第48話 町人Aはハンカチの意味を知る

二年生になってクラスの、そして学園の状況は随分と変化した。


まずはエイミーだが、相も変わらずに王太子とマルクス、オスカー、そしてレオナルドという残った四人の攻略対象者を侍らせている。しかしながら、彼らも去年のように圧倒的なクラスカーストの最上位というわけではなくなっている。


特に第二王子派の貴族家の人間は露骨に王太子たちを避けるようになった。要するに、学園の中にも王宮の勢力争いが持ち込まれた形だ。


また、B クラス落ちしたレオナルドは何と廃嫡されていたらしい。


ラムズレット公爵家は、去年のペンが燃やされた騒動でアナに無実の罪を認めさせるために暴力を振るったとしてジュークス子爵家に正式な抗議を行った。その抗議に対して、なんとレオナルドは悪びれた様子もなく認めたうえで自分の正当性を声高に主張したそうだ。そのため、ジュークス家としては庇いようが無くなってしまったらしい。


まあ、レオナルドはアナがやったと思い込んでいたわけだし、彼としては自分の正義を確信してやった正しい意味での確信犯なわけだから、その処分には到底納得はしていないだろう。もちろん俺はアナの無実を確信しているし、何だったらエイミーの自演なんじゃないかとさえ疑っている。


ただ、事実がどうだったにせよ証拠がない以上は罪を裁くことはできないし、ましてやそれを自分達の勝手な判断で私刑を下すなんて思い上がっているにも程がある。


そう思うと、レオナルドが廃嫡されて次期騎士団長候補から外れたというのは良いニュースなのかもしれない。あんなのが騎士になったら絶対に問題を起こすだろうし、騎士団長なんてもってのほかだ。


それに、廃嫡されて実家の後ろ盾が無くなったレオナルドがあの成績で果たして卒業できるものだろうか?


そこは本人の努力次第だろうが、仮に卒業できずに退学となった場合に彼の行く場所はあるのだろうか?


さて、一方のアナはというと基本的に腫れ物に触るような扱いを受けている。しかしマーガレットの他にイザベラという友人が同じクラスになったおかげで去年よりも表情が生き生きとしており、笑顔も見られるようになったのは本当に嬉しい。


あんな婚約は無くなって正解だったのだ。


俺は心からそう思う。


そして俺だが、基本的には置き物ポジションを継続中だ。ただ、去年と大きく状況が違うのは、アナと、そしてマーガレットとイザベラとは自由に話ができるようになったことだ。


これは始業式でのアレが大きいらしい。


俺は始業式の時にアナがわざわざやった意味を全部は理解していなかったわけだが、始業式の後のマーガレットとイザベラとの会話でそこには大事な意味が隠されていたことが判明したのだ。


「やあ、ナイト君。中々にお熱かったわね?」

「アレンさん、おめでとう」


始業式の後、教室に向かってアナと歩いているとニヤニヤした表情を浮かべたマーガレットと少し上気した表情のイザベラに声をかけられた。


「マーガレット様、イザベラ様、どういうことでしょうか?」


俺は意味が分からずに聞き返した。


「え? アナ様の手縫いの家紋入りのハンカチを貰ったでしょ?」

「ほら、マーガレット様、アレンさんは平民だからこういうのは……」

「あっ、そうね」


そういう二人にアナは平静を装っているがその顔は僅かに赤みを帯びている。


「ほら、アナ様。ちゃんと説明してあげないとダメですよ?」


マーガレットに言われてアナがしどろもどろになりながら俺に説明をし始める。


「あ、ああ。ええとだな。アレン。その、まあ、なんだ。貴婦人が家紋を手縫いしてハンカチを贈るというのは、だな。その、まあ、そういうことだ」


うん、さっぱりわからん。


「アレン君。あのハンカチはね。貴婦人が自分の騎士に贈るものなの。つまり、アナ様はアレン君を自分のものだって公衆の面前で宣言したのよ。もう! 妬けちゃうわね」

「お、おい! マーガレット! ア、アレンは私の恩人だ! ものだなんて!」


ああ、なるほど。そういうことか。これだけ美人で素晴らしい女性にそんな風に言ってもらえるなんて嬉しいのだが……。


俺が手を出せるわけじゃ無いからなぁ。


前世の時から知っていて助けられるなら助けたいって思っていた相手だし、俺としてはまんざらでもないわけだが、何とも複雑な気分だ。


それに公爵様には友人と念を押されてる。それはつまり、アナはそのうちどこかに政略結婚で嫁がせるから期待するなという意味だと俺は理解している。


貴族の政略結婚は処女が大事なようだし、間違いを犯さない様に期待しないでおく方がお互いに傷つかないと思うのだ。


「アナスタシア様。ありがとうございます。何かありましたら必ずお守りいたします」

「あ、ああ、約束だぞ」


と、まあ、そんなわけだ。


そういうわけで、俺は今アナの付属品の置き物(ただし本気で戦うと強い)として学年中から認識されている。


そんなわけで、エイミーの逆ハーを中心とする王太子派、そしてそれと対立する第二王子派、さらに消極的に王太子に従ってはいるだけの日和見派、そして俺たちラムズレット公爵派の四つに分かれている。


正直、学園の中でまで派閥争いなんて下らないが、これがこの国の縮図という事なのだろう。


それに、このままの状況だと結局ゲームのように内乱騒動が起きてしまいかねない。


何しろ、学園の状況はゲームよりも王太子派が減っており、第二王子派と日和見派の人数が大幅に増えているのだ。それはつまり、俺の介入によって第二王子派が王太子派を攻撃する材料を手に入れたということだ。


別に俺は誰が次期国王になっても構わない。だが、せっかくここまで準備をして計画通りに物事を進めたのだ。王都が蹂躙される事態だけは絶対に避けなければならない。


それに運命シナリオの破壊に成功した今、ここからはゲームの知識を前提に行動するのは危険だ。ゲームの知識を参考にしつつも、しっかりと情報収集をして備えることが肝心だろう。


エスト帝国! お前らに王都を蹂躙などさせないからな!

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