第64話 町人Aは助けを求める
俺は軍服姿のまま実家へと戻り、事の顛末を説明した。ここで初めて俺は母さんにアナとの事を説明したのだが、母さんは俺が予想もしていなかった返事をしてきた。
「知っていたわ。夏休みの最初でしょう? 雰囲気が大人になったというか、柔らかくなったというか、そんな感じだったものね。本当はアレンに戦争になんか行ってほしくないけれど、好きになった女の子が公爵令嬢だったんだもの。仕方ないわ」
母さんはそうして寂しげなような、嬉しそうな複雑な表情を浮かべる。
「母さんの事は気にせず、アナスタシア様を迎えに行けるように頑張っておいで。いい? 大事なものは何か、決して順番を間違えてはダメよ?」
そう言って俺を送り出してくれたのだ。
順番を間違えるな。その言葉が俺の胸に深く突き刺さる。
やはり俺は母さんには頭が上がらないな。
でも、いやだからこそ俺は言い出せなかった。そのアナが誘拐され、行方不明だということを。
****
そして俺は飛竜の谷へとやってきた。
「あら? アレンさん、また来たのね。どうしたのかしら? ん? 今日は
「実は……」
俺はメリッサちゃんとジェローム君に事の顛末を説明した。
「何それ! 許せない! じゃあそのオータイシとかいうやつを殺せばいいのね?」
「だ、だ、だ、ダメだよ、メリッサちゃん。そのオートという場所の人間を皆殺しにしなきゃ」
「いや、違うから」
王太子をオータイシするという提案には若干心動かされるものがあるが、そうではない。
「王都には俺の家族も住んでるんだからダメ。それに王都も王太子も襲ったら賞金が懸けられちゃうし、俺も君たちと戦わなきゃならなくなるからダメ。そうじゃなくてアナを見つけ出して欲しいんだ」
「そう? まあ、あたしもあなたと戦うのは気が進まないもの。じゃあ番の娘を探せば良いのね?」
「ああ、頼む。俺はこのまま戦争に行ってくるから」
俺がそう言うとメリッサちゃんは呆れたように言った。
「全く。普通はその戦争にあたしたちの力を借りるんじゃないかしら?」
「そ、そ、そ、そこが、ア、アレンさんのいいところだもん」
「戦争は、馬鹿な俺たち人間同士でやっていればいいんだよ」
俺はつい自虐的にそう言ったが、メリッサちゃんとジェローム君は不思議そうに俺を見つめていたのだった。
「わかったわ。あなたの番の娘は任せなさい。匂いも覚えているしね。さ、ジェリー、行くわよ?」
「う、う、う、うん。ア、アレンさん。任せてっ。ど、泥船に乗った気分で居てよね」
「あ、ああ」
なんてベタな、と思ったが、大船だと突っ込んだ方が良かったのだろうか?
そう思っているうちにメリッサちゃんもジェローム君も俺との約束を果たすべく大空へと舞い上がり、そのまますぐに姿が見えなくなったのだった。
****
それから俺は全速力で飛ばしてブルゼーニにやってきた。ここは四方を山に囲まれた盆地だ。盆地といってもかなりの面積があり、湖やいくつもの川が流れる肥沃な土地でもある。
セントラーレン王国とエスト帝国はこの肥沃な土地を巡って争いを続けており、この戦争が始まる前はそれを半分ずつ分け合っていた。しかし、しっかりと準備をしていたエスト帝国に対して我らがセントラーレン王国は常に後手に回り、突然の宣戦布告に対応できなかった。
紛争地帯の国境警備をしている軍隊が何をやっているんだ、と思うかもしれないが、正直その責任を末端に取れというのは酷だと思う。
そもそも、敵は時間をかけてじっくりと準備し、兵糧も武器も人員も増強したうえで宣戦布告をしたのだ。
それに対し、国境警備にあたる部隊からは何度となく警告と増援要請が上層部に対して行われていたとセバスチャンさんから聞いている。
にもかかわらず、王都の首脳部はエスト帝国に警告を行うのみで、部隊の増派も、装備の刷新すらも許さなかった。
つまり、相手が挑発してきたからといってそれには安易に乗らず、相手にせずに大人の対応をし、きちんと話し合いで解決する、そういう対応を取ったわけだ。
まあ、何とも前世の日本っぽいなと思ったわけだが、そんな対応が戦争を招いたという事例は歴史を振り返れば枚挙に暇がない。
さらに言うなら戦争は外交の手段の一つに過ぎないのだ。話し合った方が自国の利益になるなら話し合うし、戦争をした方が自国の利益になるなら戦争をする。
ただそれだけの話で、最初から攻められないことを前提にするなんて根本から間違っているのだ。
あれ? なんだかそこまで考えるとこの国に拘っている意味がよく分からなくなってきたぞ。
ま、まあ、今はとりあえずはアナを迎えに行けるように、そしてこの戦争を勝利で終わらせて王都の壊滅を防ぐことに全力を尽くそう。
セントラーレン王国の旗の掲げられた砦の近くに着陸した俺は、ブイトールをロープで引っ張って転がしながら砦の前へとやってきた。
「ラムズレット公爵家の旗? 何者だ!」
砦の見張りをしている兵士が俺を呼び止める。
「俺はアレン。ラムズレット公爵家の庇護下にある B ランク冒険者だ。そして王命によりエスト帝国軍をここブルゼーニから駆逐するよう命じられた」
舐められない様に俺は敢えて粗暴な言葉遣いでそう言って命令書を見せた。命令書にはあの時王様から引き出した言葉が全て書かれており、当然玉璽も押されている。
「こ、これは陛下の! それにやはりラムズレット公爵家はセントラーレンを見捨てたわけではなかったのか!」
「ラムズレット公爵家もセントラーレンのために戦ってくれるなら心強い!」
別に俺は公爵様の命令で来ているわけではないのだが、やはりラムズレット公爵家が味方だと分かったことによる安堵は大きいようだ。
何しろ、ラムズレット公爵領は国内最大の小麦の産地で、当然その流通にも大きな影響力を持っている。
この状況でラムズレット公爵家にそっぽを向かれるという事は食糧がかなり手に入りにくくなるという事だ。
もちろん王都のお偉方は高くても買えるので飢えることはないが、末端になればなるほど、貧しければ貧しいほど厳しくなるのは言うまでもない。
そう考えると、ゲームであそこまで簡単に王都が攻め落とされた理由もその辺りなのかもしれない。
つまり、ラムズレット公爵家をまとめて処刑してその利権を漁ろうとした馬鹿どものせいで混乱し、食べ物が軍に満足に供給されなくなったと考えたらどうだろうか?
意外と説明がつくとは思わないか?
まあ、今となってはどうでもいい事だがな。
「さて、景気づけに一発やってくる。どこを落とせばよいか教えてくれ」
俺がそう言うと見張りの男は顔をひきつらせたのだった。
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