第36話 町人Aは文化祭を見て回る

さて、店じまいをした俺は他の展示を見て回ることにした。せっかくなのだから、楽しまなければ損というものだろう。


さて、まずはアナスタシアと王太子のグループの展示だ。


たしか、下町の暮らしについて、だと聞いているが……。


俺が展示を見に行くとそこは既に閑古鳥が鳴いていた。受付に誰もいないので勝手に見て回ることにする。


そして展示を見ていて気付いたのだが、内容が驚くほど薄っぺらい。


下町というか、いわゆる平民の暮らしについて説明しているのだが、取材していないことが丸わかりだ。これはおそらくエイミーが男爵家に引き取られる前はこういう生活をしていたということなのだろうが、はっきり言ってこれはかなり良い生活だ。


展示によると平民の子供も基本的には飢えることなく暮らしていて、食事はパンとバターにスープ、そして野菜や干し肉ではない肉を一日一回食べることができる。そして 2DK ~ 3DK くらいの部屋に家族 4 ~ 5 人くらいで暮らしていることが多い。そして魔法石があるので水には困っていないが、火は薪を使っている家が多いらしい。そして平民の子供は学校に通い、卒業するとそのまま働きに出るのだそうだ。


なるほど。知らなかった。


少なくとも俺が元々暮らしていた地区とは全く違う。俺のところは母子家庭だったので別だが、ワンルームに貧乏子沢山で家族 8 人の大家族が暮らしているなんていうのが普通だ。


要するに貧乏な家ほど子供は労働力なのだ。そのため子供が幼いころから仕事をすることを強要されるし、学校に通っていない子供もかなりの割合で存在する。


だから文字を読めない人だって結構な割合でいて、それが貧しい暮らしから抜け出せない要因の一つだったりもする。


そして、そんなだから魔法石なんてまず見ることはないし、その存在自体を知らない子供も珍しくない。


みんなその日暮らしをしていて、食事だって普段は固いパンとクズ野菜、それにほんのちょっとの干し肉か豆だ。


ただ、この国の平民に関する制度については良くまとまっていると思う。支援策や学校制度の歴史などが分かりやすくまとめられていて、これはきっとアナスタシアが作ったのだろうと思う。


ゲンナリした俺はそのまま展示している部屋を後にする。何やら隣の部屋からエイミーと攻略対象たちがイチャイチャする声が聞こえたような気もしたが無視した。


だって、きっと不愉快な気分になるだろうから。


続いて俺はマーガレットの展示にやってきた。


「なんだ、アレン。来たのか」


すると、そこで出迎えてくれたのはなんとアナスタシアだった。


「あれ? ええと、お邪魔します?」

「何故疑問形なのだ。私は昨日殿下のグループを追い出されてな。マーガレットに拾ってもらったというわけだ」

「……」


なんと言えばいいのか。俺は言葉を失ってしまった。


ゲームではそんな事はなかったし、それにそもそもだ。普通そんなことするか?


「そんな顔をするな。まあ、見ていってくれ。マーガレットのものも私のものも展示してあるからな」

「は、はい。俺は刺繍の事はわからないですが……」


そう言われて展示を見て回る。俺は刺繍のことなど全く分からないので良し悪しを判断することはできないが、花やら鳥やら、とにかくよくこんなものを作れるなと思った。


ちなみにマーガレットの刺繍は色とりどりの花で、アナスタシアの刺繍は果物とケーキだった。


「良し悪しは俺は分からないですけど、アナスタシア様の刺繍を見ていたらお腹が空いてきました」

「……そうか」


そう言ったアナスタシアは少し恥ずかしそうにしていて。普段の凍り付いた表情を見慣れている俺は少しドキッとしてしまった。


俺たちは二人して黙り込んでしまい、何とも言えない微妙な空気が俺たちの間に流れる。


ちょうどそこにマーガレットが戻ってきた。


「あら、アレン君、来てくれたのね。ありがとう」

「は、はい。俺は刺繍は全然分からないんですが、俺にはできないってことだけは分かりました」

「そう。ま、殿方なんて大体そんなものね。それよりそろそろ文化祭も終わりよ。片づけて講堂に行った方がいいわ」

「あ、はい。今日はありがとうございました」


要するに、閉めるのでもう出て行ってくれという意味だろう。そう解釈した俺は素直に退散し、講堂へと向かったのだった。


****


「それでは、今年度の最優秀賞を発表いたします。最優秀賞は、『下町文化と生活、そして王国の支援制度について』で展示を行いましたカールハインツ・バルティーユ・フォン・セントラーレン王太子殿下のグループです」


パチパチパチパチ


うん。知ってた。どうせ出来レースだ。下らない。


「殿下の展示は、一般的な平民よりも更に貧しい暮らしをする者たちに焦点を当て、その生活状況を取材を通して浮き彫りにし、その上で王国が果たしている役割と今後の在り方について考察しており、その非常に社会性の高い内容が評価されました」


はっ。あんな薄っぺらい内容のどこが!


俺は心の中でそう毒づく。きっと今の俺は醜い顔をしていることだろう。


そう思った俺はしばしの間、誰にも見られない様に顔を伏せた。


そして王太子を先頭に攻略対象者とエイミーが壇上に上がり表彰を受ける。もちろん、そこに昨日追い出されたというアナスタシアの姿はない。


「それでは、代表の王太子殿下より一言を頂きます」

「カールハインツだ。最優秀賞を受賞できたことを嬉しく思う。まず、このテーマを選んだのはここにいるエイミーの発案だ。我々王族、貴族は常に弱き民を導くために存在している。そこで俺たちは現状を浮き彫りにし、そこから俺たちが何をできるかを考えるためにこの展示を行った。諸君も栄えある我らが高等学園を卒業し、民の上に立つ人間となった時に何をすべきか、それを考えるきっかけにしてもらえればと思う。以上だ」

「殿下、ありがとうございました」


パチパチパチパチ


何とも薄っぺらい、そして驚くほど上から目線のご高説だ。


マジでムカつくというのもあるが、こんなのが次期国王だなんて!


この国、本気でヤバいんじゃないだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る