side. アナスタシア(13)

真っ暗で……何も見えない。


時間の感覚などとうになく、今どれくらいの時間が経ったのかも分からない。


私はアレンにもらった指輪を触り、そして女王様に頂いた髪飾りを触っては再会を信じて心を落ち着ける。


だが、パンと水だけがたまに差し入れられる時に言われる言葉が私の胸を抉る。


「お前の父親は死んだぞ。お前を王家が売ったことに抗議した結果、反逆者として一族郎党処刑されたらしい」


……嘘だ。そんなこと、できるはずがない。


「お前が輿入れを断ったせいで戦争になったぞ。貴族の義務を果たせば民も兵たちも死なずに済んだのに。もうブルゼーニはほとんど帝国の支配下だ」


……私のことは後から取ってつけた理由だ。だが、民は……


「そう言えば、お前の愛する男は戦死したそうだぞ? 無様に腹を槍で刺されたそうだ」

「っ!」


違う! 嘘だ! アレンがそんなことになるはずがない。


「お前なんかが居なければ、あの男は死なずに済んだのになぁ。あーあ、可哀想に」


嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!


「お前のせいだなぁ。お前さえいなければ、あの男は今も生きて幸せに暮らしていたのになぁ」


アレン? うそ……だよな? アレン?


「あーあ」


アレン……。


それ以来、こいつは何も語りかけてくることは無くなった。


アレン……。





今、どれくらいの時間が経ったのだろうか?


相変わらず真っ暗闇だ。しかし、そこに誰かがいるような気がする。


あれは……アレンか?


「アレン?」


そこにアレンの顔が浮かんだと思ったらすぐに消えてしまった。


「お、おい。アレン? 行くな。なぁ、私を、守ってくれるんじゃないのか? なぁ、アレン?」


しかし、私の声は闇に響くだけだ。


そうだ。こんな敵国の中枢にアレンがいるはずなどない。


これは幻覚だ。


私は左の薬指にある大切な指輪を触り、アレンのことを思い出す。


「なぁ、アレン?」


誰も、何も、答えてくれない。


私は……ひとりだ……





ガタン


どうやらパンと水が差し入れられたようだ。


私は手探りでいつもの場所を触る。


しかし、私の手に触れたのはいつものパンでもコップでもなく、固い棒のようなものだった。


「なん、だ? これは?」


その瞬間、私の中に何かが流れ込んできた。


驚いた私は慌てて手を離そうとするが、右手はピタリとその棒に吸いついて離すことができない!


次の瞬間、冷たくて、寂しくて、そして私は誰からも必要とされていない。


そんな気持ちが何故か湧き上がってくる。


違う! 私には家族がいる! それに、何より! アレンが!


しかしこんな時になって言われたことが蘇る。


お父さまが、お母さまが、お兄さまが、処刑された。


アレンが腹を槍で刺されて戦死した。


その光景が何故かリアルなイメージとなって頭の中に浮かび、私はそれを違うと必死に否定する。


しかしそれは次々と私の中に入り込んできて、そして頭に浮かんだ悪いイメージがどんどんと膨らんで行く。


私は……もう……誰からも……?


「あ……ちが……わた……し……」


私は自由になる左手で髪飾りに触れ、そして大切な指輪に祈りを込めてその悪いイメージを拒絶する。


だがそんな私の必死の抵抗もむなしく私の意識は少しずつ、少しずつ恐怖に蝕まれ、塗りつぶされていくのだった。


いや……だ……。


アレ……ン……たす……け……。

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