第33話 町人Aは悪役令嬢とレポートを作る

さて、長いようで短い夏休みがあっという間に終わってしまった。あの後俺はレポート作りに東奔西走したおかげでものすごい時間を取られてしまい、結局エルフの里にも風の山の迷宮にも行くことができなかった。


というのも、アナスタシアの情熱が半端なかったのだ。


さて、どこから話そうか。


やはりまずは調査を終えた翌日からだろう。


調査を終えた翌日、俺はアナスタシアに呼び出されて校門の前に行き、そしてそのままラムズレット家の家紋の入った豪華な馬車に乗り込んだ。


「良く来てくれたな。それと昨日は案内をしてくれてありがとう。助かったよ」

「いえ」

「さて、レポート作りの件なのだがな」

「はい」

「まずは迷宮の専門家、歴史の専門家、そして最後にあの遺跡を研究している専門家にアポを取っておいた。これから話を聞いて回るぞ」

「え? 自由研究でそこまでするんですか?」


俺は思わず聞き返してしまった。だって、これは要するに中学や高校の夏休みの自由研究なわけで、そのレポートを書くのに大学教授のところへ取材に行くみたいなものだ。


さすがにやりすぎではないか?


ついそう思ってしまったのだが、アナスタシアにとってはそうではなかったらしい。


「そうか、アレンは平民だからこういったことには疎いんだったな。いいか。このレポートは王太子殿下、クロード王子、そして将来を嘱望される我が国の上位貴族の嫡男のレポートとなるのだ」


うーん、将来を嘱望されているのは単に親の七光りであって実力とは思えないんだがなぁ。


「中途半端な内容や間違った内容を提出してはいつ何時足元をすくわれるかわかったものではない」

「はぁ」

「だから、きちんと専門家の意見を聞き、しっかりと理解し、それを踏まえてレポートにまとめ上げるべきだ」

「わ、わかりました」


どうやって学園のレポートぐらいで足元をすくわれるのかはよく分からないが、多分恥をかかされるとかそういった話なのだろう。


正直王太子も攻略対象者たちもどうでもいいが、アナスタシアのこの真摯な想いにはグッとくるものがある。


それならやれるところまでしっかりやろうではないか!


これでも前世では某有名国立大学の大学院を卒業した身だ。しっかりとやり遂げてやる。


というわけで、まんまとアナスタシアに乗せられた俺は各方面の専門家の先生方の話を聞いて回ることとなった。


そうして各専門家の先生のレクチャーを受け、王宮図書館にもこもって文献調査をした。さらにその内容をアナスタシアと二人で議論してまとめ、それをきちんとした学術論文の形式でまとめ上げた。そしてそのレポートを専門家の先生に見てもらってフィードバックをもらい、レポートとして仕上げたのだ。


ちなみに、腹立たしいことに王太子たちは誰一人としてこのレポート作成の作業を手伝わなかった。集まる日を決めて何度も招待状を出すのだが、毎回王太子の名前で全員分の欠席の返事がまとめて届くのだ。


こうなるといかに公爵令嬢といえども強制することはできない。


さて、そうして出来上がったレポートを俺たちは夏休みの終わる前日に王太子たちに見せることとなった。ちなみに主筆は王太子ということになっている。


まあ、身分があるのでそこは仕方ないだろう。


だが、俺たちがこれだけやったにもかかわらず王太子の言葉は中々に心無いものだった。


「長い。俺がすぐにわかるように 3 分で説明しろ。俺は忙しい」


ああ、うん。お前が俺の上司なら分かるよ。論文を一編読めっていっているようなものなんだから。


でもさ。お前、俺と同じ立場の学生だよね? この年齢からこんなこと言ってて大丈夫か?


そう言って怒鳴り散らしたくなったが、ここでそんなことを言っては不敬罪で牢屋に放り込まれてしまうだろう。


俺は怒りをぐっと堪えると、なるべく分かりやすいように説明した。


そうして要点を説明し終えると、王太子は「ご苦労」と言い残してそのまま立ち去ってしまった。


その後ろ姿を怒鳴りつけなかった俺はすごく偉いと思う。


「殿下はああいう方だ。悪いが我慢してくれ」


アナスタシアが諦めたような表情でそう言ったのが妙に印象的だった。


その表情にはゲームで見たような王太子への愛情や執着は微塵も感じられない。ただ単に政略結婚の駒として、その運命を諦めて受け入れた少女。俺にはそう見えた。


さて、そうして出来上がったレポートだが当然高い評価を受けることになった。さすが王太子殿下、さすがクロード王子、といった具合だ。一応アナスタシアも賞賛の対象にはなっているが俺は金魚の糞扱いだ。


どういう風に噂が回ったのかはよく分からないが、王太子の尻馬に乗って名前だけ入れてもらったクズという扱いをされている。


そんな状態でも俺は反論の機会すら与えられない。何故なら俺は平民で相手はお貴族様だから。


この学園、一体何のためにあるのか疑問に思えてきた。少なくとも、人間形成とか、そんなことは一切理念に入っていない事だけは確かだろう。


あと、一応アナスタシアだけは俺が主役として議論に参加したと言ってくれているのだが、王太子に取り入ろうとする連中の声のほうが遥かに大きいのが現状だ。


まあ、でもそんな生活もあと半年だ。半年我慢して決闘で王太子たちをボコボコにしてやれば俺は退学になるだろう。


そのまま処刑される可能性もかなり高いが、アナスタシアとはそれなりにいい関係を築けているとは思うので、最悪の場合でも俺と母さんを逃がしてもらえるくらいはしてもらえるんじゃないだろうか。


そう自分を納得させて、俺はこのクソみたいな学園生活を耐える決意を新たにしたのだった。

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