第92話 町人Aは決戦の準備をする
「そうか。シュレースタイン公爵は条件を
「はい。怒号もなく、剣を交えることもなく、平和的に交渉できました」
「そうか。上手くやったようだな」
「アドバイスを頂いたおかげです。それと、帰りがけに王都の様子も見てきました」
「ほう。戦いの様子はどうなっていた?」
「包囲はされておらず、今のところは睨み合いが続いているようです」
「だとすると帝国は遠征軍を維持し続けられずに引く可能性もあるな。あの魔女の影響はどうだ?」
「はい。あの様子だと住民の一割から二割程は既にあの女の影響下にあるように見えました。わざわざ人目のある場所で治癒魔法を施したり、あとは演説会のようなこともしていました。恐らく、そういったプロデュースのできる者を支配下に置いたんだと思います」
「それはまずいな」
これまで淡々と話していたゲルハルトさんの表情がかなり険しいものに変わった。
そう、はっきり言ってこの状況は相当まずい。
元々エイミーはゲームのヒロインなだけあって見た目は非常に良い。それこそ、クラスで一番などと言うレベルではなく一万人に一人とか、そう言ったレベルの美人だ。そこに
そしてこれまでは頭の悪いエイミーが自分で考えて行動していたが、そこに見せ方を知っている人間が加わり、シナリオを書いてエイミーという極上の駒を動かせばどうなるだろうか?
間違いなくエイミーの影響下に置かれる人間は爆発的に増えるだろう。その証拠に、俺が見てきたいくつかの演説会では女性もかなり参加していた。
恐らく、そのプロデュースをしている人間も最初の意図がどうであったかは別として、もう完全にエイミーの影響下で、今頃は敬愛する「慈愛の聖女様」のために知恵を振り絞っている事だろう。
「では、アレンはどう読む?」
「恐らくですが、セントラーレンが帝国軍を退けると思います。その後、シュレースタイン公爵の第二王子派は魔女の打倒を大義名分として戦うことになるでしょう」
「そうだな」
「ですので、俺はアナとそれまでの間に準備を整えておきます」
「準備、だと?」
「はい。アナのレベルアップをするために風の山の迷宮に向かいます。レベルアップにはあそこが一番ですから」
「うむ。気をつけてな」
最近は俺のことを信用してもらえているのか、こういう事にも反対されなくなってきた。アナの体力がもう問題ないレベルに回復したので今のうちにレベルを最低 30 までは上げておきたい。
【空騎士】、そして【氷の聖女】という二つの加護をもったアナはきちんとレベリングすれば誰にも止められないはずだ。
来たる決戦に向けて今度こそ油断のない準備を整えておきたい。
「だが、いくらアナのためとはいえ、自分の命を捨てるような真似はするなよ?」
「はい。もうそんなことはあれで最後です。それでは失礼します」
こうして俺はゲルハルトさんの執務室を後にし、その足でヴィーヒェンの町中のとある場所へと向かったのだった。
****
「南の島に季節外れの雪が降った。一昨日来るので明日は雨だ」
ガチャリ
俺が相変わらずの意味不明な言葉を言うと扉が開かれた。
中に入るとルールデンの時と同じように小さな六畳ほどの店には所狭しと怪しげな品が置かれている。
そして奥のカウンターには見慣れた老婆が座っている。
「おや、いらっしゃい。今日は何をお探しだい?」
「大型の氷精石を 10 個だ」
氷精石とは、氷系の魔物の魔石を加工することで氷系の魔法を増幅してくれる特殊アイテムだ。
ゲームではスカイドラゴンの魔石を使って特大サイズの風精石を作り、それを使ってラスボスとなった悪役令嬢と帝国軍に風魔法の範囲攻撃を与えていたのだ。
そして、その加工をしてもらえるのがこのルールーストアなのだ。貴重な魔石を使ううえに結構なお金もかかる。もちろん、これも課金者が使うものだ。
「大型の氷精石を 10 個も? 悪いけれど大型の氷精石は在庫が 1 つしかないねぇ。そう簡単にブリザードフェニックス級の魔石は手に入らないからねぇ」
俺はブリザードフェニックスの魔石 9 個を魔法のバッグから取り出すとカウンターに置いた。
「これで用意できるか? できるだけ早く欲しい」
普段顔色を変えないこの老婆の驚いた顔を見たのはこれがはじめてかもしれない。
「い、いいよ。さすがだよ。アレン・フォン・ラムズレット様。あの坊やがここまでの男になるとはねぇ。2 週間で用意してみせるよ。360 万
「ああ、感謝する」
ラムというのはラムズレット王国の通貨単位だ。名前の由来はもちろんラムズレットのラムだ。今のところ 1 セント=1 ラムのレートで交換されているが、今後どうなるかは分からない。
だが、領土を失い力を落とすことが確実なセントラーレン王国の通貨が今の価値を保ち続けるという保証はないだろう。
ちなみに俺はもうほぼ全てのセント資産をラム資産へと替えてある。
冒険者としての所属もヴィーヒェンに書き換えてあるので、セントの資産はなくても困らないからな。
こうして俺はルールーストアを後にしたのだった。
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