第6話 町人Aは剣を習う

「おっちゃん、俺に剣を教えてよ!」


どぶさらいを始めて半年がたったある日、俺はおっちゃんにこう切り出した。


「なんだ、アレン坊。やっぱりお前も将来は冒険者になりたいのか?」

「わかんないけど、母さんに楽をさせてやりたいからね。そのためには少しでも強くなっておきたいんだ。おっちゃん、冒険者だったんだから強いんでしょ?」

「まあな。確かに男は強くなきゃ女の一人も守れねぇもんな」


おっちゃんが少し遠い目をしている。その声に後悔のようなものが含まれている気がするのは気のせいだろうか?


「よし、いいぞ。受付が終わったら稽古つけてやるよ」

「ありがとう!」


こうして俺はおっちゃんに剣を教えてもらえることになった。


そう、せどりで稼げるようになったのにどぶさらいをずっと続けていたのはこのためなのだ。


元々は護身用にと思って計画していたのだが、実は高等学園の入学試験に必要だとわかったためその重要度が更に増したのだ。


この高等学園について調べてみたのだが、まず平民が入試を受けるためには受験料と入学金、寄付金を合わせて 1,000 万セントほど必要となる。さらに二年間の授業料も 1,000 万セントほどで、これら全てを前納・・する必要がある。


そのうえで学科、魔法、そして男の場合は剣術の試験を突破する必要があるのだ。もちろん、試験に落ちたら払ったお金は全て没収だ。


ま、要するによほどの金持ち以外は平民お断り、ということなのだろう。だが、俺はその狭き門を堂々とくぐって入学してやるつもりなのだ。


運命シナリオを叩き潰すためには絶対に必要なことだからな。


****


「よし、じゃあアレン坊。最初に言っておくことがある」


俺たちがギルドの訓練室に着くなり、おっちゃんはそう切り出してきた。いつもの陽気なおっちゃんとは違う雰囲気に思わず背筋を伸ばす。


「武器を手に入れても強くなったなんて思うなよ。武器ってのは、使いこなして初めて力になるんだ。例えばなんでも切れる最強の魔剣なんてもんがあったとして、それを持ったらお前が強くなったと言えるか?」


俺は首を横に振る。


確かにおっちゃんの言う通りだ。


【錬金】スキルでチートすることばかりを考えていたけれど、俺自身にも実力がないと決闘に負けることだってあり得るじゃないか。


何ともハッとさせられる思いだ。


「いいか、よく覚えておけよ。どんなに強い武器を手に入れても、使うのはアレン坊、お前自身だ。決して武器に振り回されず、武器を使いこなせ。そのための鍛錬を絶対に怠るな。武器を使いこなしてはじめて、お前は強くなったって言えるんだぞ。いいな?」

「うん、いや、はい、師匠」


俺は今までの口調を改める。


「よし、じゃあ、とりあえず素振りをしてみろ」

「はい、師匠!」


俺は与えられた木剣を振る。1 メートルほどはある大きな木剣を振るうだけでも辛い。そのまますっぽ抜けそうになる。


「そうじゃない。きちんと剣を握れ! 体幹をぶらすな!」


容赦ない指摘が飛んでくる。俺は必死でその指摘に応えようと努力するが、木剣をうまく扱うことができない。


「おらっ、もっとしっかり! 大きく、もっと鋭く! そうじゃない!」

「は、はい師匠!」


数分ほどだが、汗だくになった。手もプルプル震えている。


「よし、次は胴だ。100 回ずつ!」

「はい!」


懸命に前世に授業で習った剣道の胴を思い出して素振りを行う。


腕が完全にプルプルと震えてきた。何とか 100 回振り終えたが、もう無理だ。腕が動かない。


「よーし、よく頑張った。じゃあ次は右上からの振り下ろし、その後左下からの振り上げを 100 回ずつだ」

「は、はいぃ」


キツイ。だが全く休ませて貰えない。


だからといって、自分から頼んだのにすぐに弱音を吐くなんて無様な真似はとてもじゃないができない。


俺は無心になって剣を振るう。


そのうちに腕が棒のようになり、もう何回振ったかよくわからない。


「よし、100 回、よく頑張ったな」


や、やっと終わった。


「じゃあ次! 左上から振り下ろし、右下からの振り上げを 100 回ずつだ」

「ひぃぃぃ」


お、鬼だ。まさか初日からここまでやるなんて。


「どうした! そんなんじゃ守りたいものを守れないぞ! 男なら根性見せろ!」


そう言われてまたまたハッとした。この程度のこと、乗り越えられなければ母さんも悪役令嬢も救うことはできない。


「はい、師匠!」


プルプルと震える腕に鞭を入れて無心で木剣を振る。


そう、こんなことは大したことない。


ここで頑張らないと俺と母さんは帝国軍に踏みつぶされ、そして悪役令嬢は悲惨な結末に辿りついてしまうのだ。


この後、更に左右からの横薙ぎを 100 回ずつ行い、そして最初に戻ってもう一セット素振りをした。


全部終わった時に俺は訓練場に倒れ込んだ。


「この程度でへばるようじゃまだまだだ。ホーンラビットだって倒せないぞ!」

「は、はい……」

「よし、じゃあ今日はここまでだ。奥のシャワーで体を流したら帰れ。明日もやるからな」

「あ、ありがとうございました!」


はじめての剣術訓練は俺にとって大きな挫折と、そして乗り越えるべき大きな壁を与えてくれた。


負けてたまるか!

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