第69話 町人Aは悪役令嬢をどうしても救いたい
俺が廊下を隠れながら歩いていると、身なりの良い二人組の男が正面から喋りながら歩いてきた。
「アレの調子はどうだ?」
「もう少しといったところですね。普通なら一日ともたずに自我が崩壊するはずなんですがねぇ」
「流石はラムズレット公爵家の娘といったところか」
俺は思わず銃を突き付けて問い詰めたくなったが、すんでのところでその衝動を堪える。
どこにいるのか、何をされたのかをきちんと把握する必要があるのだ。
こんなところでまた激情に駆られて失敗するわけにはいかない。
「そうですね、殿下。ですがいい感じに弱ってきたので昨晩、氷絶の魔剣を持たせておきました。あとは時間の問題でしょう」
殿下? それにこの年齢、ということはこいつがエスト帝国の皇太子か?
それに魔剣だって? それじゃあアナは!
ゲームの闇堕ちした悪役令嬢が凍り付いた表情で王都を蹂躙するスチルが俺の脳裏を
「しかし、公爵家の娘に想い人がいるとは意外でしたね」
「婚約指輪をしていたからな。婚約者でもいたのだろう。風呂に入った時も指輪と髪飾りだけは外さなかったと聞いているぞ?」
「あのボンボンの馬鹿王太子に捨てられたそうですが……どうせ下男あたりにでも浮気をしていたのでしょう。戦争で死んだと言ってやったら面白いほど動揺していましたからね」
「なるほど。その男も捕まえられるか?」
「心を壊して意のままに操れば聞き出すことも可能でしょう」
このクズが! アナは物じゃない!
「ならばその男の目の前であの女に股を開かせるのも良いかもしれないな」
「そこまでの調整するにはまだ時間がかかるでしょう。まずは魔剣の絶望で心を支配することが優先です。あれは【氷魔法】と【騎士】という二つの加護を持つ唯一無二の素体です。氷絶の魔剣のために存在しているのですから、今回ばかりは失敗は許されませんよ」
こいつら……人を何だと思っているんだ。
「ちっ。まあいい。そういえば、セントラーレンの腑抜けどもは案の定、何の準備もしていなかったようだな。そろそろブルゼーニ全土の攻略も終わっていることだろう」
そんな皇太子と男の会話は戦争の話へと進む。どうやらセントラーレンが負けることは前提で考えているようだ。
だが残念だったな。ブルゼーニの全域を失ったのはお前たち帝国のほうだ。
「その通りですね。ただ、まさかあんな馬鹿げた取引に応じるとは思いませんでした」
「あの王太子は正真正銘の馬鹿だからな。あの女がいたから何とか取り繕えていただけで中身は何も無い。しかもその女と引き換えにブルゼーニが還ってくると思って公爵を通さずに玉璽を盗用したらしいぞ?」
「全く、愚かにも程がありますね」
なんと! そんな取引があり得ると思っていたのか!?
あの馬鹿野郎が!
「今頃ザウスの連中もラムズレット公爵領に攻め込んでいるはずだ。いかに精強なラムズレット公爵軍でも国と分断してやればタダでは済むまい」
「あとは北のノルサーヌが動いてくれるかですね」
「動くさ。ウェスタデールとも話をつけてある。あの馬鹿王太子が王になれば御しやすいアホの国の出来上がりだ。そしてラムズレット公爵領が切り取られれば奴らは民を養えない。そうすれば後は勝手に滅んでくれる」
むむ、なるほど。本当にウェスタデールはエストと裏で繋がっていたのか。
となるとクロードが表舞台に出てくることはもうないだろうな。
それに、セントラーレンはやはりそんな風に見られているらしい。
もうこの国は……って、いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「おっと、着きましたね」
皇太子ではない方の男が壁に何かの魔法をかける。すると、壁が突如消えて階段が現れた。
どうやら魔法仕掛けの隠し階段になっていたらしい。
なるほど。これではいくら探しても見つからないわけだ。
皇太子とその男はランプに明かりをつけ、そのままコツコツと階段を降りていくので俺もそのすぐ後をついていく。
元々【隠密】は鑑定のスクロールを入手するために手に入れたスキルだが、本当に取っておいて良かった。このスキルが無ければこんなところに一人で侵入なんてとてもできなかっただろう。
そして長いらせん状の階段を降りると、皇太子たちは鉄の扉の前に辿りついた。外側に錠前がついており、それは、明らかに人を閉じ込めるためと分かる。
そして鉄の扉の覗き窓を開いて中を覗き込む。
「ああ、いい感じに仕上がってきましたかね。ちょっと刺激を与えてみましょう」
そう言って二人は鍵を開けると鉄の扉を開き中へと入って行き、俺もそれを追って中に入る。
すると、二人の持つランプに照らし出されたその先には変わり果てたアナの姿があった。
一体何をされたのだろうか?
煽情的な衣装を着せられているが、その顔に表情はない。目はうつろで、涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになっている。そしてだらしなくよだれも垂らしており、汚物の臭いも漂っている。
「あー、これは相当抵抗したんですねぇ。こうなると元々身につけていた魔法が使えなくなってしまうので再教育が必要ですね」
「なんだと? ちっ。元に戻せないのか?」
「無理ですね。こうなってはもう手遅れです。ですが、実戦投入が何年か遅れるだけですから」
アナの事をまるで家畜、いや機械であるかのように言っている。
アナは俺たちの方に顔を向けてはいるが、その瞳に何も映っていないであろうことは想像に難くない。
「あー、あー」
アナがまるで知性を感じさせない表情で小さく声を上げる。
そこにはアナを感じさせるものは何一つなかった。
俺の腕の中でまるで天使のように美しく、安らかに眠っていたあのアナも。
可愛らしくもいじらしい声を聞かせてくれたあのアナも。
はじめて空を飛んで驚いて、そして子供のようにはしゃいでいたあのアナも。
俺のプロポーズを受けてくれて、泣いて喜んでくれたあのアナも。
慣れない抱っこをしてミリィちゃんを落とさないかと緊張して強張っていたあのアナも。
俺にお姫様抱っこをされて恥ずかしさで耳まで真っ赤になっていたあのアナも。
俺とシェリルラルラさんの関係を疑ってやきもちを焼いてくれていたあのアナも。
俺を天才と何とかは紙一重といって呆れていたあのアナも。
試験の成績が俺に追いついたと言って喜んでいたあのアナも。
一生懸命に良いものを作ろうと努力していたあのアナも。
決闘の代理人が必要だったのに代理人に立候補した俺を心配して怒っていたあのアナも。
そしてその後再会した時に真っ赤になって怒っていたあのアナも。
義務のために理不尽な事すらも凍り付いた表情で必死に耐え抜いていたアナでさえも。
どれもこれもが俺にとっては大切で。
だけど、どんな時だって魅力的だったアナの姿はどこにもなくて。
もしかしたらあの男の言う様に、もう手遅れなのかもしれない。
でも。
それでも。
……それでも!
俺は! アナを! どうしても救いたい!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます