第93話 町人Aは悪役令嬢とお礼に行く

翌日、俺はアナと一緒に飛竜の谷へと向い、風の神殿へとやってきた。


「ア、アレンさん、こ、こんにちは。あ、つ、つがいの娘も、元気に」


俺が雪の積もった神殿前の広場にブイトール改を着陸させると、すぐにジェローム君が飛び出してきた。


「久しぶり! あれ? メリッサちゃんは?」

「あ、えと、その、中に」

「じゃあ、入ろうか。さ、アナ」

「あ、ああ」


こうして俺たちはジェローム君の後について神殿の中へと足を踏み入れたのだった。


そして中に入ってみると、神殿の中はキンと冷えた外とは違って思いのほか暖かい。


「あら、いらっしゃいアレンさん。番の娘も元気になったのね? よかったわ」


メリッサちゃんは神殿の中で草を大量に敷いて、その上で丸まり、首だけをこちらに向けてきた。


「ああ、おかげさまでな。アナも元気になったのでその報告とお礼も兼ねて遊びに来たんだ」

「そう、それはご丁寧にどうも」

「こちらこそ、アナを助けられたのはメリッサちゃんとジェローム君のおかげだ。本当にありがとう」

「いいのよ。あたしたちは受けた恩は忘れないわ。その恩返しをしただけよ」

「そ、そう、だよ、アレンさん。アレンさんのおかげだもん」

「それでも、だ。それと、彼女が俺の婚約者のアナスタシア。次の秋には結婚する予定だ」


俺がアナの事をそう紹介してアナを前に出してやる。するとアナはしっかりと淑女の礼を取った。


「アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットと申します。アレンの婚約者でございます。前回お会いした時はきちんと挨拶ができずに申し訳ありませんでした。メリッサ様、ジェローム様、お二方は私を帝国から救い出す手助けをして頂いたそうで、心より感謝致します。にも関わらず御礼を申し上げるのが遅くなり――」

「長いわよ? ええと、アナちゃんでいいのかしら? アレンさんの番が助かったならそれでいいのよ。あたし達は大したことはしていないわ」

「メリッサさん……」

「でも、そうね。帝都とやらを滅ぼす時はちゃんと言いなさいよ? 抜け駆けして滅ぼすなんて許さないからね?」

「え? え?」


ジェローム君もうんうんと大きく頷いている。


「メリッサちゃん、とりあえず今のところはその計画はないよ。首謀者の二人は俺が殺したから。まあ、許したわけじゃあないけどな」

「そう? まあいいわ。どのみち今はあたしも行けないから」

「え?」

「あたしたち、アレンさんたちよりも先にパパとママになることになったの」


メリッサちゃんはそう言うと丸めていた体を動かした。するとそこには大きな白い卵がある。


なるほど。メリッサちゃんはずっとこの卵を温めていたのか。


「おめでとう、メリッサちゃん、ジェローム君」

「おめでとうございます」

「ふふ、ありがとう。それと、アナちゃん、その妙に畏まった喋り方はしなくていいわよ? 普通に喋ったら? それに呼び捨てで良いわよ。あたしもジェリーも」

「え?」

「いいんじゃないかな? メリッサちゃんもそう言ってくれてるし」

「あ、ああ。そうだな。じゃあ、メリッサ、ジェローム、よろしく頼む」

「ふふ。よろしくね」


そう言うとメリッサちゃんは再び卵を温める体勢に戻った。


「な、なぁ、二人に私から祝福を贈らせては貰えないだろうか? 色々あってな、その、恥ずかしいのだが私は氷の聖女となってしまったのだ」


祝福というのは氷の聖女の能力の一つだそうだ。


ただ、あの変態の祝福のように強力な力があるわけではなく、健やかな成長を促したり生死の境を彷徨うような大病から少しだけ守ってくれたりといったもので、いわばお守り的なものと言われている。


この辺りはアナもよく分かっていないそうなので追々調べていこうとは思う。


「あら? そうなの? 良かったじゃない。でもそうね、そういうことなら生まれてくるこの子に貰えるかしら? あたし達は風の神様に加護を頂いているからそれで十分なの。そんなに多くを望んだら罰が当たるわ」


メリッサちゃんはアナのそんな申し出にも軽い感じでそう答えた。


「う、うん。僕も、そう思うな。子供にあげて欲しいかな」

「だが……」

「まあ、そういう事なら、赤ちゃんが生まれたらまた来よう。な?」

「あ、ああ」


俺がそう言うとアナはしぶしぶといった感じではあるが引き下がった。


「あと、お礼に牛肉をたっぷり持ってきたぞ。それに今はきっと大変な時期なんだろ?」


俺はそう言って魔法のバッグに大量に詰めてきた牛肉を振る舞う。


「あ! ありがとー! アレンさんは最高ね!」


そう言うとメリッサちゃんは大喜びで牛肉をむさぼる様に食べていく。


「あら? ジェリー、食べないの? いらないなら全部食べちゃうわよ?」

「い、いいの?」

「これはアレンさんがあたし達二人に持ってきてくれたのよ? ダメなわけないでしょ?」

「い、いただきま~す」


そう言われたジェローム君は嬉しそうに尻尾を振ると、メリッサちゃんと仲良くお肉を食べ始めたのだった。


ちなみにこの後導きの杖を預かってもらうついでに変態にもお礼を言いに行ったのだが、「そうですか。では子供が生まれるのを楽しみにしていますよ」などと猫を被った態度で言われてしまった。


あ、でもそれを聞いたアナは真っ赤になっていてとてもかわいかったぞ。

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