第49話 町人Aは不穏な気配を感じ取る

驚いた事に、俺は最近はなんと普通の学園生活を送っているのだ。朝起きて、寮の朝食を食べ、そして普通に授業を受ける。そして放課後はアナ、マーガレット、イザベラの三人と一緒に図書室で勉強をする。そして夕食を食べると寮の自室に戻って自由に過ごすという毎日を送っているのだ。


あれからエイミーも逆ハーの皆さんも手を出しては来ないし、誰とも話せなかった去年がまるで嘘のような、そうまるで夢のような学園生活だ。


そんなある日、俺が寮の自室で休んでいると訪ねてきたセバスチャンさんに連れ出された。


「こんばんは、アレン様。その後、学園生活はいかがですか?」

「はい。アナ様、そしてマーガレット様とイザベラ様のおかげで充実しております」

「そうでしたか。それは良かったですな。ところで、学園の様子はいかがですかな? お嬢様の一連の事件が露見するまでに随分と時間がかかりましたし、気付いたことをなんでも教えて頂ければと思いまして」

「なるほど。そういうことでしたか」


つまり、俺を訪ねてきた目的は情報収集ということだ。恐らく、俺以外の人たちにも話を聞いているのだろうが、要するにラムズレット公爵家に連なる者として学園での情報収集を期待されているようだ。


俺としても完全に利用されて便利な道具になり下がるつもりはない。だが後ろ盾となってもらったわけだし、アナにも笑顔でいて欲しいと思う。そのためにもラムズレット公爵家がゲームのように処刑されずにしっかりと健在でいてくれなければ困るのだ。


「もちろんです。公爵様にもアナ様にも恩がありますから、できる範囲では協力します。その代わりと言っては何ですが、王宮での情勢を教えて頂けませんか?」

「王宮の、ですか?」

「はい。以前公爵様に申し上げた通り、継承権争いからの国難を心配しております」


俺がそう言うと、セバスチャンさんは何かをじっくりと考えるような表情を見せる。


「……アレン様は、今の状況において何を想定しているのですか?」

「そうですね。まだ読めていないというのが正直なところです。特にクロード王子の事が気になっております」

「……そうですか」


表情こそ変えないセバスチャンさんだが、少し動揺した素振りが見えた気がした。そこで俺は試しにちょっと話題を変えてみる。


「今の俺は公爵様の支持する方の王子を支持する、という立場です」

「そうですな」

「ですが、できることなら廃太子にするのか、廃太子を今後認めないのか、どちらかに決めて欲しい、というのが本音です」

「それは、つまり西が気になる、と?」

「はい。そういう事です。ただ、あまりにも俺では得られる情報が少なすぎて確信が持てないのです」

「そうでしたか。そうですな。わかりました。後日、公爵邸にお招きいたしましょう」

「ありがとうございます」


こうして、俺は公爵邸に再び招待されることになった。


****


「良く来たな。学園生活は楽しんでいるかね?」


俺が公爵邸の応接室に到着するなり、公爵様がそう声をかけてきた。


「はい。アナ様にはとても良くして頂いています」

「そうか。『友人』として、アナの力になってやってくれ」


再び友人という単語を強調してきたのはそういう事だろう。


「はい。もちろんです。俺は『平民』ですし、アナ様のお力に少しでもなれたならそれで満足です」


俺は今度は平民という言葉を強調し、身分制度に従う意志を示す。


「……いいだろう。合格だ」


公爵様はニヤリと笑うと本題を切り出した。


「さて、アレン君。いや、アレンは西が気になるそうだな。今の情報から何を想定した?」

「はい。クロード王子がウェスタデール王国側の要請で退学となったと聞きました。そこからウェスタデール王国はエスト帝国となんらかの取引をしたのではないかという仮説を持ちました」

「ほう?」

公爵様は興味深そうな表情で俺を見ている。


「恐らく一般的な見方としては、今回の退学はクロード王子が晒した醜態に対する引責、懲罰でしょう」

「そうだな。一般的にはそう捉えられている」

「ですが、クロード王子の様子を考えるなら、恥を忍んででもエイミー様の隣にいる事を選ぶように思うのです」

「どうしてそう思うのだ?」

「クロード王子はエイミー様に盲目の愛を捧げていました。それはあの狂った決闘の件から明らかでしょう」

「では、なぜクロード王子は退学に同意したのだ?」

「学園にいないことがエイミー様の利になるからです」

「ほう。つまり?」

「はい。クロード王子はエイミー様が我が国から出なければならない状態となることを予想しているのではないでしょうか? そこで考えられるのが継承権争いからの混乱です。そして、単なる跡継ぎ争いだけではあれだけの有力貴族の嫡男に気に入られているエイミー様が国外に脱出することなど考えられません。ということは、戦争による荒廃という可能性がそれなりにあるとクロード王子側は踏んでいるのではないでしょうか?」


もちろん、王太子側が負けてエイミーもろとも国を追われるという可能性も十分にあるのでやや理論に飛躍があることは否めない。


だが俺の意見を聞いた公爵様はしばらく黙って考え込み、そしてニヤリと笑うとおもむろに口を開いた。


「面白い推理だ。だが、ウェスタデール王国は我が国の友好国であり、北のノルサーヌ連合王国に対抗するための同盟国でもある。それに食糧や資源については我が国からの輸入に頼っている部分も多い。そのウェスタデール王国がなぜそのような取引をエスト帝国とするのだ?」

「あくまで、可能性の話です。ですが、今年の学園の一年生の名簿には、クロード王子の一歳年下の王女様のお名前はありませんでした」

「それがどうしたというのだ? 元々、自国の学園に入学する予定だったと聞いていたぞ?」

「いえ。それほど重要な隣国であれば、別の人員を送って寄越すと思うのです。もしくは政略結婚の話が出てもおかしくはないのではありませんか?」

「む」

「少なくともウェスタデール王国は対エスト帝国や対ザウス王国では同盟関係にありません。それに、もしノルサーヌ連合王国とウェスタデール王国の間で和睦が成立すれば我が国は四面楚歌の状況となります。ここは最悪の状態を想定して動いた方がよいのではないでしょうか?」


ただ、こうまで言っておいてなんだが退学の件は十中八九、懲罰だと思う。


だが一方で、エスト帝国が侵略してきたときにウェスタデール王国が手を貸してくれる保証はどこにもない。


もちろん、ゲームではウェスタデール王国は裏切らずに手を貸してくれた。だがウェスタデール王国が王太子やエイミー達に力を貸してくれたのは、一緒に落ち延びたクロード王子がエイミーが聖女として覚醒する瞬間に立ち会い、それをもって母国を説得したからだ。


そこにはゲームだからということによるご都合主義もあるだろう。


だが、その説得する役目だったクロード王子が退学してしまったのだ。こうなると、クロード王子がエイミーの覚醒の瞬間に立ち会う可能性は低いだろう。


それにだ。そもそも俺はあのエイミーが聖女になれるかどうかはかなり怪しいと思っている。


あの変態が光の精霊としてやりたい放題やっている以上、エルフの村の救援イベントは発生しない。そうするとエルフの里には辿りつけない。そしてそうなると光の精霊の祝福を受けるイベントそのものが発生しない。


更によしんばエルフの里に辿りつけたとしても光の精霊はあの変態だ。


何の見返りもなしに何かしてもらうなど、エイミーの年齢があと 10 くらい若くないと無理なのではないだろうか?


そしてその状況になったとき、聖女でもない男爵家の庶子と平民相手に醜態を晒した王太子に国を奪還するための戦力を貸してくれるとは到底思えないのだ。


はっきりいって、エスト帝国と手を組んで領土を分け合った方が得だ、と考えない理由はどこにもないだろう。


「ふむ。良いだろう。情報もほとんどない状況から良くそこまで考えたものだ。確かに、ウェスタデールとの関係は万全ではない。だが、ラムズレット公爵家としては今の状況では王家のためには動けぬ」

「はい。それはあんなことがあったからですよね?」


しかし公爵様はしばらく沈黙すると、ゆっくりと口を開いた。


「アレン、フリードリヒは今領地に戻っている。何故だかわかるか?」


え? 次期当主が領地に戻った?


ラムズレット公爵領といえば南部の穀倉地帯。そして南といえば、ザウス王国だ。そしてザウス王国はエスト帝国の同盟国だ。


「まさか、エストとザウスが同時に動く?」


俺の言葉に公爵様はニヤリと笑った。


「ふふふ、いいじゃないか。アレンよ。だが軍は急に動くことはできん。動きがあるとすれば冬小麦の収穫期の終わる夏以降だ。娘のハンカチを受け取ったんだろう? 頼んだぞ」

「はい」


どうやら事態は俺の予想を遥かに上回る展開になっているようだ。

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