第34話 町人Aは悪役令嬢を止める

さて、秋になった。秋といえば文化祭のシーズンだ。こんな世界に何故文化祭があるのか不思議に思うかもしれないが、そこは日本の乙女ゲームだ。この学園にも文化祭というものがちゃんと存在する。


ゲームではエイミーが攻略対象とキャッキャウフフしながら協力して展示を作るというイベントだった。今回は逆ハールートっぽいので攻略対象全員とエイミーと悪役令嬢で何かの展示をすることになるのだろう。


ちなみにこの文化祭、出し物は常識の範囲内であれば何をやっても良いということになっているし、成績には一切関係ないらしい。ただ、何もやらないということは許されない。


自由研究でがっつりと精神を削られたし、そもそもこの文化祭絡みで止めたいイベントは廊下で起きるので、エイミーたちのグループに内部から関わる必要性はない。


それにあんなことがあった後だ。アナスタシアもさすがに俺に頼んでくることはないだろう。


そう思った俺は一人でオーク肉の串焼きの屋台をやることにして、届け出を済ませた。


俺は冒険者だし、オークを一匹狩ってきて解体ショーでもやれば面白がられるだろう。


そんなことを考えていると、アナスタシアに声を掛けられた。


「おい、アレン」

「はい、なんでしょうか?」

「お前は文化祭の出し物は決まっているのか? 決まっていないならまた殿下を手伝わないか?」


うわ、マジか。あれ以来ほとんど話もしていなかったからもう頼まれないと思っていたのだが、これは意外だった。


「すみません。実はもうオーク肉の串焼きの屋台で申請を出してしまいました」

「……そうだったか。では期待しているよ。がんばってくれ」

「ありがとうございます」


俺はそう言って頭を下げるが、いつもは凍り付いているその表情が少しだけしょんぼりしているように見えて、何だか罪悪感が半端ない。


「あ、でもどうしてもってことでしたら」

「いや、大丈夫だ。せっかくだから食べに行かせてもらうよ」

「はい、ありがとうございます」


アナスタシアはそうして踵を返して去って行ったのだった。


いや、でもエイミーも怪しいし、やはり見守るだけ見守っておいた方が良いかもしれない。


そう思い直した俺は最悪の事態を止めるべく行動することにしたのだった。


****


今日は文化祭の三日前で、俺はアナスタシアのグループの作業部屋に潜入している。


どうやら王太子たちはこの国の下町文化について展示をすることにしたようだ。要するに、エイミーが活躍できる場を作ったという事なのだろう。


そして、ゲーム通りのグループで展示を制作している王太子たちだが、どう見てもアナスタシアが浮いている。完全にエイミーと攻略対象者たちが全てを決めており、そしてアナスタシアには発言権が与えられず小間使いをしているという構図になっている。


いくら政治的な理由であの場に居なくてはならないとはいえ、俺だったら精神を病むと思う。


そして最近、攻略対象者たちがいなくなってエイミーとアナスタシアが二人きりになると、エイミーはチクチクと嫌味を言う様になってきた。今だって、俺が【隠密】で気配を消して見ていることに気付かずにまた嫌味を言い始めた。


「アナスタシア様ぁ、まだいたんですかぁ?」

「……」

「そんな風に可愛げが無いからぁ、カール様にぃ、愛想をつかされてちゃうんですよぉ?」

「……私たちの婚約はそういうものではない。国のためだ」


監視していて良かった。どうやら想定外の場所でイベントが始まったようだ。


「えぇー? でもそんなのカール様がぁ、可愛そうですよぉ? カール様もぉ、国民もぉ、きっとぉ、もっとぉ、可愛げのある王妃様がぁ、良いと思いますよぉ?」


それを聞いてこの部屋の空気がすっと冷えたのを感じる。空気が冷えたと言っても、雰囲気の話ではなく物理的に冷えたのだ。


その証拠にアナスタシアの周囲から冷気が漂っている。


「あれぇ? どうしたんですかぁ? ダメですよぉ。ほらぁ、未来の王妃様はぁ、笑顔ですよ、え、が、お」


そういってアナスタシアを煽る様にエイミーはニッコリと笑顔を浮かべて小首をかしげる。その両手は握りこんで人差し指だけ立て、その指先を左右の頬にそれぞれ当てている。


いわゆるほっぺに指のぶりっ子ポーズという奴だ。


そしてエイミーの顔は笑顔なのに明らかに目が笑っていないのが何とも空恐ろしい。


「エイミー、お前は私を侮辱しているのか?」

「やだぁー。アナスタシア様怖いですぅ」


これにははたから見ている俺もイラっと来た。怒鳴りつけないアナスタシアは偉いと思う。


しかしゲームでの会話はもっとお花畑全開だったはずで、こんな酷い会話じゃなかったはずだ。


間違いない。こいつはアナスタシアを怒らせて手を上げさせようとしているんだ。


スマホが無くて動画で撮影できないのが残念だが、俺はそのまま監視を続ける。


アナスタシアは大きくため息をつくと、恐らく何度目なのかわからないであろう説教を始める。


「いいか。この国は身分制度というものがあるのだ。それはいかに同じ学園の生徒といえども覆すことはできない。礼節をわきまえろ」


しかし意に介すことなくエイミーは反論する。


「そんなのはおかしいですよぉ。だってぇ、アナスタシア様もぉ、あたしもぉ、同じ人間なんですよぉ。神様の前には皆平等なんですぅ」

「それは神の御前での話だ。私は礼節をわきまえろと言っているだけだ。大体お前はなんだ。婚約者のいる男たちにべたべたとすり寄って。周りに誤解をさせるようなことをするな!」


アナスタシアの堪忍袋の緒が切れつつあるのか、徐々に声を荒らげていく。


「そんなことありませんよぉ。あたしとカール様はぁ、お友達ですぅ。それにマルクスもぉ、レオもぉ、オスカーもぉ、クロードもぉ、みんな大切なお友達ですぅ。あたしのお友達を悪く言わないでくださいっ!」

「それがおかしいと言っているんだ。婚約者のいない男を選べ!」

「あたしたちの友情をぉ、部外者のアナスタシア様が邪魔しないでくださいっ!」

「なんだと!?」


もう一段空気が冷えたところで騒ぎを聞きつけた攻略対象者たちが駆けつけてきた。


「おい、アナスタシア。一体何をしている? 二人で準備していたんじゃないのか? 俺は喧嘩をしない様に言ったはずだぞ? お前は普段からあれこれと偉そうなことを言って来るくせにそんなこともできないのか?」

「殿下! それはこの女が!」

「カール様ぁ。あたしは仲良くしたいんですけどぉ、アナスタシア様があたしのことを失礼だって」

「おい!」


エイミーの滅茶苦茶な説明にアナスタシアは声を荒らげるが、王太子がアナスタシアを一喝する。


「黙れ! その減らず口を今すぐ閉じろ! 命令だ!」

「ぐっ」

「俺とお前の関係は外の話だ。学園にまで下らん関係を持ち込むな」

「かしこまり……ました……」


そうしてアナスタシアは表情を凍り付かせると淡々と作業を再開した。


****


そして夕方になり攻略対象者たちはエイミーを連れて部屋から出ていった。アナスタシアは凍り付いた表情のまましばらく作業をしていたが、一区切りついたのか荷物をまとめて部屋を後にした。


俺はその後をこっそりとつける。


そしてしばらく廊下を歩いていると、エイミーが壁を背にして立っていた。そしてアナスタシアがその前を通りかかると挑発するようにニタリと笑みを浮かべ、そして言い放った。


「無様ね。婚約者を奪われた気分はどう?」


その言葉を聞いたアナスタシアは目を見開く。そして顔を真っ赤にして右手を振り上げた。


「ふえーくっしょん」


俺はその瞬間に隠蔽を解くと思いっきりくしゃみをした。


驚いたアナスタシアは振り上げた右手を振り下ろすことなくそのままの姿勢で固まった。


「あ、あれ? アナスタシア様? それにエイミー様も? あ、もしかしてお話し中でしたか? し、失礼しました!」


俺はさも偶然その場に居合わせたといった感じでそう言うと、どたどたと慌てた感じでその場から走り去った。


もはやオスカーを取れるのではないだろうかと思うほどの完璧な演技でアナスタシアの行動を止めた俺は物陰に入って視界から外れ、再び【隠密】を発動するとこっそり舞い戻り監視を再開する。


「お前には何を言っても無駄なようだ。だが覚えておけ。殿下はこの国の未来の王だ。王族の、そして貴族の果たすべき役割を理解していないお前は殿下には相応しくない。殿下に近づくな」


アナスタシアは凍り付いた表情でそう言い放つとエイミーの頬を叩くこと無く立ち去ったのだった。


そしてその場に残されたエイミーは悔しそうにその後ろ姿を睨み付けている。


「どういうこと? あのアレンとか言うモブ、エクストラモードにだって出てきてなかったはずよ?」


そう独り言を呟きながらエイミーもその場を立ち去った。そしてそのすぐ後に王太子たちがエイミーを追いかけて俺の前を通り過ぎて行ったのだった。


しかしエクストラモードとは何だろうか? 俺のプレイしていないモードがあったという事なのだろうか?


そんな情報は Wiki にもなかったはずだが……。


随分と内容が違うが、これが俺の止めようとしていたイベントだ。


ゲームでは激昂したアナスタシアがエイミーの頬を平手で叩き、あまりの事に驚いたエイミーはしゃがみこんで泣き出す。そしてそこに王太子とルートの攻略対象が現れてアナスタシアを一方的に非難し、そしてアナスタシアと王太子の関係が破綻するというものだ。


まあ、既に破綻しているように見えるがな。


さて。俺は他人の姿が完全に見えなくなったところで隠蔽を解除した。


そして今回の事ではっきりしたことが一つある。やはりエイミーは俺と同じということだ。


これは確定と言っていいだろう。


要するに、あのゲームをやったことのある女がエイミーに転生し、逆ハールートを目指してゲーム感覚で攻略しているといったところだろう。


なるほど。女としては確かにイケメンを囲うというのは夢のようなシチュエーションかもしれない。俺がもしギャルゲーの主人公に転生していたら、もしかしたらハーレムルートを目指していたかもしれない。


だがな。


気に入らねぇ!


エイミーが攻略を進めた先に待っているのはこの王都の壊滅なのだ。


ここはゲームの世界なんかじゃなく、実際に母さんが、師匠が、冒険者の先輩がたが、モニカさんが、それにお世話になった人たちが生きている現実だ。


「良いぜ。徹底的にやってやるよ」


俺はそう決意を新たにしたのだった。

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