side. アナスタシア(3)
私は結局、文化祭の前日の夜に殿下のグループから追放された。あの女を私がいじめたというのが理由だそうだが、私は断じてそのようなことはしていない。
マーガレットたちが別のグループを作っており、そちらに合流することで何とか事なきを得たが、これで私はもう学園の行事で殿下と関わることはないだろう。
あれほど私は国の未来の事を考えていたのだがな。
ふ、あっけないものだ。
そして文化祭当日、私はマーガレットを誘ってアレンの屋台へ行った。するとなんと、アレンの屋台の前には一匹のオークがぶら下げられていたのだ。
前日から仕入れと称してどこかに出掛けていたのは知っているが、本当に丸ごと一匹捕まえてくるとは驚きだ。
ゴブリンならばまだしも、オークともなれば普通は命がけなはずだ。この学園の生徒の中にオークを狩ることができる者は果たしてどれほどいるのだろうか?
「アレン、やっているな。一串貰おうか」
「ありがとうございます」
そう声をかけると私はマーガレットをアレンに紹介する。どうやらこのオークは冒険者の
私たちの注文を受けてアレンが肉に串を打って焼き始めると、じゅわりと音を立てて香ばしい匂いが辺りに漂いはじめる。
しかし、周りの生徒たちはオークという事で馴染みがないのか尻込みしている様子だ。
よし、ここは一つ宣伝に手を貸してやろうじゃないか。
「マーガレット、お前は随分とオークに詳しいのだな。やはりアルトムント伯爵家でもオークの肉を食べているのか?」
私が大声でそう聞くと、意図を察したマーガレットも負けじと声を張って応える。
「はい、もちろんです。我がアルトムントの特産品ですから。私は豚肉よりオーク肉のほうが身が締まっていて美味しいと思いますよ。それに、『上』ランクのロース肉は王都では中々手に入らない貴重なお肉ですからね。食べておいて損はありませんよ」
私たちの会話をきっかけに遠巻きに見ていた生徒たちも続々と注文していく。
「アナスタシア様、マーガレット様も、ありがとうございます!」
「何のことだ?」
「私たちは世間話をしていただけですよ?」
アレンは愚か者になり下がってしまったあの男よりもよほどしっかりしている。それにマーガレットもアレンに対して好印象を持ったようだ。
その後の解体ショーでは、少々グロテスクではあったが見事な手さばきでオークを解体し、その新鮮な肉があり得ない破格の値段で販売された。
私たちは最後まで確認することはできなかったが、アレンの屋台は文化祭の終了を待たずに完売し閉店となったそうだ。
****
それから私が文化祭の出し物である刺繍展の番をしていると、アレンが見学にやってきた。
「なんだ、アレン。来たのか」
「あれ? ええと、お邪魔します?」
するとアレンは不思議そうな表情で私に聞き返してきた。
「何故疑問形なのだ」
私はそう問い返してから気が付いた。
ああ、なるほど。そういえば私が追い出されたことを伝えていなかったな。
「私は昨日殿下のグループを追い出されてな。マーガレットに拾ってもらったというわけだ」
それを聞いたアレンが絶句している。
「そんな顔をするな。まあ、見ていってくれ。マーガレットのものも私のものも展示してあるからな」
「は、はい。俺は刺繍の事はわからないですが……」
そう言いながらもアレンは刺繍を見て回っている。
何故だかは分からないが、何となくアレンに刺繍を見られるのは気恥ずかしいような気がする。
そんな事を思っていると、アレンは私の刺繍を見るととんでもない感想を言ってきた。
「良し悪しは俺は分からないですけど、アナスタシア様の刺繍を見ていたらお腹が空いてきました」
「……そうか」
なんとかそう答えたが、私は恥ずかしさから俯いてしまった。
そういえば、昨日の今日だったので選んでいる余裕もなく、昔作った果物とケーキの刺繍を何の気なしに持ってきてしまっていたのだった。
だが! だが! これでは私が甘いものにしか興味がないみたいではないか!
もっと女性らしい花柄や小鳥などの刺繍もあったというのに。恥ずかしい!
そんな何とも言えない気まずい沈黙を破ってくれたのは戻ってきたマーガレットだった。
「あら、アレン君、来てくれたのね。ありがとう」
「は、はい。俺は刺繍は全然分からないんですが、俺にはできないってことだけは分かりました」
「そう。ま、殿方なんて大体そんなものね。それよりそろそろ文化祭も終わりよ。片づけて講堂に行った方がいいわ」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
意図を察したアレンは素直に展示室から出ていく。
「アナスタシア様、何かあったんですか? 顔が真っ赤ですよ?」
「い、いや。別の刺繍を持ってくればよかったと思ってな」
「あ、なるほど。確かに食欲全開ですもんね」
「言うな」
穴があったら入りたいという言葉の意味を実感した出来事だった。
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