第35話 町人Aは文化祭でオークを売る

エイミー関連で色々とあったので無事かどうかはさておき、文化祭の当日を迎えた。


ようやく空も白んできた。俺は今、アルトムントの近くにあるオークの大迷宮にやってきている。


何のためにこんな寒い時間にここにきているのかというと、文化祭で振る舞うオーク肉を手に入れるためだ。


そして比較的小さいオークが一匹でいるところを見かけたので、こっそりと近づいてニコフでヘッドショットして狩り、そして急いで血抜きを行う。


そうして狩った獲物をそのまま担いで運び、縄を使ってブイトールに括りつける。そしてそのままブイトールを垂直に発進させ、オークを吊り下げた状態で一気に空へと舞い上がる。


きっとはたから見たらかなりシュールな光景だとは思うが、空輸するにはこれしか方法がないのだから背に腹は代えられない。


今は秋なので気温も高くないどころか、肌寒いほどだ。それに上空に行けばかなり寒いので腐敗が進む心配はほとんどないだろう。むしろ凍結しないかが心配なほどだ。


俺は全速力でブイトールを飛ばし、数時間のフライトののちに私設のルールデン空港へと到着した。そして俺は急いでオークを担ぐと学園へと急行したのだった。


****


そうして狩ってきたオークを俺は自分の屋台の正面に吊るす。今は大体 10 時ごろだが、解体ショーをやるのは 11 時からと決めているのでそれまでの間は客寄せ用だ。


そしてその客寄せ用のオークにつられて早速人が集まってきた。


「おい、アレはなんだ?」

「オーク肉の串焼きだってよ」

「あれ、魔物ですの?」

「庶民の食べ物だそうですわ」

「なんでそんなものがこの学園に?」


通っているのは貴族か大金持ちの子供しかいないため、やはり丸ごと一頭のオークはかなり衝撃的らしい。


「オークの解体ショーを 11 時ごろからやりまーす。是非見に来て下さーい」


俺はそう宣伝しながら別に用意しておいたオークのロース肉に串を打ち、炭火で焼き始めた。


あ、ちなみに、オーク肉は豚肉とほとんど同じ味がする。一応二足歩行するのだが見た目もかなり豚に近く、あまり人っぽいという感覚はない。それに肉は食べても売っても嬉しいうえに毛皮も売れるという冒険者には嬉しい獲物なのだ。


そうそう、それとこれは余談だが、農村出身の先輩冒険者によると豚の解体もオークと大体同じ手順でできるらしい。


そんなオークではあるが、その飼育方法は確立されていないのでオークの大迷宮に近いアルトムントとその周辺のみその肉は安く食べられる。そして王都周辺でオークはまず見かけないので、王都でオーク肉を食べるとなると豚肉の十倍以上の値段がするのだ。


そうなると、味が一緒なのにわざわざオーク肉を食べる人は相当な物好きということになるだろう。


さて、王都では高級品なオーク肉だが、今回は文化祭の出店なので利益度外視の一串 100 セントで販売する。


こんなところで金儲けをしたって意味がないからな。


さて、そうこうしているうちにロース肉に火が通って香ばしい匂いを漂わせてきた。


俺はそこに塩胡椒を軽く振って味を整えると火から遠ざける。


「焼けましたよー! 一串 100 セントでーす。いかがですかー?」


しかし遠巻きに見ているだけで誰も近寄ってこない。段々と肉が冷めていくのが分かるので新しく串を打って焼き始めると、冷えてきた肉をそのまま口に運ぶ。


うん、美味い。よく考えたら急いでいて朝から何も食べていないんだった。


じゅわっと豚肉そっくりの肉汁が口の中に広がる。


「な、なんだか美味しそうに食べているな」

「え、でも魔物でしょ? 大丈夫なの?」


ひそひそと喋る声が聞こえてくる。


「アレン、やっているな。一串貰おうか」

「ありがとうございます」


そう言ってから声のした方を振り向くと、そこにはアナスタシアとセミロングの青い髪に青い瞳の取り巻き令嬢の一人の姿がそこにあった。


「アナスタシア様、それとええと」

「マーガレットよ。マーガレット・フォン・アルトムント。私はオーク肉の味にはうるさいわよ?」


なんと! オークの大迷宮のあるアルトムントの領主様のご令嬢か!


「失礼しました。マーガレット様。それでしたらこちらのオーク肉の解体ショーを 11 時から行います。このオークは今朝まで生きていたため非常に新鮮ですから、きっとご満足頂けると思います」

「あら? この辺りにはオークは住んでいないはずよね?」

「はい。ですが、秘密のルートで入手いたしました。冒険者の特権でございます」


今の段階で空輸してきたなんて話はできない。俺にしかできないことはアドバンテージだが、それが社会に及ぼす影響をちゃんと考えてから公表しないと状況をコントロールできなくなってしまうだろう。


「ふうん? そういうものがあるのね? まあいいわ。あら? そのオーク肉も随分と良いお肉じゃない? 王都でお目にかかるのは難しいレベルよね? ランクは『上』のロースかしら?」

「さすがマーガレット様、お目が高いです。こちらはアルトムント産の『上』ランクのオーク肉でございます。私では『特上』ランクはご用意できませんでしたので『上』ランクでのご提供となります」

「でも、それなら一串 100 セントは安すぎるんじゃなくて? 王都で食べようと思ったら 10,000 セントは払わないと食べられないわよ?」

「それは文化祭ですので。冒険者の仕事を皆さんに理解してもらおうと考えた次第です」

「そう。感心ね。それじゃあせっかくだから私も一串頂くわ」

「ありがとうございます」


俺は串を打つと焼き始める。炭火に脂が落ちてじゅわりと音を立て、そして香ばしい匂いが辺りに漂う。


するとアナスタシアが大きな声でマーガレットに話しかける。


「マーガレット、お前は随分とオークに詳しいのだな。やはりアルトムント伯爵家でもオークの肉を食べているのか?」


それに対してマーガレットも声を張って応える。


「はい、もちろんです。我がアルトムントの特産品ですから。私は豚肉よりオーク肉のほうが身が締まっていて美味しいと思いますよ。それに、『上』ランクのロース肉は王都では中々手に入らない貴重なお肉ですからね。食べておいて損はありませんよ」


そしてその会話をきっかけに遠巻きに見ていた人たちが我先にと並んで注文していく。


「アナスタシア様、マーガレット様も、ありがとうございます!」

「何のことだ?」

「私たちは世間話をしていただけですよ?」


そういう事にして貸し借りを考えるなと言ってくれているのだろう。どう考えても、今の会話は怪しい肉ではないとお墨付きを与えるためにわざと大きな声で会話をしてくれたのだろう。


こうしてあっという間に用意していたロース肉は売り切れとなったのだった。


そしてオークの解体ショーも二人のおかげで大観衆を集め、用意したオークは文化祭の終了を待たずして完売となったのだった。

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