。ただし、承認と同時に平和条約を結んでもらう。国境線も現在のもので固定だ。今後の領土侵犯は許さん」
「もちろんです。ご理解いただけたようで何よりです。これで俺も取りたくもない手段を……いえ、何でもありません。それでは、返事の書状を頂けますか?」
俺のその台詞を聞いたシュレースタイン公爵は顔を引きつらせ、少し青ざめている。
「わ、わかった。しばし待つがよい」
そう言って公爵はペンを走らせて手紙をしたためると封蝋をして手紙をテーブルに置いた。
俺は手袋をしてその封筒を受け取ると、持ってきた布で包み懐に入れる。
「それと、こちらも準備がございます。おそらくですが、作戦の実行が可能となるのは年明けの寒さが最も厳しい頃になると思います。それでは、俺はこれで失礼いたします」
「ま、待て」
俺は伝えることを伝えるとさっさと部屋から出る。そして周りに誰もいないことを確認して【隠密】を使って隠れた。
ああ、疲れた。交渉するのはかなり頭を使うし、こんな慣れない話し方をしていると本当に肩がこる。
それから引き続き三日ほど公爵邸で情報収集をしたのち、帰路についたのだった。
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