side. アナスタシア(1)
優秀な平民もいる、頭ではそう理解してるつもりだった。
だが、高等学園の入学日に入試の席次を見た時には随分と驚いたものだ。何しろ平民と元平民が 2 位と 3 位にいたのだから。
我が公爵家の者が調べたところ、 2 位の男の方はかなり貧しい地区の母子家庭に生まれ、幼いころから相当な苦労をして育ったらしい。それでも史上最年少の飛び級で平民向けの学校を卒業し、さらには冒険者として荒事も経験しているようだ。
一方で 3 位の方はどうやらブレイエス男爵の落し
これらを総合的に考えると注意すべきは 2 位の男のほうだろう。貧しい家庭の出で冒険者など、普通に考えればこの高等学園に入学しようなどと考えるはずがないし、そもそも金銭面からできるはずもない。我が公爵家や王家が手配したのならば私に話が通されるはずだがそれもない。という事は、どこかの敵対派閥か外国などの良からぬ組織の支援を受けている可能性もあるだろう。
この高等学園には殿下をはじめとして隣国の王子や多くの貴族家の子弟が通う。そこで万が一のことが起きてはならない。
殿下が余計な面倒ごとに巻き込まれないよう、この男には細心の注意を払っておく必要があるだろう。
私は入学式の行われる講堂に友人たちと入場すると、後ろの隅の席に座るその要注意人物をちらりと確認する。こざっぱりとしてはいるが茶髪に茶色の目、どこにでもいる普通の平民だ。
本当にこの男がそれほど優秀なのか?
疑問を持ちつつも私は視線に気付かれる前に着席することにした。
****
危険なのは 2 位の男ではなく 3 位の女のほうだった! お互いに愛のない割り切った政略結婚とは言え、王太子殿下は私の婚約者だ!
それをベタベタと!
いくら学園の中とは言え、物事には限度というものがある。まだ殿下に話しかける許可すら得ていないのに自分から声を掛け、そして二言目には甘えた声で「カール様ぁ」などと言うとは。あの女は売春婦か何かか!
しかし殿下は殿下でそれをお許しになり、それを諫める私の言葉には耳を傾けてさえ下さらない。
このまま殿下があのような女に
貴族として民の税金で恵まれた生活をしているのだから、私にはそれに対する責任がある。ここはやはり我慢強く、殿下に
大丈夫、殿下だって愚か者ではない。きっとわかってくれる。
最初はそう思っていた。だが私の思いとは裏腹に事態は悪い方へ悪い方へと転がっていってしまう。
最初の事件は入学式から一週間ほどが経った日の最初の魔法演習の授業だ。
先生の呼び掛けに応えて殿下、そして私がデモンストレーションとして魔法を披露した。しかし、私がつい的を壊してしまったのが殿下の
だが殿下は火球、私は氷の矢、どうしても物理的な打撃力のある氷の矢のほうがああいった的を破壊するには向いているのだ。
そしてまだ制御に慣れていない魔法を殿下は使おうとし、案の定暴走させてしまった。私が急いで鎮火したおかげで殿下も多少の火傷を負っただけで命に別条は無く、火事となることも防げたがここでもあの女がしゃしゃり出てきた。
とても【癒し】の加護を受けている者とは到底思えないほどの低レベルな治癒魔法だったが、かなりの長時間を掛けてあの女はなんとか治癒を完了させた。
しかし、これまで大けがなどしたことが無く、治癒魔法を掛けてもらった経験などない殿下はすっかり驚いてしまい、あの女への信頼が随分と厚くなってしまったようだ。
このままではいけない。しかし焦れば焦るほど物事は悪い方向へと転がっていくのだった。
****
その後、案の定ではあるがあの女への嫌がらせが始まった。友人が勝手に忖度して嫌がらせに加担しようとしていたのはやめさせたが、それでも嫌がらせは止まらない。
そしてクラスの雰囲気は最悪の状態となり、それを何とかしようと手を回すがどれも空振りに終わり、徒労感ばかりが蓄積していく。
一体何故私がこんな苦労をしなければいけないのか?
そんな事を考える日々が続き、この頃になるともう私の頭から彼の事は完全に消え去っていた。
そんな私が次に彼を思い出したのは期末試験の結果を見てからだ。
なんと、この私が 1 位を逃してしまったのだ。ケアレスミスで選択肢を一つ間違えてしまったことが原因だ。
はっきり言ってプライドが大きく傷ついたが、それと同時に私は深く反省した。
勉強をするためにこの高等学園に入学したのに、それを疎かにしてまで殿下とあの女の事を何とかしようとあれこれ構っていたからこうなったのだ。
そして誰とも話をすることすらできず、こんな最悪の雰囲気のクラスでもこの平民の天才は黙々と努力を積み重ね、この私から見事に 1 位の座を奪い取って見せたのだ。
それに比べて私はなんと愚かだったことか!
そうして心から反省した私は、彼が教師にクラスメイトの前で表彰された時も素直に拍手することができた。
そう、色々と難しく考えていたことがとてもシンプルな話に思えてきたのだ。
まずは勉強に集中する。それで良いではないか。
元々殿下とは愛のない政略結婚だ。そして王族と男爵家の庶子では身分差を考えると結婚は不可能だ。ならば殿下の火遊びは放っておけばよい。最初から心を砕く必要すら無かったのだ。
そうしてすっきりした私は夏休みの自由研究について考える。さすがに私が殿下と共同で行わないというのは色々と問題があるので、殿下の行きたがっていた遺跡に行くのが良いだろう。
とすると、冒険者のガイドがいるだろう。
そうだ、我がクラスにはちょうどいい人材がいるではないか。
そう思い至った私はアレンに声をかけたのだった。
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