第32話 町人Aはエイミーを疑う

「この遺跡にはアカリゴケというコケが生えていまして、内部をそこそこの明るさで照らしてくれています。ですのでこの遺跡では松明やランタンなどといった明かりは必要ありませんが、他の迷宮ではそうはいきませんのでご注意ください」


遺跡についた俺はゲーム内で王太子たちを案内した冒険者の台詞をそのまま喋る。やはりコントロール不能な事態を避けるためにもなるべくゲームの通りに進めるべきだろう。


そんな俺の台詞を聞いたエイミーが何かをブツブツと呟きながら俺を見ている。それに気付いた俺は思わず聞き返してしまった。


「エイミー様? どうかなさいましたか?」

「え? あ、ええっとぉ、やっぱり冒険者の人は物知りなんだなぁって」

「? そうでしょうか? ありがとうございます。何か気になることがありましたら遠慮なくお声がけください」


妙に甘ったるい声で放たれたその台詞に俺は小さな違和感を覚える。


その違和感が何なのかは分からないままに俺は遺跡の中へと進んでいく。


「うわぁー、すごいですね。壁がこんなに光るなんて。キレイ……」

「そうだな。だが、エイミーの方が美しいぞ?」


エイミーが大げさに感動し、それを受けて王太子がエイミーを褒める。完全にゲームの中でのやり取りと同じだ。


そんな二人をアナスタシアが冷たい目で見ている。


そして俺たちは壁に突き当たった。するとエイミーがフラフラと左に進もうとするので俺は呼び止める。


「エイミー様、そちらは小部屋があるだけで何もありません」

「え? そうなんですかぁ?」


エイミーが甘ったるい声で俺にそう聞き返してくる。


「エイミーが見てみたいと言うのだ。少しくらいは良いだろう」

「かしこまりました」


やはりそんなエイミーを王太子が庇うので俺は左の小部屋へと足を踏み入れる。そして俺に続いて中に入ってきたエイミーはそのまま小部屋の右奥の隅へと吸い寄せられるかのように歩いていった。


なるほど。そういうことか。


「アレンの言う通り、何も無い部屋だな」


アナスタシアがポロリとそう感想を漏らした。そこで、エイミーの行動に思い当たる節のあった俺はアナスタシアの独り言に乗っかってジャブを打つ。


「はい。この遺跡は今からおよそ 7 年前にゴブリンどもが巣を作っていたそうです。その時俺はまだ子供だったので討伐には参加できませんでしたが、冒険者ギルドの先輩方の話ですと、この部屋にはゴブリンどもの集めた宝が保管されていたそうです。ただ、討伐の際に冒険者たちが全て持ち帰りましたので今は何も残っておりません」


もちろん、俺がこっそり鑑定のスクロールを盗み出したことも銀貨を拾ったことも伏せておく。


「なるほど。そんなことがあったのか」


俺の説明にアナスタシアは感心したように頷いた。その表情は先ほどのように凍り付いたものではなく、年相応の少女らしいものが垣間見えた。


その俺たちの会話を聞いていたエイミーが反対側の隅に移動して地面を確認し、そして小声で何かを呟いた。


「ん? エイミー、どうした?」

「え? あ、えっとぉ、何でもありません」


エイミーの不審な行動に王太子が心配そうに声をかけると、エイミーは慌てたように繕った。だが、やはり何か思い当たる節があるようだ。


もちろんまだ確証が得られたわけではないが、エイミーは俺と同じようにこの世界の事を、つまりあの乙女ゲームの事を知っているのではないだろうか?


この小部屋に入りたがる点、部屋の右奥に吸い込まれるように歩いていった点、そしてその反対側の隅を調べた点などを考えると、鑑定のスクロールが欲しくて、かつゲームモードが何なのかを確認したように見えるのだ。


ただ、鑑定のスクロールはイージー、ノーマル、ハードのいずれのゲームモードでも落ちていたはずだし、それ以外のゲームモードは存在していないはずだ。


これをエイミーはどう考えたのだろうか?


「おい、先へ進むぞ。案内しろ」

「はい」


俺は王太子にそう命令されて思考を中断すると、遺跡の案内を再開する。


そして一通り案内し、薬草の採取やブルースライムの観察を行い、最深部の昔この遺跡が迷宮だったころに迷宮核があったとされている場所へとやってきた。


「ここはかつて迷宮だった時に迷宮核があったと言われている部分です。ですが、いつから迷宮では無くなったのか、そして何故迷宮では無くなったのかは分かっておりませんし、本当にここが迷宮だったのかすらも分かっていません」


俺がそう説明するとアナスタシアが興味深く壁を調べて回っている。一方のエイミーはもう興味がないのか、退屈そうに自分の髪の毛を弄っている。


「チッ、やはりこんなところじゃ大した魔物は出なかったな」

「クロード殿下、私たちはエイミーを連れているのですよ? 危険が少なかったことを喜ぶべきではありませんか?」

「いや、マルクス。俺がいるのだからエイミーに危険が及ぶことなどあり得ない」

「レオ、大切な女性を守る最善の策は危険に近づかないことですよ?」

「あれ? マルクスはエイミーを危険から守る自信がないのかな? 僕ならもっとスマートに守れるけどね?」


こいつらは一体何をしにここにきたのやら。いくらエイミーに攻略されているからって将来の重鎮がこのザマとは、この国の将来は危ういんじゃないだろうか?


こうして自由研究のための遺跡調査、という名目の逆ハー遺跡探検デートのお守りは俺に多大なる精神的ダメージを与えて終了したのだった。


あれ? でもゲームだとアナスタシアが王太子の隣に陣取るエイミーにぶちぶちと嫌味を言っていたはずだけど、何も無かったような?

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