第70話 町人Aは悪役令嬢を奪還する
「さて、ここまで壊れちゃったらどうしようもないんでさっさと魔剣の力で塗りつぶしますかね」
そう言った男が何かの呪文を小さく唱えると、アナの握っている魔剣から黒いものが湧き出し、そしてアナに纏わりつく。
するとアナはゆっくりと俺の方に手を伸ばした。そして。
──── あ……れ、ん
まるでアナがそう言ったように感じた。
実際にアナが声に出してそう言ったのではない。
アナの目の焦点は合っておらず、その瞳に何かを映しているとは思えない。
だが確かにアナは、【隠密】スキルで見えないはずの俺に向かって手を伸ばしたのだ。
まるで、俺がそこにいることが分かっているようで。
そして助けて欲しいと、そう言っているかのようで。
本当はどうすれば元に戻せるのかも知りたかったのだが、もう我慢などできない!
これ以上アナに何かされてたまるか!
俺はカラシを皇太子ともう一人の首謀者と思しき男にそれぞれ 2 発ずつ撃ち込んだ。
皇太子には左胸と首に一発ずつ、もう一人の男にはわき腹と左肩に一発ずつ命中した。
「がっ、はっ。い、つのまに」
男のほうは突然現れたと認識しているであろう俺をみて驚いている。一方の皇太子は血の海を作って倒れピクリとも動かない。恐らくコイツは即死だろう。
タン
俺は男の右ひざを撃ち抜く。
タン
そして左ひざを撃ち抜く。
タン
そして右肩も撃ち抜く。
これで一切の抵抗はできなくなったはずだ。
それにこの男も大量に出血している。もはや長くはないだろう。
安全を確保した俺は慌ててアナに駆け寄ると、手に持っている黒い何かを放つ魔剣をむしり取る。
「アナ! しっかり! アナ!」
しかしアナの目は虚空を見るばかりで俺の呼びかけに反応してくれない。
「お前! アナに何をした!」
俺は腰の短剣を抜くと男の
「ははは。なんだ。君がそれの恋人のアレンかい? 残念だが遅かったね。もうそれに意志など残ってないよ」
「質問に答えろ!」
「フン。魔剣に操らせるために心を壊しただけだ。随分と君のことが好きだったみたいだが、来るのが遅すぎたね。ま、いいさ。これで晴れてそれは君のものだ。といっても、もう孕ませるくらいにしか使い道は無いけどね。はははは」
「お前!」
俺は怒りに任せて思い切りこの男の顔面を短剣で切り付けた。
「ぐっ、は、ははは。だがどうせ君ももうここからは出られない。冥土の土産に一発ヤっておいたらどうだい?」
そう言われてハッと気付いた。どうやら銃声を聞きつけられてしまったらしい。
誰かが階段を降りてくる足音が聞こえてきている。
「はっ。殿下を殺したんだ。誇れよ。こんな良い暗部がいて、どうして……あんな……」
そう言って男は意識を失った。恐らく血を失いすぎたのだろう。
俺はトドメに心臓を撃ち抜いた。
それから風魔法で二人の首を落として持ってきている魔法のバッグに詰める。
きっともう俺は殺しすぎたのだろう。
こんなことをしているというのに俺の感情はピクリとも動かない。
まるで魔物の解体をしているかのような気分だ。
俺がやるべきことはただ一つしかない。
アナを無事に連れ帰る。それだけだ。
大事なものは何か、その順番を決して間違えてはいけない。
母さんに言われたその言葉が俺を後押ししてくれている。
それから周囲の壁を材料にして魔剣全体を包み込む鞘、いや包みとでも言った方が良いかもしれないが、そんなような物を錬成して魔剣を腰に下げる。
持ち運ぶのは危険かもしれない。
だがこうすれば魔剣を直接触らずに済むし、あの男が死んだおかげか魔剣から放たれていた黒い何かはもう消えている。
それにこれが帝国に残されていればまたアナが狙われるかもしれない。
だからそうさせないためにもこいつは俺が回収すべきだ。
そして俺はアナを抱えて逃げ……ようとしたところで兵士が到着してしまった。
「殿下! ギュンター様!」
ええい、仕方ない。
俺はサイガを取り出すと撃ち込んでやる。
一撃で倒れた兵士を横目に俺はアナを背負うと急いで走り出した。
階段を駆け上がるとそこには既に多くの兵士たちが集まってきていた。
俺はそいつらを銃撃して、あるいは風魔法で吹き飛ばして敵兵をクリアーしつつ【隠密】を使う隙を探す。
だがあまりにも敵兵の数が多すぎてそんな隙は全く見当たらない。
もちろん、アナを背負っていなければ、アナを置いて行けば間違いなく逃げ切れるだろう。
だけど、それじゃあ意味がない。
アナのいない人生なんて、もはや俺には考えられないのだ。
そうして俺は少しずつ少しずつ、力ずくで裏庭への道を切り開いて進んでいく。
ちょうどその時だった。
「ド、ドラゴンだー!」
「なんだと? どうしてドラゴンが帝都を?」
「ええい、半分はドラゴンの討伐に回れ!」
そうか。メリッサちゃんとジェローム君か!
ありがとう!
俺はサイガからカラシに持ちかえて掃射する。連射性能に優れる自動小銃のほうが面制圧はやはりやりやすい。
人数が減ったおかげであっさりと敵兵を制圧した俺はアナを背負い直すと【隠密】を発動する。
そしてついに俺はアナを連れてブイトール改の埋めてある裏庭へと到達した。
だが、俺の動きから裏庭に来ることを予想していたようだ。
かなりの数の兵士がそこで俺たちを待ち構えている。
だが、視認されていないためこちらの方が状況は有利だ。
俺は錬成でブイトール改から投下していた爆弾の手投げ弾バージョンを作り出すと、裏庭の兵士たちの真ん中に向けて投げつけた。
俺はしゃがんで片腕で両耳を塞いで口を開けて目を瞑る。それから余った手でアナの片耳を塞いでやり、もう片耳は錬成で変形させた土で塞いでやる。
地面に当たって砕けた手投げ弾の中の圧縮空気が爆発した。
俺が顔を上げて確認すると、中庭にいる兵士たちが爆発に巻き込まれて倒れており、かなりグロテスクな状態になっている。
俺は更にカラシで掃射を行って邪魔な兵士たちを蹴散らすと、アナを背負って裏庭のブイトール改を埋めた位置へと走って移動した。
「錬成」
俺はブイトール改を取り出すのではなく、まず高さ 3 メートルほどの土壁を築いた。
こうすることで敵兵の視界を遮り、最も無防備となる離陸の瞬間に攻撃をさせないようにするのだ。
それからブイトール改を地面の下から取り出してアナを乗せて固定して、その上から覆いかぶさるようにして乗り込むと風魔法エンジンを起動させて離陸を開始する。
ええい、頼むぞ! 俺! 焦るな! 落ち着け!
垂直離陸は特に神経を使うのだ。
各エンジンの出力のバランスを取りながら徐々に出力を上げていき、そして俺とアナを乗せたブイトール改はふわりと宙に浮いた。
「賊はどこだ!」
「隊長! 裏庭におかしな壁が!」
ブイトール改の高度はすぐに壁の高さを越えた。
「何だ! あれは!」
「ええい。何だかわからんが撃ち落とせ矢を放て!」
俺は慌てて俺は推進用エンジンを起動する。
がくんと横向きの G がかかり、そしてブイトール改は少しずつ前へと進みだす。
だが、敵兵が矢が撃つ方が早かった。
「落ちろ!」
そんな掛け声とともに放たれた矢はまっすぐに操縦者である俺を、いや俺の下にいるアナを目掛けて飛んで来てしまった。
俺は体を
「ぐ、ううぅ」
矢は俺の左の腰のあたりに命中し、そこから凄まじい激痛が走る。
だが、大丈夫だ。俺はまだ生きている。
俺は、何があってもアナを連れ帰るんだ!
気合で風魔法エンジンを起動し続け、俺たちを乗せたブイトール改は徐々にその高度と速度を上げ始める。
だがそれを敵兵が黙って見過ごしてくれるはずもない。
「逃がすな、撃てー」
そんな掛け声とともに今度は大量の矢が撃ち込まれてきた。
ヤバイ!
直感的に撃墜されることを悟り覚悟したその瞬間、目の前に黒い巨体が現れた!
その黒い巨体は飛んで来た矢を全てその体で受け止めてくれた。
「ジェローム君!」
「ア、アレンさん、だ、大丈夫ですか? つ、つ、
「なんとか取り返した」
「じゃ、じゃあ、帰ります? それとも全部滅ぼしていい?」
「いや、そんなことよりジェローム君、さっきの矢は? 大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。僕、その、これでも鱗だけは硬いんです」
「よし、じゃあ逃げるぞ」
俺たちを乗せたブイトール改はぐんぐんと速度と高度を上げていく。
そうして俺たちはすぐに帝国軍の武器が届く距離から離れ、安全圏へと脱出に成功した。
余裕ができた俺は後ろを振り返って帝都の様子を見てみる。
すると、宮殿や恐らく貴族街と思われる大豪邸が立ち並んでいたあたりを中心に大量の火の手が上がっている。
それに町の中心部にある巨大な尖塔がいくつもあった高い建物は、その尖塔が全て切り取られて平屋根の豆腐建築にリフォームされている。
どうやら派手にジェローム君とメリッサちゃんが暴れ回ったらしい。
「メリッサちゃんは?」
「あ、あっちに」
俺の問いにジェローム君は頭を使って方向を指し示す。俺がそちらを見ると、メリッサちゃんがものすごい速さでこちらへ飛んできている。
良かった。無事だったようだ。
「アレンさん? 良かったわ。取り返せたのね。……あれ? 番の娘、どうしたの? 様子がおかしくない?」
「実は……」
俺はメリッサちゃんに、ジェローム君に顛末を話す。
「それで、俺は間に合わなくて……」
「ゆ、ゆ、ゆ、許せない。やっぱり、半分じゃなくて全部滅ぼす」
「そうね、賛成だわ」
「ごめん。滅ぼすのは後にしてくれ。まずはアナを医者に診せたいんだ。それと、悪いがやる時は俺も呼んでくれ」
「……そうね。分かったわ」
こうしてアナを奪い返した俺は一路、ラムズレット公爵領の領都ヴィーヒェンを目指すのだった。
くそっ! 俺が、俺が遅かったせいで!
くそっ! くそっ!
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